魔王の歓喜
この世界のどこかに存在する魔王の城。
魔王ダックスワイズは、その城の中にある自分の部屋で、1人、考え事をしていました。
そうして、部屋の中をゆっくりと歩き回りがながら、独り言を呟きます。
「そうか…ついに、現われたか」
魔王は、長い年月、この世界の人間たちの成長を見守って生きてきました。
それで、どうにか退屈を紛らわせながら生きてくることができたのです。でも、それにも、そろそろ飽きてきていました。限界が近づきつつあったのです。
「我が人生に必要なのは“好敵手”であったのだ。ありとあらゆる能力を極めたとも言われる、この魔王に匹敵する力を持った者。心の底で、それを望んでいたのだ。それに、ようやく気がついた」
他に誰もいない部屋で、魔王は、自分に言い聞かせるように、そう語ります。
常に、世界中の情報を集め続けている魔王ダックスワイズです。
無論、勇者アカサタの存在は、とうの昔に知っていました。ただし、それが“本物の勇者”であるかどうかを見極めるのに時間がかかっていました。
けれども、ここに来て、ついにその能力を認めざるを得なくなったのです。
自らを“勇者”と語る者は、大勢います。
これまでの歴史上でも、無数の人間たちが「自分は勇者だ!」「魔王を倒せる才能がある!」と信じて疑いませんでした。
もちろん、そのほとんどは、大した能力もなく、成長を途中で止めてしまい、魔王の目に止まるコトもありませんでした。
極々少数の人間だけが、類い希なる能力を持ち、魔王に挑む権利を獲得しました。ただし、その全てが、戦いに敗れるか、魔王の配下となってしまっていました。
「現段階での能力は、まだまだといったところ。だが、その可能性は無限大。成長性は未知数。奴は、これからも成長を続けるだろう。そのスピードは、この魔王をも遥かに凌いでおるやも知れん」
普通の人間ならば、ここで慌てたり、悔しがったり、早めに始末してしまおうと考えたりするものでしょう。けれども、魔王ダックスワイズは違いました。
それとは全く逆!勇者アカサタに長生きしてもらい、「早く自分と同じ高さまで成長してもらいたい!」と、そう願っていました。そこが、魔王の魔王たるゆえんだったのです。
自分の成長だけではなく、人の成長も楽しむ。世界の成長も楽しむ。そうして、「もっともっと先が見てみたい!人類や世界の行く末を、この目で確かめたい!」そのように思っていたのです。
だからこそ、世界中の情報を吸収し、誰よりも急激な成長を遂げるコトができたのですから。
パチン!と、指を鳴らす音。
その瞬間、部屋の中に音楽が響き渡ります。
そうして、魔王は、部屋の中でダンスを踊り始めました。他に誰もいない部屋の中、たった1人で踊り続けるのです。
魔王ダックスワイズは、戦闘能力だけではなく、音楽や絵画などにも関心を示していました。
部屋の中で読書に没頭する時間も長くありました。時には、1人で部屋に閉じこもって、何日も何日も本を読んで暮らしたりもします。
「能力というのは、戦いに関するものだけではない。成長というのは、ありとあらゆる分野に適用される」
そのように考えていたからです。
「そうして、それらの能力は、それぞれが別個に存在するわけではない。1つ1つの能力がつながり合って、さらなる成長をもたらせてくれる」
そんな風にも考えていました。
こうやって、部屋の中で1人で踊るのも、その一環だったのです。
見る者によっては、それを「異様な光景だ」と思うことでしょう。
けれども、これは魔王なりの“勉強法”であったのでした。
自分にとって最適の方法で学ぶ。たとえ、他の者にどんな風に思われようとも!それこそが、最も吸収力の高い学習法。成長の秘訣なのですから。




