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或る夫婦

若人へ

作者:

朝のラッシュに揺られながら一枚の吊り広告が目に入った。LEONという雑誌の記事だった。

「男はやっぱりクルマとバイク」という見出しだった。ハーレーダビッドソンにまたがった、外人の写真が載っていた。

俺も来月には40歳にさしかかる。

若い頃の俺は、「Lucky strike」の煙草のCMに憧れて同じ物を吸っていた。ルパン三世の次元に憧れていつもクシャクシャの煙草を吸いながら、

パーパパ、パパーパーパー、パーパーラッキーストライク♩

と心のなかでBGMを叫びながら原付に乗っていたっけ。

40歳になったらハーレーでアメリカを走り、若いジンガイのチャンネーが親指を立てて俺を誘ってくる。そんな日を夢見ていたものさ。


他の広告に目を向ける。

「つめたい、つめたい。角ハイボールがお好きでしょ。」という吹き出しと共に、井川遥が艶っぽい微笑みを浮かべている。

そうだ、若い頃の俺は、40歳になったらザギンの行きつけのバーに通い、一人で泣いている若いチャンネーの相談にのったり、井川遥のような艶っぽいバーテンダーと恋に落ちたりしているはずだった。


今の俺にはバーに通う金すらない。月二万円の小遣いというのはなんと絶妙なラインだろう。


少し前に、昔付き合っていた彼女と飲みに行った。もちろん嫁さんには内緒だぜ。そりゃあ、男だから下心はあったさ。でもな、結局、食事を奢る金も無かった。次に行った店では彼女が奢ってくれたよ。やっぱり心が折れるよな。それ以来連絡すら取ってない。


浮気する甲斐性もない。旦那は生かさず殺さず。そんな言葉が心に浮かんだよ。


今日は嫁さんは同窓会なんだと。まったく自分だけいい気なもんだよ。


楽しくもない仕事を終え、同僚の誘いも断り、真っ直ぐに家に帰るだけの毎日。発泡酒でさえも俺の財布を軽くする。


ワールドカップも、オリンピックも俺には関係ない。ただ、少しだけ浮かれて何かが変わったつもりになり、結局翌日には変わらない日常が始まるだけだ。


若人よ、お前にはこれだけは伝えておきたい。ん?なんだそのウンザリした顔は。若いうちに英語をやっとけとか、資格をとっとけとか言うと思ってんのか?

違い違う。もっと簡単なことさ。


嫁さんには内緒で隠し口座を持ちな。決して本当の資産をいっちゃあいけないよ。それがお前の人生を豊かにする秘訣さ。子供が産まれるまでが勝負だ。産まれちまったら嫁さんは必ず家庭に入り、財布は嫁さんの管理下に入る。そうなってからでは遅いんだ。お前が何をしたいと思っても結局金が必要なのさ。


なんだぁ、もう寝ちまったのか。仕方ないなぁ。まだ宵の内じゃねえか。これだから今時の若いもんは……。


そう愚痴りながら俺は四歳になる息子にそっと布団をかけた。

「お父しゃん」

寝言を言いながら幸せそうに眠っている。明日は家族サービスで遊園地だ。

夜は久々に嫁さんと発泡酒で乾杯するかぁ。


俺が乗っているはずのハーレーはジョグに代わり、行きつけのバーの井川遥は、丸顔の嫁さんへと代わった。俺が思い描いてきた人生とはまるっきり違うかもしれない。でもこんな人生も悪くない。

同僚の話です。

呼び出しといて何かと思えば。

ちっさ!

何言ってんだコイツ!

なんて思ってしまいました。でも、何だかんだで結構幸せそうなのがちょっと腹立ちます。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいですね^^ 若い頃に思っていた自分と今の自分のギャップを感じながらもそれも悪くないと思えるって本当大事ですよね><
[良い点]  雰囲気にのめり込んでしまいました。内容のリアリティに色々考えさせられました。読んで良かったです。 [気になる点]  特に見当たりませんでした。 [一言]  大変興味深い内容でした。次作も…
[一言] こんにちは。木下秋です。 「若人へ」、読ませていただきました。 読み終わって思ったことは、結局“幸せ”って、すごく身近にあって、もう持ってるんだよね。ってことです。 そしてそういった“…
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