賢者アベスデの遺産
戦場では激しい戦いが続いています。
けれども、魔王相手に、人間たちの軍隊は段々と疲弊していきます。
無限とも思える魔王ダックスワイズの能力と魔力の前に、決定打を打てぬまま、戦力を削られていくのでした。
それは、賢者アベスデも例外ではありません。
賢者アベスデは、戦場の真ん中で思いました。
“私の人生は、一体、何だったのだろうか?”と。
異世界から転生し、この世界で赤ん坊の姿から人生をやり直したアベスデ。
“かつての世界の記憶”と“この世界での知識”両方を生かして、能力を極めようとした者。
結果的に、それがこの世界に魔王を生み出し、人生の後半はその魔王を倒すコトだけに費やしてしまったのでした。
“私は、ただ真理を探究したかっただけなのに。それが間違いだったというのだろうか?自らの失敗を償い続ける人生。果たして、そこに意味はあったのだろうか?”
賢者アベスデは、魔王との戦闘を続けながら、さらに思いを巡らせます。
“しかも、この肝心な時に、勇者アカサタは役に立たぬ。最後の弟子は、思ったように成長してはくれなんだか…”
アベスデの体力は限界に近づきつつありました。精神力には、まだまだ余裕がありましたが、それに体の方がついてはいきません。
対して、魔王の方は、いまだに若々しい体を維持しているのです。体力も精神力も、底知れぬものがありました。
「ここで、終わりか…」
アベスデは、覚悟を決めました。
「せめて…せめて最後に1つだけでも残しておくとするか…」
そう呟くと、最後の魔法を放つ準備を始めます。
「アカサタよ!勇者アカサタよ!お前は不出来な弟子ではあったが、それでも他の者とは違う何かを持っておる。あの魔王さえも、お前の可能性を認めておるのじゃ」
アベスデのその声を聞いて、勇者アカサタが振り向きます。
相変わらずボ~ッとして、やる気のなさそうな顔をしています。話を聞いているのかどうかすら、よくわかりません。アベスデの言葉は、右の耳から左の耳へと、ただ単に通過してしまっているようにも見えました。
それでも、賢者アベスデは続けます。
「私の望みは、私の生み出した諸悪の根源を、この世界から消滅させるコト。それに他ならぬ。私自身には、その願い、かなえるコトはできなんだ。じゃが、その希望、お前に託そう!!」
それから、賢者アベスデは長い長い呪文を唱え始めます。
魔王ダックスワイズは、邪魔することなく、遠くからその様子を楽しそうに眺めています。
やがて、アベスデの体は光り輝き始めます。
そうして、全身が光の粒子となり、勇者アカサタの体へと向っていきました。
眩しいほどの光の塊に包まれるアカサタ。しばらくすると、徐々にその光も薄れていき、元の状態へと戻ります。
後には、アカサタ1人が立っていて、アベスデの姿はありません。完全に、この世界から消滅してしまったのです。
こうして、賢者アベスデの全ての能力は勇者アカサタへと引き継がれたのでした。