降り注ぐ石の中で
降り注ぐ石の中、勇者アカサタは立ってしました。
「…と、いうわけにはいかんだろう。勇者なんて、どうでもいい。世界なんて、どうでもいいさ。魔王だって、いつか誰か、別の者が倒してくれる。そうに決まってる」
アカサタは、1度、魔法の鏡をくぐりながら、結局、崩れゆくこの城へと戻ってきてしまっていたのでした。
「それよりも大切なコトがある。人には、それぞれ“譲れないモノ”ってのがあるもんなんだよ」
そう呟きながら、アカサタはエメラルドグリーンウェル嬢が倒れている辺りへと近づいていきます。
完全に土砂に埋まってしまい、もうどこかだ正確な場所もよくわかりません。
それでも、落ちてくる石の塊を避けながら進んでいきます。
「ここで終わりか。このオレの人生も…」
さすがのアカサタも諦めて、覚悟を決め、思います。
“それでも、まあ…最後の最後に自分の信念を貫き通せたのは、我ながら立派といったところか”
その時でした、全ての音がやんだのは。
“ピタリ”と、落ちてくる石の動きが空中で止まっています。まるで、時間そのものが停止してしまったかのように。
そこに、1人の人物が現われます。背丈は、勇者アカサタと同じか、少し高いくらいでしょうか?
スッポリとフードを頭までかぶっていて、顔はよくわかりません。
「悪かったね。部下が勝手なコトをしてしまって。こんなはずじゃあ、なかったんだが」
その人物は、アカサタの背後から声をかけてきました。それは、若い男の声でした。
驚いているアカサタを追い抜くと、スッスと歩いて進み続けます。
それから、積み重なった石を次々とどけていき、エメラルドグリーンウェル嬢を救い出します。その間、石には指1本触れてはいません。
全ての動作が、手品のように宙に浮いて行われたのです。
男が呪文を唱えると、グチャグチャに潰れてしまったエメラルドグリーンウェル嬢の体は、全く間に修復されていきます。
ただ、意識はまだ戻りません。
それから、男は振り返ってこう言いました。
「勇者アカサタよ。まだ、お前を舞台から降ろすわけにはいかぬ。こんな場所で、みすみす命を落とさせるわけにはいかぬのだよ。この人生の退屈さを埋めてもらうためにも」
フードをかぶった人物は、そう語ります。
「まさか、お前…」と、勇者アカサタ。
「そう。我こそは、魔王。魔王ダックスワイズ。始まりを意味するアベスデに対して、終わりを意味するダックスワイズ」
「お前が!」
「少し話をしようか?場所を変えても構わないかな?この状態を維持するのも、少々疲れるものでね」
魔王ダックスワイズは、アカサタの返事を待つことなく、エメラルドグリーンウェル嬢の体を抱きかかえると、再び呪文を唱え始めました。
次の瞬間、空中で止まっていた無数の石たちは、再び落下を始めます。
そうして、アルファベ城は崩れ落ち、完全に崩壊してしまいました。
*
勇者アカサタが周囲を見回しています。
そこは、どこかの高い塔のてっぺんでした。さっきまで、暗い地下にいたのに、今は光がまぶしく感じるほど明るい世界に立っています。
目の前には、女性を抱きかかえた男の姿が。その顔は、賢者アベスデに似ていました。“アベスデが若い頃は、このような姿をしていたのだろうな”と感じさせます。ただ、その髪はまだ黒く、背筋もピンッと伸びたままです。
魔王ダックスワイズは、エメラルドグリーンウェル嬢をやさしく地面に寝かせると、ゆっくりとアカサタの方へ近づいてきます。
「なあ、勇者アカサタよ。世界は、退屈だと思わんか?」
「退屈?とんでもねえ!オレは、この世界にやって来てから、毎日が楽しくてしょうがなかったぜ!」
「フフフ…そうだな。お前の人生は、実に楽しそうだ。羨ましいくらいに」
「だろ~?」
「だが、この魔王の人生は退屈極まりなかった。いろいろと試してみたが、楽しいのはその時だけ。何年もすれば、やがて、再び退屈さを感じるようになってくる。その繰り返しだよ」
「フ~ン。不幸な奴だな」
魔王ダックスワイズは、1度、塔の端まで歩いて行き、そこから見える景色を眺めます。
それから、アカサタの方を振り返ると、こう言いました。
「なあ、勇者アカサタよ。この世界を支配してみる気はないか?この魔王に代わって」
アカサタは、意味がわかりません。それで、こう答えます。
「世界を支配?なんだよ、それ?」
「言葉の通りだよ。これまで、この魔王が築き上げてきた全てを引き継ぐのだ。そうして、この世界の支配者となれ!」
「新しい魔王になれってことか?」
「フッ…別に魔王でなくともよい。そのまま勇者を語り続けてもよい。役割さえ果たしてもらえれば、名前などどうでもよいのだ」
勇者アカサタは考えました。
“ここで、「はい!」と答えたら、どうなるのだろうか?”と。
“仲間になれ”というならば、わかります。けれども、魔王がしてきた提案は、“自分のあとを継げ”というものです。
それは、とても魅力的な提案に思えました。
そうして、アカサタは迷います。




