満月の夜に
それから、勇者アカサタたち冒険者の一行は、シルマイの街の人たちに別れを告げて、船へと引き上げていくことにしました。
「残念でしたな~、魔物の拠点が見つからず」と、街の代表者が声をかけてきます。
「いえいえ、こんなコトもありますよ。どうも、いろいろとご迷惑をおかけしました。これは、滞在中にお世話になったお礼です」と言って、女勇者ハマヤラは、いくらかのお金が入った袋を渡します。
「こんな…」と言って、1度はそれを拒否しようとする街の代表者。
「いえいえ、どうぞ受け取ってください」と、ハマヤラは無理矢理に渡します。
「そうですか?それでは…」と、今度は受け取ってもらえました。
「それでは、私たちはこれで」
そう言って去っていこうとする冒険者の一行に、街の人たちが声をかけてきます。
「ご武運をお祈りしております」
「どうぞ、また機会があれば、お越しください」
アカサタたちの姿が見えなくなると、街の人々は口々に、こんな風に話し始めました。
「やれやれ、ようやく行ってくれたよ」
「一時は、どうなるコトかと思ったが…」
「まったくだ」
「けど、どうにか事なきを得たようだな」
一体、どういうコトなんでしょうね?
*
それから、さらに数日が過ぎ、アカサタたちを乗せた船は静かにサムネル山脈の近くまで引き返してきました。ちょうど、その日の夜は満月となります。
日が暮れるのを待って、誰にも気づかれないように大勢の人間たちが船から降りてきます。手に手に、様々な道具を持っています。たとえば、魚を突くモリだとか、漁に使う投網だとか、もちろん剣や槍や盾などの武器や防具も。
そうして、そのまま静かに移動していきます。
前回は、半分ほどの人員を船に残していましたが、今回は違います。200人以上の乗組員、ほぼ全員。わずかな警備の者を残して、残りのメンバー全てで作戦を遂行するつもりなのです。
まさに、総力戦!!
一行は、誰にも気づかれないように進み続けます。もちろん、街の人にも気づかれないように、細心の注意を払います。
少々遠回りになりますが、街を迂回するルートを選択し、どうにか目的地へと到着しました。
そこは、銀鉱山跡の入り口が見える崖の上でした。
「ようやく着いたわね…」と、少し息を切らしながら、スカーレット・バーニング・ルビーが言います。
「なんで、こんな遠回りをしたんですかい?」と、ゲイル3兄弟の1人デブールが尋ねます。
「念のためにね。私たちが、ここに来るコトを知られるとマズイかも知れなかったから。でも、ここまで来れば、もう大丈夫。あとは、待つだけよ」と、女勇者ハマヤラ。
「待つって、何を?」と、ハゲのハゲール。
「敵を、よ」
ハマヤラがそう答えたのと時を同じくして、どこかから音が聞こえ始めました。ザック、ザック、ザック…と、何かを掘るような音です。
月は、まん丸。まるで、一流の職人が作り上げた真円を描くお盆のように。既に、かなりの高さにまで昇っています。地平線と夜空の真上のちょうど半分くらいの位置でしょうか?
ザック、ザック、ザック…という音は段々と大きくなってきます。何かが近づいてきているようです。続いて、ド~ン!ド~ン!ド~ン!と地面を揺らすような音も。
それは、何かを掘る音ではなく、人が行進する音でした。大勢の人間たちが地面を踏みならし、歩く音だったのです。
いいえ、違います。それは、人ではありませんでした。コボルトやゴブリン、オークといった人型をした魔物の大群だったのです。さらには、人間の倍の身長はあろうかというトロールの姿もあります。
そんな魔物たちが、次から次へと、かつて鉱山であった洞窟の穴から歩き出てくるのでした。
「ビンゴ!ってわけね」と、スカーレット・バーニング・ルビー。
「フム。なるほどな。ここから現われた魔物たちが、このサムネル山脈近郊の土地へと散っていくわけじゃな。それが、月に1度程度、満月の夜に行われる…と」
これは、賢者アベスデの言葉。
「けど、オレらが洞窟を調べた時には、何もなかったぜ。一体、どこにあんな大群が隠れてやがったんだ?」と、アゴールが疑問を浮かべます。
「それを調べるのは後よ!まずは、コイツらの殲滅が先!!」
そう言うと、女勇者ハマヤラは、味方全員に合図を送りました。
*
ザッ!ザッ!ザッ!と、何も知らずに行進を続ける魔物の大群。切り立った崖の前を規則正しく進んでいきます。
突然、行進を続ける一団の上にフワサァ~と何かが降ってきます。そうして、何体ものオークやトロールたちの身動きが取れなくなりました。
いきなり、行列の一部が立ち往生してしまいます。けれども、背後からは次から次へと新しい行進が迫ってくるのです。魔物は、急には止まれません。立ち止まった者たちに覆いかぶさり、将棋倒しになっていきます。
行列のアチコチで、そのような事態が起きていました。
空から降ってきたのは、1度に大量の魚を捕獲するための投網でした。海賊たちが投げたものです。元々、海賊たちは海で漁をして暮らす漁師でした。なので、こういうのは得意中の得意!!
身動きの取れなくなった魔物たちに向って、上空から様々な物が飛んできます。魚を突き刺すためのモリ!無数の矢!大小様々の石や岩!!
予期せぬ攻撃に、魔物たちは大混乱です。人間にわかるような言葉で喋ったりはしませんが、「ピギャ~!」「グギャ~!!」などと、明らかに苦しみとわかる叫び声や悲鳴をあげています。
さながら、それは地獄絵図のような状況でした。




