賢者アベスデの危惧
勇者アカサタは、ふわりと地面に着地しました。そうして、こう呟きます。
「フム。ま、こんなものか…」
相変わらず、魔法が苦手なアカサタでありましたが、それでも“フワリン”の魔法は、だいぶ使いこなせるようになってきています。
これだけを重点的に訓練したからです。
さすがに、風の魔法を専門とする魔術師たちとまではいきませんが、1度の魔法で5~6メートルくらいの高さまでは飛び上がれるようになっていました。その後は、ホバリングをきかせながら、ゆっくりと降りてきます。
これだけでも、結構使い勝手のよいものです。たとえば、高い崖の上から飛び降りたとしても、ケガをすることなくゆっくりと着地することが可能なのでした。
ただし、それ以外の魔法はからっきしでした。
そんなアカサタの姿を眺めながら、賢者アベスデが言います。
「魔法の方は、そうは伸びんか…」
賢者アベスデも、ちょっとばかり危惧するようになっていました。
明らかに、これまで育ててきた勇者たちに比べれば、魔法に関する能力の伸びが遅かったからです。
「何か対策を考えねばな…」
自分に言い聞かせるように言いつつ、アベスデは考えます。
これまでアベスデが育ててきた4人の勇者は、どれも万能タイプ。
剣や斧などの近接戦闘はもちろんのこと、槍による中距離、弓による遠距離攻撃もそつなくこなします。もちろん、魔法も属性に関係なく、まんべんなく覚えていきました。
ある程度の得手不得手はあるものの、基本はどれも簡単に習得していくことができたのです。その上での得意分野。自分が最も得意とするモノを極めていったのです。
それに比べると、勇者アカサタは“粗”があり過ぎます。得意なモノと不得意なモノの差が激しいのです。
「まあ、その辺りは、他の者たちの力で補えばよいか」
そうは言いつつも、アベスデの心に不安が残ります。
魔王ダックスワイズの能力の高さは、アベスデ自身が一番よくわかっています。なにしろ、自分自身から生み出した存在。さらには、何度も戦場で相まみえているのですから。
その魔王に対抗するためには、たった1人でも、ありとあらゆる状況に対応できなければなりません。
確かに、勇者アカサタが集めた仲間たちは頼りになる者たちばかりでした。
けれども、1人1人の能力は、到底魔王に及ぶものではありません。一致団結して、事にあたったとしても、強大な能力を持つ魔王に勝てるかどうか…
いえ、現時点では、おそらく不可能に近いでしょう。
賢者アベスデは、そのコトをよく理解していたのでした。
ただし、それとは逆に、よいコトもありました。
勇者アカサタには、目覚ましい進歩を遂げている部分もあったのです。
*
賢者アベスデは、勇者アカサタの前に立ちはだかります。
もちろん、全力で命を取りにいくわけではありません。単なる模擬試合。ただし、油断していれば、瞬く間に気絶させられてしまうでしょう。
それでも、以前と対峙した時とは違い、立っているだけで気絶させられるというようなことはなくなっていました。
賢者アベスデが余裕の表情で立っているのに対し、勇者アカサタの方はいくらか力が入っています。が、できる限り全身の力を抜き、意識もそこにないかのように振る舞います。
生きているような死んでいるような。半分、別の世界に行ってしまったような、そんな状態。
「これが、オレの答だぜ!これこそが、“意識するのに、意識せず”その答だ!」
勇者アカサタが調子に乗っている時ならば、そう言い放つことでしょう。
けれども、今は真剣そのもの。それでいて、半分、別の世界に意識は飛んでいってしまっているのです。無駄なお喋りをしている余裕などありません。
それに対して、賢者アベスデの方は、言葉を交わす余裕があります。
「フ~ム。やるようになったな…」
アカサタは、それには答えず、ジリジリと間合いを詰めていきます。
そうして、ゆっくりと剣を突き出しました。まるで、そこには、相手を傷付ける意志はないかのように、ゆっくりゆっくりと。
アベスデは、それに応じるように、ゆっくりと杖を前に出します。ただし、アカサタの剣よりも、ほんのちょっとだけ速いスピードで。
刹那!
勇者アカサタの剣がうなりを上げてスピードを増します!
まるで、それまでゆったりと空中を滑空していた鷹が、獲物を発見した瞬間に、物凄いスピードで目標に突き進むかのごとく!
もちろん、アベスデの方も、それに合わせて杖を振ります。
カ~ンという、かん高い音が辺りに響き渡り、アカサタの剣が上空へ向って跳ね上がります。それでも、アカサタは剣を離しません。シッカリとその右手に握ったまま。
そのまま、右腕を高く跳ね上げられた体勢から、流れるように次の動作へと移ります。アカサタは、地面を蹴ると、宙高く舞い上がりました。落下する勢いを利用して、アベスデへと斬りかかります。
けれども、勇者アカサタが剣を振り下ろした時には、既にアベスデの姿はそこにはありません。まるで、これまで押し寄せてきていた波が、水平線に向って引くかのように、背後へと移動してしまっていたのです。
続けて、賢者アベスデの電撃の魔法が、地を這ってやって来ます。
それを軽々と前方にジャンプしながらかわすと、空中でアカサタも魔法を唱えました。
「フワリン!」
勢いを増し、空中から前方へと突進する勇者アカサタ。さらに、空中で1回転しながら、斬りかかります。
賢者アベスデが、サッと杖を振ると、その場に氷でできた壁が生まれました。
その壁に向って斬りつけるアカサタ。
ガッシャ~ンという音と共に氷の壁は砕け散ります。
その間に、アベスデは、さらに背後へと下がっています。
「見事!もはや、魔法なしでは、お前さんにはかなわぬよ」
そう言うと、アベスデは戦闘態勢を解きました。
“逆を言えば、最初から遠距離で攻撃してくる相手には、まだまだかも知れんがな。そんな敵を相手に、うまく間合いを詰められるかな?”
心の中で、そう思う賢者アベスデでありました。




