世界の支配者
ここで、勇者アカサタは、あるコトを思い出します。
そうして、その疑問を口にしてみました。
「“世界の支配者”?そういえば、どこかで聞いたコトがあるような。以前にも、同じような誘いをかけられたような…」
クックック…と笑ってから、魔王は答えました。
「思い出したかね?そうじゃよ。わたしゃ、ワヲンじゃよ。人集めワヲン」
その声は、先ほどの若い男の声とは打って変わって、男とも女とも取れるしゃがれた老人の声になっていました。
「ああ、あの時の!お前だったのか!!」
アカサタが驚きの声を上げると、魔王ダックスワイズは老人の声のまま続けます。
「それは、そうじゃよ。この魔王ともあろう者が、その程度の芸当1つこなせぬとでも思うたかな?姿を変え、声を変えるなど、雑作もないコトじゃよ」
「なんと。まあ…」
魔王は、元の若い男の声に戻って言いました。
「それも、退屈しのぎの1つ。この世界には、世界のルールに適応できず、心や体を病み、脱落していく者が大勢いる。そういった者たちを集め、新しい組織を作り上げていったのだ。この魔王の軍団は、そうやって構築されていったのだよ」
「なるほど。そういうカラクリか…」
「だが、彼らは彼らなりに幸せであったはずだ。決して不幸ではなかったはず。自分に合った役割を手に入れ、その人生に満足しながら、この魔王に協力し、この魔王のために働いてくれていたのだから」
「満足しながらねえ…」
「それら全てをお前が引き継げ。勇者アカサタよ!きっと、お前ならば、この魔王よりもおもしろい世界を創り上げてくれる。そのように世界を変えてくれる!我が望みは、その世界の姿を見てみることなのだ。そうして、その世界で生き、その世界を堪能することなのだ」
「けど、それにも、やがて飽きてしまうんだろう?飽きっぽい、魔王さんよ」
フフフフフ…と嬉しそうに魔王は笑います。それから、こう答えました。
「きっと、満足させてくれるさ!勇者アカサタ、お前ならばな!それに、退屈を感じるようになったら、また創り変えてくれればよいのだよ。この世界そのものを!そうやって、何度でもこの世界を破壊し、救い、楽しみ続ける!いつまでも、いつまでも!!」
「それが、オレになればできると?他の誰でもなく?」
「お前ならばできる!他の誰にもできないコトが、お前ならばできるのだよ!お前は選ばれし者なのだ。ただ単に世界の平和のために生きているわけでもない。世界を救おうという気持ちはある。かといって、安定を望んでもいない。お前のように破天荒だからこそ、破綻した性格だからこそ、できる役割!お前にしかできぬ使命!お前は選ばれたのだ“世界の支配者”として生きる者としてな!」
「バカバカしい…」
そう、アカサタは言い放ちました。
ここで、魔王ダックスワイズは黙ります。
高い塔のてっぺんで、しばらく2人の間に沈黙の時間が流れます。
再び言葉を発したのは、魔王の方でした。
「まあ、よい。すぐに決断してくれとは言わぬ。しばらく、考える時間をやろう。そのために必要なモノは全て与えよう。時間でも、物でも、知識でも、お前の好きなだけ与えてやろう。見返りは求めぬ。最終的に、我が提案を断るというなら、それもよかろう」
「フ~ン…随分と気前のいい話だな」と、アカサタは答えます。
「もちろんだ。この魔王は、退屈な心を埋めてくれるならば、何だってやる。やってのける。そのくらいうずいているのだ、この心が。求めているのだ、新たな経験を!見知らぬ知識を!と」
「話はわかった。まあ、考えてみるさ。とりあえず、帰してくれよ。オレらを。元の場所に」と、勇者アカサタは、意識を失ったままのエメラルドグリーンウェル嬢を抱きかかえながら言いました。
「よかろう。それが、お前の望みならば!」
そういって、魔王は呪文を唱え始め…そして、途中で呪文の詠唱をやめます。
「そうそう。1つ教えておいてやろう。ここは、魔王の城。その一角。その位置は、アルファベ城のちょうど真反対にある。この星を半周した場所に位置しておる。もっとも、ここまでやって来ずとも、必要があれば、いつでも呼び出してくれればよい」
「フム。ご丁寧なこった。『自分を倒したくなったら、いつでも来い』ってわけか?」
「まあ、そう取ってもらっても構わんよ。だが、できれば、先ほどの提案、受けてもらえるとありがたいのだがね。ま、いい返事を期待しておるよ」
「どうだか。お前の望むような答を出すとは限らねえぜ、このオレは」
勇者アカサタのその言葉を最後に、周囲の景色が変わり始めました。
次の瞬間、エメラルドグリーンウェル嬢を抱きかかえたままの状態で、アカサタは瓦礫と化したアルファベ城の外に立っています。
耳の奥には、フフフフフ…と心の底から楽しそうに笑う魔王の声が染みついてしまっていました。