ラズリー・ラピス・ラビアのお礼
巨大ガメ、ロネックとの戦闘が終わり、ミルキーレースの街へと戻ってきた勇者アカサタたち冒険者の一行。
沼の底に沈んでいた“魔物の飛び出してくる鏡”は、賢者アベスデが封印の魔法をほどこし、船へと積み込まれていきます。
「まったく、もう…酷い目に遭ったわ。まだ、体がベトベトしてる。気持ち悪いったら、ありゃしない。先にシャワー浴びてくるわ」
ロネックの粘着性の唾液で、全身がベトベトになってしまったスカーレット・バーニング・ルビー。沼地の水で、いくらかは洗い落としたようですが、まだ駄目なようです。
さっさと宿屋へと帰っていきました。
少女ラズリー・ラピス・ラビアは、賢者アベスデと勇者アカサタの側にやって来て、言いました。
「おじいちゃん、どうもありがとう♪アカサタさんも。おかげで、いい絵が描けました。アカサタさんが、最初に連れていってくれなかったら、あんなにいい経験はできなかったでしょうから」
賢者アベスデが答えます。
「フム。お嬢ちゃんも、がんばって、将来いい絵描きになるんじゃぞ」
勇者アカサタも言います。
「ま、お前のその執念には負けたぜ。情熱を向ける方向は、ちょっと間違ってる気もするがな…」
「お礼がしたいので、時間をもらえますか?いつまで、この街にいます?」
ラズリー・ラピス・ラビアにそう言われて、女勇者ハマヤラが答えます。
「せっかくだから、この街で商品を仕入れて帰ろうと思ってるので、もう何日かは滞在しようと思ってるけど。どうやら、洋服で有名な街らしいし」
「わかりました!じゃあ、4日ほど待っていてください!それまでに仕上げて持ってきますので!」
そう言って、ラズリー・ラピス・ラビアは家へと帰っていきました。
*
それから、4日が経ちました。
その間に、勇者アカサタたちは、ミルキーレースの街で衣服などの商品を大量に仕入れ、船へと積み込みました。そうして、夜は酒場で大騒ぎ。特に、今回の戦いで大活躍したゲイル3兄弟は、祝宴の主役でした。
おかげで、お酒に強い3人も、さすがに2日酔いで頭がガンガンしています。
「あ~、イテッ!アッタマ、イテッ!」と、ゲイル3兄弟の1人、ハゲールがベッドから起きてきて、宿屋のエントランスホールへとフラフラと歩いてやって来ます。
そこに、アゴールとデブールの2人も現われます。
「こんな時には、酒だな!酒!さっそく、今日も飲みに行こうぜ!」と、アゴール。
「そうだ!そうだ!」と、デブールも賛成します。
そこへ、ラズリー・ラピス・ラビアが何枚かの絵を持ってやって来ました。
「これをアカサタさんに渡そうと思って。アカサタさんは、どこ?」
「兄貴っすか?兄貴なら、まだ2階で寝てますぜ」って、デブール。
「そう。じゃあ、起こしにいってきます」と、ラズリー・ラピス・ラビアは、部屋の場所を聞くと、サッサと階段を登っていきます。
「あ、ちょっと…兄貴は、寝起きは機嫌が悪いぞ」というハゲールの声も聞こえないようです。アッという間に見えなくなってしまいました。
*
アカサタの泊まっている部屋の前。
ドンドンドン!と、思いっきり扉を叩くラズリー・ラピス・ラビア。
しばらくして、扉がゆっくりと開きます。
「なんだよ、うっせ~な…」
勇者アカサタが、髪の毛を爆発させて出てきます。とんでもない寝ぐせです。
「あ、アカサタさん、こんにちは!もうお昼過ぎですよ。起きましょう!」と、元気に答えるラズリー・ラピス・ラビア。
「オレにとっては、まだ朝なの。なんだよ、こんなに朝早く…」と、眠そうな声で答える勇者アカサタ。
「本日は、お礼を持って参りました」
「お礼?なんだ、それ?」
「ボクが描いた絵ですよ!絵!ついに完成したのです!」
そういって、持ってきた絵を手渡すラズリー・ラピス・ラビア。
その内の数枚は紙にエンピツで描かれたラフ画ですが、1枚だけ、立派な額縁に飾られた油絵がありました。見ると、何が描かれているのかよくわからない抽象画です。
「なんだ、こりゃ?」
さっきまで、半分寝ぼけ眼だった勇者アカサタですが、その油絵を見てパッチリとお目々が開きました。
「どうです?傑作でしょう?」と、自信満々のラズリー・ラピス・ラビア。
「ウ~ン…どうだろうな~?」
勇者アカサタは、頭をひねります。
「アカサタさん!反対!反対ですよ!この絵は、こっちから見るんです!」と、クルリと絵を回転させられます。
「何が描いてあるか、よくわからんな」と、断定するアカサタ。こういうところは、ハッキリと言ってしまう性格なのです。
「そんな~、せっかく苦労して描いたのに…」と、少女はガックリです。
「悪いな。でも、雰囲気というか、お前の想いは伝わってくるぜ!絵に対する情熱はな!!」
途端に笑顔に変わるラズリー・ラピス・ラビア。
「でしょ?でしょ?ちょっと時間がなかったので、最後は仕上げが甘くなっちゃったんですけど、それでも、かなりの傑作だと思うんですよ!」
「サンキューな!」
そう言って、勇者アカサタは、再びベッドへと潜り込みました。
*
それから、数日後…
芸術の街ラ・ムーにて。
勇者アカサタは、伝説の画商と呼ばれているイロハ・ラ・ムーさんのお屋敷で、お茶を飲んでいます。
新鮮なミルクがたっぷりと入った紅茶。それに、おやつのショートケーキ。砂糖ではなく、天然のハチミツを使って甘みを出してあります。
「で、さ。どうにか、その巨大なカメの化け物を退治して、その時のお礼にもらったのが、この絵ってわけよ」
アカサタにそう言われて、イロハ・ラ・ムーさんは、油絵を受け取ります。
「フムフム。どれどれ、ちょっと拝見…」
イロハ・ラ・ムーさんは、丁寧に絵を鑑賞します。
近づけてみたり、遠ざけてみたり、横にしてみたり、引っ繰り返してみたり。
それから、今度は、エンピツで描かれたラフ画の方を鑑賞し始めました。
「これは…」と、ちょっと驚いてみせるイロハ・ラ・ムーさん。
「で、どうなのよ?価値あるの?それ?」
「アカサタ君、これはひょっとすると、ひょっとするぞ…」
「何?何?凄いの?そんなに凄いの?」
「ウ~ン…これだけだと、まだわからんがな。1度、会ってみたいものだな。そのラズリー・ラピス・ラビアという少女に」
「じゃあ、アベスデのじいさんにちょいと頼んで、連れてきてもらうことにするわ」
そう言って、お屋敷を飛び出していく勇者アカサタでありました。