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第一編 Chapter1 (5)

僕が、呪文を唱え終わる。一瞬、周りが静寂に満ちた気がした。

しかし、すぐにその感覚は覚め、周囲に音が満ちる。

僕は覚醒した。

獣人としての第1歩を、踏み出したのだ。

ふと、前を見る。

大地と叶絵が、呆けた顔でこちらをみていた。

「おいおい、どうしたんだ?俺の正体に圧倒されたのか?」

僕がおどけた風に言う。それでも、二人は依然として固まったままだ。

そんな二人を無視して、自分の身体を見回す。


いつも見慣れた足。いつも見慣れた手。その体毛に変化の様子はなく、特に尻尾や耳が生えてきた感覚はない。そう、これはまるで…


「お、おい哲志。お前、今呪文唱えた…よな?」

大地の声が聞こえる。


そう、その姿は普段の人間としての姿のままだったのだ。

「………?」

もう一度自分の身体を見回す。だが、そこには、獣人としての身体はなく、16年間見慣れた「人間」としての身体があるのみだった。

「た、多分、呪文を言い間違えたんだよ。もう一回唱えてみたら?」

叶絵も、事態が飲み込めない感じで僕に言う。

「ああ。」

僕は、混乱気味にそう答えると、もう一度呪文を唱える。


「我は深き眠りにつきし者。天空神グランゼニスの命により、今こそその眠りから目覚めよ!」


唱えた。

確かに今、唱えた。

だが僕の体に変化は…

ない。

身体が

変化しない

何故

どうして

何がどうなっている

分からない

分からない分からない分からない分からない分からない………!!!!

僕は完全に混乱していた。思考が纏まらない。

「……何だよ、これ」

大地が思わず声を漏らす。叶絵も、さっきから固まって動かない。

「は~い、皆覚醒したか~!?じゃ、俺の所に集まってくれ!」

このタイミングで、校舎から帰って来た尾井が皆に招集をかける。

「……!?どうする!?」

「と、とりあえず、一旦ここから離れましょう!」

叶絵はそう言うや否や、僕の手をとり、グラウンドを走って出る。大地も一緒に走り出す。

後ろから、「お~い、どこ行くんだ?」と言う尾井の声も聞こえたが、それも無視する。

そして、そのまま校門を抜けて学園外へ走った。

「……何だよ、これ!」

大地が再び言う。

しかし、それに答えられる者はいなかった。

ただ、僕達3人は全力で走り、学園から遠ざかっていった。




***

「はぁ、はぁ、はぁ」

随分学園から遠ざかった。確かここは、十神川。この十神地区を南北に二分する大河だ。その十神川の河川敷に、僕たち三人はたどり着いていた。

目の前に流れる清流を見ながら、まず大地が口を開く。

「なぁ、叶絵。なんで学園から出たんだ?」

「わかんない。なんか、身体が勝手に動いてた。」

叶絵がまだ息の整わないまま言う。どうやら、叶絵もパニックを起こしていたらしい。

そして、しばしの沈黙が流れる。

だが、その沈黙も、すぐに破られた。

「んで、さっきのは何だったんだ?」

大地が率直に尋ねる。

「わからない。」

僕が答えると、大地は声を荒げた。

「わからない!?わからないじゃねーよ!なんだこれ!?なんでお前は覚醒しないんだ!?おかしすぎるだろ、この状況!?俺でも、尋常じゃないって分かるぞ!?お前はなんか知ってんじゃねーのかよ!」

「知るかよ!!!僕に聞くなよ!!僕だって、意味不明なんだよ!!なんでだ、なんで覚醒しないんだ!?」

「落ち着いて!2人とも!」

普段大人しい叶絵の一喝が飛ぶ。よく通る声に、僕と大地の声も止まる。

「訳がわからない事をいくら言っていても仕方ないよ。だから、もっと冷静になって考えよう。」

一転して柔和な声で、叶絵が僕と大地を諭す。

そのおかげで、大地はだいぶ冷静になったようだ。僕も頭に上った血が引いて来ている。

だが、依然冷静さを取り戻せない。

当然だろう。

僕は、獣人。

この事実が分かってまだ1日しか経っていない。

だが、それは既に僕の存在の根底に深く根付いていた。父さんの、あの手紙によって。

その獣人としての存在証明である、覚醒。

これが、僕だけに起きない。それは、僕を困惑させるに充分足る事実だった。

「とりあえず、どこかでゆっくり話そう。哲志の家、今から大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。」

かろうじて返事を返す。

「じゃあ、今から行こう。一度、冷静になって話し合ってみよう。」

叶絵の提案に異議はなかった。僕達は、僕の先導のもと、僕の下宿先『黒乃アパート』に向かう。

その間、僕も大地も叶絵も、一切口を開かなかった。



***

「んで、原因は何なんだ?」

僕の部屋に、僕達3人は集まった。

そして、いきなり大地が切り出す。

「まず、状況を整理しましょう。哲志は、確かに初期覚醒の呪文を唱えた。確かにその呪文に間違いはなかった。それにもかかわらず、哲志は覚醒しない。ってのが現状よね…」

叶絵が、状況を整理する。初期覚醒の呪文とは、あの言葉であろう。

―我は深き眠りにつきし者。天空神グランゼニスの命により、今こそその眠りから目覚めよ!!―

「覚醒しない要因は何か。そして、どうしてそれが哲志だけなのか。ってとこだな。」

その疑問にぶつかり、皆が押し黙る。

「やっぱり、哲志がちゃんと初期覚醒の呪文を唱えてないからとしか考えられねぇよ。」

「それはないよ。私達、ちゃんと聞いてたでしょ?あれで間違いなかった。現に、私と大地はそれで覚醒出来たから。」

「じゃあ、何が原因なんだ…」

考察が行き詰まり、大地が嘆くように言う。

「哲志、何か心当たりとか、ない?」

叶絵が僕に尋ねる。心当たり…

父さんの手紙、見せるべきだろうか

一瞬逡巡したが、

「これ、関係あるか分からないけど」

僕はすぐに父さんからの手紙、スタートメディエターを取り出し、2人に見せた。

2人は交互に読み終えると、両者とも考え込む。

「なんか、哲志の父ちゃん、訳知りって感じじゃねぇか?」

大地が手紙を読んで言った。

叶絵もしばらく考え込んだが、諦めたように言った。

「無理、私達はまだ獣人のことについて、何も知らない。圧倒的に知識が足りていない状態でのこれ以上の考察は無意味だわ。だから、少し情報を集めましょう。」

「あぁ、それが最善策だな。哲志も、それでいいか?」

「……あ、あぁ」

僕は頼りない返事を返す。すると、叶絵が一層顔に不安を滲ませ、僕に言う。

「ごめんね、哲志。今すぐ力になれなくて。」

「大丈夫だよ。ありがとう。」

大地が、叶絵が、心配してくれている。

それで、僕の混乱は少し収まった気がした。

「じゃあ、私と大地は一旦学園に戻りましょう。一応、まだ授業中だし。だけど、哲志はここで待ってて。事情説明すると厄介だし。私達もいろいろ調べて、夜の9時、またここに集まりましょう。」

「それがいいな。」

「わかった。」

大地と僕が同意する。

そして、大地と叶絵は僕の家を出て、学園へと向かった。

一人残された部屋には、静寂が満ちる。その時計は、13時を指そうとしていた。

だが僕が窓から見る外の景色は、夜のそれのようであった…。




@K@

私は、今図書館にいる。

あの後、学園に戻っても特に何も言われず、その後の授業などもなくて案外早く終わった。だから、私は学校のすぐそばにある図書館に来ていた。

私の前には、分厚い本が置いてある。

『獣人知識を身につけたい人に。様々な知識を網羅!』

今の私にピッタリな題名の本を見つけたので、今図書館で読もうとしている。

目次を開く。

『呪文と体術の長短所』…8

『エレメンタルコラージュ』…24

『神話族と獣神族』…52

『獣人の位階』…82

『四幻獣と六大神』…125

『邪獣の謎』…187

……

など、様々な項目が並ぶ。

ふと、私の目は、ある項目で止まる。

『獣人の生殖活動』…251

…………。

いや、特に興味がある訳じゃないんだけど。

もし、この中にヒントがあったらいけないから見るんだからね!

そう心の中で自分に言い訳して、そのページを開く。


『一般に、どの種族の者同士でも、生殖活動を行うことは可能である。これは、獣人のもつ『人間化』に依存しており、人間化している状態なら、哺乳類の獣人と魚類の獣人、などという組み合わせでも生殖活動は可能である。この理論はドイツの生物学者………』


そうなんだ。

じゃあ、種族が違うからって、一緒になれないってことはないんだ…

安堵が私を包み込む。

(じゃあ将来的に、哲志と一緒にいることも……)

いつの間にか、私の思考は一人歩きしていた。私ははっとなってその思考を打ち消す。

心なしか、顔が熱い。

(もう、私のバカ!こんな時に何考えてるの!)

心中で自分を戒める。

今はそれどころではないのだ。

そう、哲志の覚醒化しない原因を…。哲志のあの不安そうな表情を、解いてあげたいのだ…。

そこでふと、何かがよぎった。

(生殖は「人間化」に依存する…?)

もう一度、さっきの箇所を読む。

それはつまり、そういうことをするときは、どちらの獣人も人間の姿になるということだろう。

その『何か』は徐々に形となり、叶絵の肌に鳥肌が立つ。1つの仮説が立ったのだ。

「まさか…、いや、そんなことが…」

私の中で定まった仮説は信じ難い、いや、信じたくないものだった。

さっきまでの甘い思考は霧散し、私は、その決して認めたくない仮説を調べるべく、さらにページを繰り始めた。


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