存在するのに存在せず
勇者アカサタの左頬は、真っ赤に腫れ上がっています。
物の見事に女海賊マリン・アクアブルーの平手打ちを食らったのでした。
これには、敵である巨大蛇ログレアも驚いています。
マリン・アクアブルーは辺り一帯に響き渡るような大声で叫びます。
「あんた、いつまでボ~ッとしてるの!しっかりしなさいよ!もっと本気で戦いなさいよ!!」
それに対して、勇者アカサタは目をパッチリとさせて答えます。
「サンキュー!マリンちゃん!おかげで目が覚めたぜ!」
「どういたしまして♪」と、マリン・アクアブルー。
「目覚まし時計代わりに、今の一発は効いたぜ!!だがな、この勇者アカサタ、奥義をつかみかけてるんだ。もうちょっと見守っててくれよな!」
そう言って、再びログレアに立ち向かっていく勇者アカサタ。
それを見て、背中の2枚の巨大な羽を使って暴風を巻き起こし、勇者アカサタを吹き飛ばそうとするログレア。
勇者アカサタは、その風には逆らわず、逆に従おうとします。そうして、まるで風にはためく洗濯物のように受け流してしまったのです。
「意識するのに意識せず。存在するのに存在せず。それは、こういうコトだ…」
そう言って、風をやり過ごしたアカサタは、反撃に転じます。
それは、生きているのに半分死んでいる状態。この世に存在するのに、存在していないようなもの。
元々、アカサタはこの世界の人間ではありません。半分、この世の者ではないとも言えるのでした。
それはともかく、勇者アカサタの動きは、全く無駄を感じさせません。吹き抜ける風のごとく。あるいは、流れる水のごとく。
手にした剣でサッサッサッと斬りつけると、巨大な蛇の体には、いくつもの切り傷ができていきます。
「グエエエエ!」
たまらず、ログレアは複数のある頭を飛ばして攻撃してきます。
けれども、それは、先ほど見せた技。すでに、勇者アカサタは見切っています。迫り来る蛇たちを次々と剣で斬りつけて地面に叩き落としていくと、即座に武器を“稲妻の槍”に持ち替えて、地面に落下した蛇たちを串刺しにしてしまいました。
「よっと!スズメ刺しならぬスネーク刺し、一丁あがり!」
そう冗談交じりに宣言する勇者アカサタに向って、両方の腕を振りかざしながら突進してくるログレア。
アカサタは、その腕をスルリとかわすと、2つの魔法を続けて使いました。
「フワリン!さらに、マッチ・ヘ・ボンバー!」
以前は、女の子のスカートをまくし上げる程度の威力しかなかった風の魔法フワリンですが、さすがにこれまでの戦闘経験を経て、少しはその威力を増していました。
さらに、それに加えて、勇者アカサタの得意技であるマッチ・ヘ・ボンバーを重ねて使います。そうすることで、10メートル近くあるログレアの頭上にまで飛び上がることができたのでした。
手にした稲妻の槍を、縦に真一文字に振り下ろす勇者アカサタ。
「グゲエエエエエエエエ」
さしもの巨体を誇る巨大蛇ログレアも、頭から真っ直ぐに切り傷を負ってはたまりません。
突然、ボンッ!という音と共に、ログレアはその姿を、羽の生えた小さな蛇へと変えました。
「クッソ!覚えてやがれ!今に必ず復讐してやるからな!」
小さくなってしまった体で、甲高い声を発してそう叫ぶと、ログレアはパタパタパタと羽を何度か振るわせて、ビュ~ンと遠くへと飛び去ってしまいました。
その様子を見届けてから、勇者アカサタはようやく勝利宣言をします。
けれども、それは以前とは違って、実に謙虚なものでした。
「ま、こんなもんだろう」
落ち着いてそう口にすると、アカサタはみんなの元へとゆっくりと歩みを進めていきました。




