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第一編 Chapter1 (7)


第一章~出会い~


窓越しに、初々しい1年生が続々と校門から帰宅するのが見える。

恐らく、あの『入学初日のHR』を受けたのだろう、皆動揺を隠せていない。

今は授業中で、前では数学教師、須賀が剰余の定理について語っている。

教室には、チョークで板書した時に鳴る、カッカッカッといった音が鳴り響いている。

須賀の授業の内容は、まったく頭には入っていなかった。窓から見える新入生を見ながら、僕はおぼろげに思っていた。



あれから1年が過ぎたのだ、と。



今は僕、真堂哲志は高校2年生である。

あれから、もうすぐ1年が過ぎる。

僕の正体が人間と判明し、その正体を隠すと、3人で『誓い』を立てたあの日から。

ここ、十神学園高等学校は、普通の学校とは少し、いや、かなり違う。

人間と獣の血を引く、『獣人』の通う学園なのである。

窓越しに1年生を見ていると、去年の僕達の様子そのままだったので、少し懐かしい気分になる。

僕も1年前、自分の正体が人間でなく、獣人であるという驚くべき事実を耳にして、気が動転していたものだ。

去年に同じく、『入学式兼始業式』が行われた後、1年生がHR後すぐに帰宅と言うのに対し、2年生以上は、通常授業があるのだ。

どうも理事長が、『理由も無いのに早く帰すのは時間の無駄だ』と言っているらしい。

あの『効率男』め、余計なことを…

そんなことを考えていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「はい、今日はここまで。教科書の類題は宿題にするから、皆やっとけよ~」

そう言って、須賀は教室を後にする。すると、教室は一瞬にして喧騒に包まれる。

いまから1時間は昼休みなので、皆弁当を出したり、食堂へ向かったりする。

「ふぃ~、哲志~」

大地が席に寄ってくる。

「何だか、意味不明な記号見過ぎて頭おかしくなりそうだ…」

どうやら、さっきの数学の授業でオーバーヒートしたらしい。

「お前、ちゃんとノートとってるか?」

「なんとか、な。だけど、俺からしてみれば象形文字写してるのと大して変わりねぇよ。」

大地はとことん勉強が苦手みたいで、中学の時からそうだった。

その代わり、運動神経は抜群なのだが。

「もういい!哲志、食堂行こう、俺カレー食いたいんだよ!」

大地が切り替えたように言う。

「おぅ。ちょっと僕もカレー食いたいと思ってた。」

そう言って、僕達は食堂に向かった。




十神学園の食堂は、そこそこ広く、横長のテーブルが10個ほど置いてあり、それぞれのテーブルに大体10人ほど座れる。

今日は、いつもと比べて割と混んでいて、いつもの食堂より雑多な雰囲気が流れている。

僕と大地は、談笑しながら並んでカレーを食べていた。

僕はシーフード、大地は普通のカレーだ。

「あっ、いたいた。哲志!大地!」

横から、明るい声が飛ぶ。叶絵がやってきたようだ。

「おぅ、叶絵!こっち来いよ!」

すると、大地が嬉しそうに叶絵を呼ぶ。

叶絵は、大地のちょうど向かい側に座った。

「混んでるから一瞬分からなかったよ。」

2年生になって、僕と大地は引き続きB組になったのだが、叶絵だけC組に飛ばされてしまったのだ。

だから叶絵とは、しばしば食堂で合流するのだ。

「くふふふ、男2人でカレーなんて、むさ苦しいねぇ~。」

叶絵の隣から、叶絵とは別の快活な女の子の声が飛ぶ。

声の主は、尾坂明おさかめい。叶絵のクラスメイトで、僕達ともちょくちょくつるんでいる。

ふわふわで金色の長髪が特徴の、ちょっとテンション高めの女の子だ。

尾坂はそう言って、僕の向かい側に座る。

「別にいいじゃねぇか。カレー美味いんだし。」

大地がむっとした顔で返す。

「ふふ~ん、見て!今日のメイのメニューは、アツアツキムチ鍋だよ!」

会話の流れを無視して、どん、と尾坂はキムチ鍋を見せびらかしてくる。

「尾坂の方がよっぽど暑苦しいじゃねーか!」

僕が思わずツッコんでしまった。

叶絵はアハハ…と苦笑しながら和風定食を食べ始める。うん、叶絵は正常だ。

「相変わらず漫才やっとんなぁ、哲志。」

後ろから、落ち着いた男性の声が聞こえる。

「あ、佐久弥さん。隣、どうですか。」

「おう、座らせて貰うわ。」

そう言って僕の隣に座ったのは、霧野佐久弥。僕達とは1つ上の3年生で、僕の属する部活の部長をやっている。

長身で黒髪の、爽やかな感じの印象が目立つ。

かなりのイケメンでこの接しやすい独特な雰囲気もあってか、女の子からの人気も凄いらしい。

話は少し変わるが、ここ十神学園では、部活動への加入が義務付けられている。

理事長曰わく、『どうせ帰って遊ぶ位なら何かに打ち込んだ方が人生の足しになるでしょ~』だそうだ。

こればかりは、僕も当初は困った。

何せ、僕は人間。

獣人は、基本運動部じゃない奴でも人間の運動能力の軽く4~5倍はある。

そんな奴らに混じって運動部なんて入ったら、恐らく2日と待たずに正体が露見する。

そして、運動部じゃない&人の少ない部活を探していると、『格闘研究会』に白羽の矢が立ったのだ。

格闘研究会、略して格研は、名前からしたら僕が入るなんてありえないようなバリバリの運動系クラブのように見えるが、実際は違う。格闘をする気配なんて、一年間でまだ一度もない。

部員は、ここに居る5人に、あと1人を加えた6人だ。

それで、この遊戯部の部長が、この霧野佐久弥さんなのだ。

肝心の部活内容は…というと、実際明確な活動はない。

皆で部室に集まって各々好きなことをし、たまに佐久弥さんが思い立って皆で遊んだりする部活だ。

見た感じ、部長(佐久弥さん)はこの部活をたまり場と思っているような節がある…。

良く言えば、アトホームな部活。悪く言えばいい加減でものぐさな部活、といった感じだ。

参加も強制でなく、まさにお誂え向きな部活だった。

あと、何より大地や叶絵も含め皆いい人だから、居心地がいい。

ちなみに、まだ僕の正体は大地と叶絵以外の部員は知らない。

「お、大地。お前普通のカレーやん。俺間違えてカツカレー頼んでもうてよぉ。取り替えてくれや。」

佐久弥さんが、大地のカレーを見て言う。

佐久弥さんは関西に住んでいたらしく、若干関西弁になまっている。

「ていうか、カツが嫌ならカツだけ移動すればよくないっすか?」

大地が珍しく真っ当な提案をする。

「おぉ、そりゃ名案や。じゃ、そうするわ。」

そういって、佐久弥さんはカツカレーのカツを移動させる。

…何故か僕の皿に。

「あの~、佐久弥さん?」

「ん?何や?」

「『何や?』じゃないっすよ!なんで僕の皿に無許可でカツ入れてるんですか!?」

「そりゃ、大地の名案を実行してるんやんけ。」

それは分かってるけど!

「じゃあ、大地の皿に移して下さいよ!僕、元がシーフードカレーなんっすよ!?」

「いや、だって。大地の皿遠いし…」

「だからって、何でそこで僕のシーフードカレーの皿にカツを入れるって選択肢が出るんですか!?」

そういう問答をしてる間にも、佐久弥さんはどんどんと僕の皿にカツを投入する。

「お、積み荷ゲームかい!?メイも混ぜてよ!」

そう言うと、今度はなんと、尾坂が僕のさらにキムチ鍋の具を投入し始めた。

「んな、お前!バカ!なんだ、積み荷ゲームって!?これはゲームじゃねぇ!」

むしろ侵略である。

「もうメイの体は、内から湧き上がる充足感に支配されているんだよ、哲志!」

「それ、ただ腹一杯ってだけじゃねぇか!!自分で食えぇぇぇ!!!」

僕の絶叫も虚しく、僕のシーフードカレーは、キムチシーフードカツカレーになり果ててしまった…。




「おぇ、ぐるじい…」

男子トイレにて、僕はさっきのキムチシーフードカツカレー処理の反動を受けていた。

あの後、元凶の二人は満足げに立ち去ってしまったので、処理は僕が担当となった。

ちなみに、あの食堂で食べ物を粗末にすると、食堂のおばちゃんの制裁が待っている。

これは決して誇張表現でなく、この前、食堂で食いもんを粗末にしていた不良3人が、食堂のおばちゃんによってボロ雑巾にされているのを見たことがある。どうやったのかは誰も見てはいないが(ってか、恐いから見たくない。)。

だから、この獣人学園では、『食堂のおばちゃんにの前では食いもんを粗末にすべからず』という不文律がある。

だから、あのカレーも、残す訳にもいかず、僕が処理したのだ。

だが、食堂の飯は本当に美味く、そんな不文律があっても人気は絶えない。

と言うよりは、その不文律さえ犯さなければ、おばちゃんは普通にいい人なので、人気がなくなる理由がないのである。

「どうしたんだ、哲志?」

後ろから、引き締まった、真面目そうな声が聞こえる。

「あ、誠二さん。」

この人は、城山誠二。格研のもう1人の部員である3年生だ。

佐久弥さんに並ぶ長身だが、キリッとしたメガネは佐久弥さんとは対照的な、真面目な雰囲気を醸し出している。

その顔立ちも整っており、どこかカリスマ性を感じさせる。

「実は、尾坂と佐久弥さんによって、僕のシーフードカレーがキムチシーフードカツカレーになっちゃったんです。」

「???」

誠二さんが疑問符を浮かべている。はしょり過ぎたか…?

「まぁ、お前がまたあの2人に酷い目に合わされたってことでいいか?」

「まぁ、そんなとこです…。」

誠二さんが、慣れた様子で解釈をする。

はぁ、と誠二さんがため息をつく。

こんなことは、もはや日常茶飯事だから、僕ももうそんなに気にもんでないのだが、誠二さんは毎回そんな僕に気遣ってくれる。

「そういえば、今日は誠二さん食堂にいなかったですけど…」

「あぁ、生徒会の仕事が入ったんだ。」

そう、誠二さんは、この十神学園の生徒会長なのだ。

文武両道だって噂も聞いたし、まさに完璧超人である。

佐久弥さんに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい…。いや、本当に。

何でこんな完璧で模倣的な人が、あんなものぐさな格研に入ったのかという理由も、ここにある。

十神学園の部活入部強制令は、生徒会も例外でなく、だから生徒会のメンバーは適当な文化部に身を置くのが普通である。

生徒会の為にどうしても欠席しなければならないことが多いそうなので、運動部だと迷惑になるからだそうだ。

誠二さんも、もし生徒会じゃなければ、空手部に入りたかったと言っていた。

この前、じゃあ何で生徒会に入ったんですか?って聞いたが、答えは教えてくれなかった。

「ほんっと、誠二さんの爪の垢をあのものぐさ先輩に飲ませてやりたいですよ。」

そういって、暗に佐久弥さんを揶揄する。

すると、誠二さんは堪えきれないという感じで、ふふっ、と笑った。

「楽しそうだな。」

「いや、誠二さん。この苦労は、味わった者にしか分からないですよ。」

僕はげんなりして言うと、誠二さんはポツリと漏らすように言った。

「哲志が羨ましいよ。」

誠二さんがそんなことを言うので、

「じゃあ、変わってみます?」

僕はおどけた風に言った。すると、

「出来るものなら、してみたいよ…」

「…?」

何か、哀愁の帯びた雰囲気が漂ったかと思ったが、

「なんてな。」

どうやら、気のせいだったらしい。

「まぁ、何か困ったことがあったら、いつでも言えよ。」

「はい、ありがとうございます。」

誠二さんは優しい顔で言うと、トイレから出て行った。

いい人だ。

大地も、叶絵も、尾坂も、佐久弥さんも、誠二さんも。

個性が強すぎるという人もいるが、

本当に皆、いい人だ。

こんな人たちに囲まれて、僕は本当に恵まれていると思っている。

このままいけば、何事もなく卒業出来る。

そんな実感が、いつの間にか生まれ、僕の中に溢れていた。




だが、それは所詮、願望に過ぎなかった。




なぜなら、僕の物語はまだ、幕を開けてすらいなかったのだから…。


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