美しき緑の女性魔術師の最期
特殊な植物の汁を目に浴びたサウザンカは、しばらくすると視力を取り戻しました。
そうして、激昂しながら敵に向っていきます。
「オノレ~!オノレ!オノレ!オノレ!」と叫びながら。
エメラルドグリーンウェル嬢は、他の研究者たちを逃がした後、時間を稼ぐために四天王の1人である“樹木のサウザンカ”相手に戦いました。
けれども、能力の差は圧倒的。しばらくの間は善戦していましたが、それも長くはもちません。サウザンカの呼び出した木々の精霊によって、大ダメージを受けてしまいます。
その間にも、アルファベ城に取りついた木はムクムクと成長を続けていきます。そうして、城と完全に同化し、巨大な大木へと成長しまったのです。
「ホ~ッホホ。これで、私の目的は、ほぼ達成されたわね」と、樹木のサウザンカは、声高々に喜びの声を上げます。
その声を聞きながら、エメラルドグリーンウェル嬢は思います。
“仕方がない。こうなったらアレを使うしかない。本来ならば、わたくしがこのような手段を用いるわけにはいかないのだけど。非常手段よ…”
「あなたの気持ちはよくわかる。その思いは、この私の心に伝わってくる。あなたは、ただ生きたいだけなのよね?どこであろうと、生まれてしまったのだもの。地面から芽を出してしまったのだもの。だったら、生きるしかないわよね?」
エメラルドグリーンウェル嬢は、そう、大木に向ってやさしく語りかけるように言いながら、懐から何かを取り出しました。
それは、ビンに入った薬品でした。
「ごめんなさい。でも、これがわたくしの役割なの。わたくしは、わたくしの役割を果たす。あなたが、あなたの役割を果たすように」
そう言うと、呪文を唱え始め、ビンの中の液体を、城と同化してしまった大木に向って振りかけました。
「一体…何を!?」
呪文のサウザンカは、驚きつつも、その行為をやめさせようと、エメラルドグリーンウェル嬢へと迫ってきます。
その攻撃をひらりひらりとかわしながら、呪文の詠唱はやめない美しき緑の女性魔術師。
やがて、城と同化した大木は、根の端から枯れ始めます。
「わたくしは、植物を育てる者よ。その最も効率的な枯らし方を知らないわけがないでしょう…」
それを聞いて、樹木のサウザンカは顔色を変えます。
「クッ…バカな。なんと愚かなコトを!!」
「そう。まさか、わたくしが自分の手で、この子を殺してしまうとはね…」
城全体を支えるようにして生えていた大木か枯れることで、城は耐久力を失い、崩れ始めます。
次々と落下してくる大きな石の塊。
「キャ~!!」と叫び声を上げるエメラルドグリーンウェル嬢。
石の塊の1つが、その背中を直撃したのです。
「このままだと、私も危ない。仕方がない。ここは撤退するしかないか…」
そう言って、この城の中へと入ってくる時に使った“魔法の鏡”の1つへと飛び込んでいく。樹木のサウザンカ。
その間も、石は落下を続けていきます。
さらに、大きな石がいくつも落ちてきて、体を挟まれて身動きが取れなくなっているエメラルドグリーンウェル嬢。
その時でした。
ドッゴ~ン!という音と共に、部屋の扉が破壊されたのは。
そこに入ってきたのは、勇者アカサタ、その人でありました。
*
部屋の様子を一目見て、すぐに状況を察する勇者アカサタ。
急いで、エメラルドグリーンウェル嬢の上に乗っている大きな石をどけようとしますが、うまくいきません。
「あかさた、さん…」
と小さな声で呟くエメラルドグリーンウェル嬢。
「待ってろ!今、こいつをどけてやるから!!」
さらに、城は崩壊の速度を増していきます。
「だめ、よ…あなたは、行かない…と。生きない、と…」
そう言いながら、サウザンカが逃げていった魔法の鏡を指さすエメラルドグリーンウェル嬢。
「駄目だ!オレは、あなたを助ける!エメラルドさん!あなたを助けて、一緒に逃げ出す!!」
叫ぶ勇者アカサタ。
そこで、全身を緑系統の衣装に身に包んだ美しき植物系魔術師は意を決します。もっとも、その美しい衣装も、今はボロボロ。しかも、血だらけで、赤から黒に近い色に染まっているのですが。
そうして、思い切り、こう叫びます。
「行けって言ってんのよ!アカサタ!!あんた勇者なんだろう!!」
それは、エメラルドグリーンウェル嬢が、初めて発した汚らしい言葉でした。でも、それゆえにその言葉はアカサタの心に強く響きました。
もちろん、そんなコトはアカサタ自身、よく理解していたのです。
“勇者の役割は、この世界を救うコト。それ以外に他ならない。そのためには、なんとしても生き延びなければならない。それでも、目の前の人1人を救えないで何が勇者なのか?”
そのような疑問が心に浮かんでしまっていたのでした。
けれども、今やそれも吹っ切れて、アカサタは後ろを振り返らず、魔法の鏡に向ってまっしぐら!全力で走り始めます。
そうして、サウザンカが飛び込んでいったのと同じ鏡の中へと姿を消してしまいました。
エメラルドグリーンウェル嬢は、その姿をいつまでもいつまでも見守っていました。それは、2人が初めて出会った時とは、全く逆の構図でした。
そうして、その姿が完全に見えなくなった瞬間、轟音と共に頭上の石が崩れ落ちてきます。
「さようなら、わたくしの勇者さん。あなたならば、きっと夢をかなえられる。世界中の人々が願ってやまない夢を…」
こうして、土煙の中に美しき緑の女性魔術師の姿は消えていったのです。




