魔王の能力の限界
それから、しばらくの間、平和な日々が続きました。
世界各地に存在する冒険者たちは、近くの魔物狩りなどをして暮らしています。
その間、勇者アカサタは、生きる希望を失ったかのようにボ~ッとして過ごしました。エメラルドグリーンウェル嬢のコトが頭から離れないのです。
“魔王を倒す”という目的にも、半分興味を失ってしまっていました。もはや、その必要性を感じていないのです。
そんなある日、勇者アカサタの元を魔王ダックスワイズが訪れます。
「どうした?ボ~ッとして。お前らしくもない」
そう魔王は声をかけてきます。
街は厳重な警備により、魔物1匹通さないように守られていましたが、そんなものは関係ありません。世界最高の能力を持つ者にとって、その程度の警備、存在しないも同じでした。
「なあ?ありとあらゆる能力を極めたというお前ならば、エメラルドさんのコトも治せるんじゃないのか?」と、逆にアカサタは尋ね返します。
けれども、魔王ダックスワイズの答は、こういうものでした。
「これは、我が能力でも、どうしようもないな。『能力を極めた』と言っても、しょせん、それは現代のこの世界においてのこと。この魔王にも限界はある。同時に、いくらでも先はある。だからこそ、生きていたいという気も起きる。それは、“成長する余地がまだ残されている”という意味でもあるのだから」
やれやれ…という顔で、勇者アカサタは、もう1つ尋ねます。
「エメラルドさんの体からは魂が抜け落ちてしまっているらしいんだけど、それを戻す方法ってないのか?」
「フム。どうやら、そのようだな。人の魂を呼び戻す術。はて、そのようなモノが、本当に存在するのやら?」
「方法はないと?」
「少なくとも、この魔王の頭の中には、そのような知識はないな」
「そうか…」
魔王ダックスワイズは、勇者アカサタを元気づけるように言いました。
「ならば、お前が、その術を見つけ出せばよいのでは?成長して、それだけの能力を身につければよいのではないか?」
フ~っと、1つ大きなため息をついて、アカサタは答えます。
「悪いが、オレはそこまで頭は良くないさ。それに、仮にそんな能力があったとして、それを手に入れるのに、一体どのくらいの時間がかかると思ってるんだ?」
魔王は、ちょっと考えてから、こう言いました。
「フム。ならば、こうしてはどうだ?この者の魂を呼び戻す術は、この魔王も知らん。だが、それまでの時間を稼ぐ方法は知っておる」
「時間を稼ぐだって?一体、どうやって?」
「文字通り、時を止めるのだ。この女の時をな」
「時を!?できるのか?そんなコトが!?」
驚くアカサタを前に、魔王ダックスワイズは、さも当然という風に答えます。
「できるさ。そのくらいのコトはな」
勇者アカサタは、迷いました。
けれども、結局、他に方法がないコトは知っています。それで、魔王の提案を受け入れるコトにしました。解決方法が見つかるまで、エメラルドグリーンウェル嬢の時間を止めてもらうことにしたのです。
「これで、1つ借りができちまったな…」
そう、アカサタが言います。
「なに、気にするな。お前には、この世界の支配者になってもらわねばならぬのだ。この程度、どうということもない。貸しでも何でもない。この件とは別に、おま自身の意志で決断しろ。そうしなければ、意味はない」
「そうか。悪いな…」
「さすがに、少々、準備が必要だ。時間をもらおう。また、今夜、やって来る」
そう言って、魔王は1度、帰っていきます。
*
その夜、儀式のために準備を整えた魔王ダックスワイズが、再びやって来ます。
こうして、エメラルドグリーンウェル嬢の時間は、魔王ダックスワイズによって止められてしまいました。このまま放っておけば、永遠に年を取らず、栄養を補給する必要もありません。
ただ単にそこに存在し、変わらぬ姿でい続ける。そのような存在となってしまったのです。
それにより、勇者アカサタと魔王の間には、奇妙な信頼関係が結ばれたのでした。
敵でありながら、同時に親友のようでもある。そのようないびつな関係が。