降りすさぶ雪の中での戦い
雪が…
雪が降り始めていました。
土砂降りの雨は、いつしか大雪へと変わり、地面には降りすさぶ雪が積もっていきます。
人間の魔術師たちは、空気を暖める魔法で仲間の兵士たちの周りを覆っていきます。
それに対し、魔王の方は、最初から雪の影響を受けていません。雪が自らの意志で魔王の体を避けるように降るのです。まるで、川のように空気にも流れがあって、その空気の川が魔王の体を嫌っているかのように。
たった1人の敵を相手に、冒険者たちが苦戦している間、勇者アカサタは相変わらず戦場の真ん中でボ~ッと立ち尽くしています。
「アカサタ!何やってんのよ、アンタ!」
戦場にスカーレット・バーニング・ルビーの甲高い声が響きます。
それを聞いて、ようやく動き始める勇者アカサタ。
「あ、ああ…そうだな」
生返事をしながら戦闘に参加したアカサタでしたが、いつものような体のキレはありません。
これが大したことのない敵ならば、問題はないでしょう。これまでの経験から、無意識の状態でも、余裕で戦えたはず。
けれども、相手は史上最高の能力を誇る魔王なのです。これではいけません。
どうにかこうにか、敵に向っていく勇者アカサタでしたが、その攻撃はほとんど当たりはしません。
魔王の方も本気で相手にしている様子はありません。狙っているのは、アカサタ以外の者ばかり。「おいしい物は、最後まで食べずに取っておく!」とばかりに、能力の低い者から順番に倒していくのでした。
暴れ竜リベロ・ラベロは、3体のドラゴンを相手に苦戦しています。いえ、これでも、まだ善戦している方だと言ってもいいでしょう。
なにしろ、自分と同程度の体格をした巨大な竜を敵にしているのです。それも、同時に3体も!
その内の1体のドラゴンは、ハープ奏者パールホワイト・オイスターの奏でる竪琴の音によって、頭が混乱し、動きを止めています。やがて、仲間であるドラゴンに向って攻撃を始めました。
人間の兵士たちも敵のドラゴンに向って攻撃を開始します。1人1人の力は小さいものの、それでも気をそらす役割くらいにはなっています。人間たちの放つ矢や魔法攻撃に意識が向いている間に、暴れ竜リベロ・ラベロが強烈な一撃を放つのです。
このコンビネーションにより、どうにか互角な戦闘に持ち込むことができていたのでした。
*
しばらくの間、そのように戦いは進んでいきました。
けれども、人間の軍隊の方が徐々に押されていきます。体力や魔力の限界に達し、次々と倒れていく戦士や魔術師たち。
対して、魔王の方は、魔力が尽きる気配すらありません。
戦場で最も活躍していたのは、やはり、賢者アベスデでした。
覚えている魔法の数も、その威力も、魔力そのものも、他の者たちとは桁違い。それでも、魔王相手には、決定的なダメージを与えられずにいます。
「剣よ!100万本の剣よ!この世に生まれた悪しき者を貫け!」
賢者アベスデが、そう叫ぶと、空中から無数の鋭い剣の雨が、魔王ダックスワイズ目がけて降り注ぎます。
魔王は、それらの攻撃を軽々とかわしながら言います。
「では、こちらは槍といこうか。槍よ。100万本の槍よ。我が敵となる者を串刺せ!」
そうして、空中から誕生した無数の槍が、人間の兵士たちに向って降り注ぎます。
慌てふためきながら、槍の雨をかわしたり、盾で防いだりする人間たち。それでも、多くの者が、その攻撃で傷を負ってしまいます。
そんな中、勇者アカサタはフラリフラリとしながら攻撃をかわしつつ、時折、魔王に向って進んでいきます。けれども、その攻撃には覇気がなく、まるでやる気が感じられません。
「何をやっておる!アカサタよ!この大事な時に!ここが最大の決戦だというコト、理解しておるのか!!」
賢者アベスデも、そのように叱咤しますが、全く効果はありません。
相変わらず、フラフラ、ユラユラと動き回るばかり。この大一番に、この戦場で最も役立たずとなってしまっていたのでした。