魔王vs勇者アカサタ
こうして、勇者アカサタは、賢者アベスデの能力を引き継ぎました。
いわば、アカサタ=アベスデとなったのです。いえ、以前にハマヤラの能力と記憶も吸収しているので、アカサタ=ハマヤラ=アベスデというべきでしょうか?
けれども、この呼び方では長いので、これまで通り勇者アカサタと呼ばせていただきましょう。
勇者アカサタは、魔王ダックスワイズに向って提案します。
「とりあえず、場所を変えようか。どうせ、他の者たちでは役には立たない。足手まといになるばかり。お前だって、そう思っているのだろう?」
それを聞いて、魔王ダックスワイズは嬉しそうに答えます。
「もちろん!それこそが我が望み!2人だけで思う存分楽しもうぞ!」
魔王が呪文を唱えると、2人の姿は、一瞬にしてその場から消えてしまいました。
後には、唖然とする人々が残るばかり。
*
勇者アカサタと魔王ダックスワイズが、誰もいない荒野へと現われます。
先ほどまでとは打って変わって、空には太陽がサンサンと輝いてきます。
「ここでどうだ?気に入らなければ、いくらでも場所を変えるぞ。海だろうが、空だろうが、どこでもいい。昼間が嫌なら、夜にしようか?晴れが嫌なら、雪だろうが嵐だろうが、変えてみせよう。この魔王にとって、天候など思うがままなのだから」
その言葉を聞いて勇者アカサタは静かに答えます。
「いや、これでいい。こちらとしても、場所や条件など、どうでもいい。お前が戦いたいと望む。だから、相手をする。それだけに過ぎない…」
「そうか。では、始めよう!」
魔王は、そう言って、空中から剣を取り出します。
空間が歪み、そこから一振りの立派な剣が現われたのでした。
いよいよ、戦いが始まります。
けれども、相変わらず勇者アカサタは戦う気がありません。それどころか、魔王ダックスワイズの方も本気で戦闘する気はなかったのです。
それは、まるで、2匹の猫がじゃれ合っているかのような光景。一方が剣を振るえば、もう一方がそれに合わせて剣を振るう。2本の剣が、空中でカチ~ンと高い音を立てて触れ合います。
あるいは、魔王が繰り出した剣での攻撃を勇者アカサタが華麗に避け、そのままの流れで攻撃に転じます。すると、魔王の方も同じような体勢で避け、さらに剣での攻撃を繰り出す。そのような動作が、何十回となく繰り返されます。
端から見ていると、それはまるで、一流の選手同士が打ち合う卓球のラリーのようでもありました。
美しく華麗な動作の数々。
しかし、そこには殺意は全く感じられません。どちらも相手の命を取ることが目的ではないのです。
それでも、魔王の方は、まだその戦いを楽しんでいました。心の底から、「今が、この人生で最高に幸せな時!」と、喜びながら戦っているのです。全身から、その嬉しさと喜びの気が発せられています。それは、表情からも見てとれます。
ただし、アカサタの方は別でした。相手の命を取るのが目的ではないという意味では一緒でしたが、そこには、まるで覇気が感じられません。ただ単に義務感によって体を動かし、剣を振るうのみ。
魔法による戦いも同じでした。
魔王が冷気で攻撃すれば、アカサタは瞬時に炎の壁を生み出し、それを防ぎます。
アカサタが魔王の動きを封じようと、荒野から無数のツルを生やすと、魔法は鋭い疾風を巻き起こし、それらの植物を切り刻みます。
大雨が降り、洪水が起こったかと思うと、次の瞬間には水が蒸発してしまっています。
雷が降り注いでも、2人の体を避けるように落ちていきます。
延々とそのような戦いが続き、ついに魔王ダックスワイズが口を開きました。
「楽しい!確かに、この行為は楽しい!だが、足りぬ。これでは全然足りぬ!こんなものではないはずだ!真の戦いというものは!!」
それに対して、勇者アカサタは、やる気のなさそうな声で答えます。
「何が不満だというのだ?」
「決まっているだろう!そのやる気のなさだ!だが、それだけではない。それ以上の問題がある」
「問題?何が問題だというのだ?」
「お前はまだ未熟だ。この魔王が全力で挑むには値しない」
それを聞いて、アカサタは、フッと呆れたような笑いをもらします。
「フッ…これがオレの限界だよ。この力だって、オレの努力で得たものではない。アベスデのじいさんやハマヤラに譲ってもらったものだ。これ以上、どんなに努力したって、オレは成長なんてしないよ。これが限界なんだ、魔王さんよ」
「違う!そうではない。お前には、無限の可能性がある。たとえ、戦闘能力が限界だとしても、それ以外の未知なる可能性がある!お前自身が、それに気がついていないだけで!」
「買いかぶり過ぎさ。こんなもんだよ。オレの人生は…」
けれども、魔王は、なおも食い下がります。
「ここではない。本気で戦うべき時は、まだここではないのだ。見せてくれ!アカサタよ!お前の成長した姿を!そのためには何だってやろう。今しばらくの時間も与えよう。どうか、この魔王の心を埋めてくれ。退屈さを解消してくれ!それこそが我が願い。我が人生であるのだから」
「やれやれ、強情な奴だな…じゃあ、どうすればいいんだよ?」
「それは、こちらが聞きたい。お前は、どうしたいのだ?お前の望みは何なのだ?勇者アカサタよ?」
そう、魔王ダックスワイズは、逆に問い返してきます。
「望み?それを聞いて、どうする?そんなものが、何になる?お前にとって、何の得があるのだ」
「望み!夢!希望!欲望!それこそが、人を成長させてくれる!成長の糧となる!さらに先の世界へと進ませてくれる!さあ、勇者アカサタよ、聞かせてくれ。お前の夢を!願望を!」
それから、しばらくの間、アカサタは頭をひねって考えました。
自分が心の底から望んでいるコト。真の夢とは何なのか?自分は、一体、どのような人生を歩みたかったのかを。
そうして、ポツリと呟きます。
「夢か…」
「そう!夢だ!」
「あえて言うなら…」
「あえて言うなら?」と、魔王は繰り返します。
「あえて言うなら、ノンビリ暮らすコトかな?」
「ノンビリ…暮らす?」
「そうだ。オレは、この世界にやって来る前にも、そうやって生きていた。日々を無為にダラダラと過ごしていた。だけど、今になって考えると、あのニート時代が、この人生で一番幸せだった気がする。あの頃に、戻りたい。あえて言うならば、それが、このオレの夢だ」
それを聞いて、魔王ダックスワイズは、明らかに失望した表情をしました。
「なんだ。そんなものか。そんなものが、お前の望みなのか。幸せなのか。そんな退屈極まりない人生が…」
そう言いつつも、魔王は認めました。勇者アカサタの、その夢を。
それから、ゆっくりと考えて、魔王はこう言いました。
「わかった。では、やろう。その平穏な日々とやらを。ノンビリと暮らせる時間を」
勇者アカサタは、ちょっと驚いたように答えます。
「お?いいのか?」
「ああ、いいだろう。それでも、お前が満足してくれるというのならば。あるいは、それがお前のさらなる成長につながるかも知れんしな…」
「ありがとよ!」
「その代わり、1つ約束してくれ」
「約束?何だ?」
「もしも、そのノンビリとした時間に飽きたその時は、今度はこの魔王の夢をかなえてくれ」
「お前の夢?」
「そうだ。お前がその人生に飽きたなら、我が心の隙間を埋めてくれ。この退屈な人生に終止符を打ってくれ。いいな?」
「ああ、いいぜ。約束しよう!」
「では、戻るがいい。お前や、お前の周りにいる者たちの望み通り、今後は一切の魔物を生み出すコトをやめよう。それで、世界は平和になるだろう」
「サンキュー!」
「ただ、忘れるな。それは、退屈極まりない世界であるというコトを。そして、お前の望んでいた世界ではないかも知れないというコトを…」
魔王ダックスワイズのその声を聞きながら、勇者アカサタの周囲の景色が変化していきます。
そうして、さっきまで立っていた荒野ではなく、再び魔王の城の敷地内へと戻ってきていました。




