第一編 Chapter1 (1)
序章 ~決意―回り始めた運命の歯車―~
僕、真堂哲志が高校受験を控えた去年の夏休みのことだった。
その日は、僕の家で家族会議が開かれていた。普段は、仕事→帰宅→テレビ→寝る→仕事を主に生活のローテーションとし、座右の銘は他力本願とする僕の父、真堂徹が、その日の朝何故か改まった顔で、
「哲志、今夜は話があるから、予定は空けておけ。」
などとのたまったのだ。
僕は大いにびっくりした。
(僕、何かやらかしたのか!?何だ?先週父さんのお気に入りの花瓶を割っちまって、接着剤でくっつけたのがバレたのか!?)
とか、
(いや、怒られるとは限らないじゃないか。そろそろ進路の相談をするのかもしれないしな…)
など、いろいろな憶測が僕の脳内を飛び交った。
そうこうしているうちに、その日の夜はやってきた。僕と父さんは六畳ほどの和室で、向かい合って座る。
「で、話って何なの、父さん?」
僕が父さんに言葉を促す。
「…」
父さんは黙ったままだった。僕が再び言葉を促そうとしたとき、父さんの口が開いた。そして、そこから出てきた言葉は、僕の想像の範疇を大きく超えるものであった。
「哲志、おまえもう、受験勉強はしなくていい。」
……は?
一瞬、あまりにも突拍子過ぎて何を言われたのか分からなかった。
受験勉強をしなくていい、だって!?
「どういうことだよ父さん!?何で、勉強しなくていいなんていきなり…」
思考が少し混乱気味になりながらも、僕は何とか言葉を返す。するとさらに、父さんは続きの言葉を告げる。
「来年から、おまえはこの学校に入学するんだ。」
そう言って父さんが取り出したのは、一枚の学校パンフレット。そこには、「私立十神学園高等学校」という、聞いたこともない学校の名前が書かれていた。
「私立十神学園高等学校。ここは父さんの母校でな、なかなかいいところだ。お前は、来年からこの学園に入学するんだ。」
父さんのまさかの断定的かつ命令的なお言葉に、少しパニックを起こす。
「何でだよ!なんで父さんが俺の進路を決めるんだ。俺に選択権はないのか!?」
「ない。」
「!?」
まさかの即答だった。思わず僕も二の句が継げなくなった。
「すまんな、理不尽かもしれないが、お前にはこの選択肢しかないんだ。今は何も話せないが、いずれ必ず父さんの言っている意味が分かる時がくる。保証しよう。だから、今は黙ってこの学園に入学しなさい。」
今までにない父さんの厳かな声。そして父さんが放つ、とてつもなく重い空気に圧倒されたのか、僕は無意識に首を縦にふっていた。
***
「はぁ…」
無意識のうちに、僕の口から溜め息が漏れていた。あの日のことを考えると、いつも最後はこうなる。未だに、あの言葉の意味は分からないままなのだ。
―理不尽かもしれないが、お前にはこの選択肢しかないんだ。今は何も話せないが、いずれ必ず父さんの言っている意味が分かる時がくる。―
この言葉の意味も、当然わからない。
「はぁぁぁ……」
もう一度、僕のため息が漏れる。
すると、隣の席から手が伸びてきて、僕の口を塞ぐような位置にまで来た。
「もぅ、幸せ逃げちゃうよ?」
という女の子の声が続けて聞こえる。
この子は、如月叶絵。僕の幼なじみで、小学校のころからの仲である。
少し赤みがかった髪を、青い髪留めでポニーテールにしているのが印象的だ。両手をきちんと膝の上に置いて姿勢よく座っている。
「まぁ、気持ちはわかるけどよぉ、哲志。あんま景気の悪い声出すなよ。悲観論で考えるな。楽観的に考えて行こうぜ。」
今度は後ろの席から声が聞こえてきた。
こいつは、沖田大地。中学校からの同級生だ。
ツンツン頭が特徴的で、よく不良と思われる風貌である。だがその実中身はいいやつで、中学ではずっと一緒にバカやっていた。
こんな事態にも一緒だとは、こいつとはかなりの腐れ縁らしい。
「じゃ、楽観的な考え方の例をあげてくださいませ、大地君。」
「うっ」
「考えてなかったのかよ…」
僕が少し呆れた声で言うと、
「しょうがないだろ!?こんな事態ありえるか!?親が勝手に俺達の進路を決めるなんて!」
「まぁ、結局入学試験とかもなかったもんね。私もちょっと不安ではあるかな。」
叶絵もやはり、不安はあったみたいだ。
そう、この十神学園には入学試験はなかったのだ。それを聞いたときはさすがに気味が悪かったが、もはや選択肢がないので後の祭り。
そして場にしばしの沈黙が流れる。すると、
「間もなく、十神地区私立十神学園でございます。お忘れ物なきよう、よろしくお願いします。」
というバスのアナウンスが流れてきた。
着くのか、とうとう。
僕は1つ深呼吸をし、
「行くしかない。」
と、ただ一言だけ言った。
***
長いトンネルを抜けた先に、十神地区はあった。
十神地区は四方を山に囲まれた正方形のような地形をしており、十神学園は、ちょうどその中央に位置していた。
トンネルを抜けてまっすぐ。途中で川を渡ってさらにまっすぐ行くと、それは見えた。
外観は、普通の学校とはあまり変わりない。
ただ、見た目からわかるほど敷地面積がかなり広い。話によると、縦×横が3×4キロメートルほどあるらしい。
バスは十神学園に無事到着し、僕たちは促されるまま講堂に集められた。
しばらくすると、壇上に司会と思われるマイクを持った男が現れた。
「では今から私立十神学園高等学校、入学式兼始業式を始めます。」
…なんで?
入学式と始業式って別々にやるんじゃないのか!?
「まずは、理事長のあいさつからです」
僕が思っていると、今度は壇上に痩身の男が現れた。どうやら理事長らしい。
「はい、在校生の皆さん久しぶり。新入生の皆さん、ようこそ十神学園へ。」
痩身の体とは少しイメージが違う芯の通った声だ。そしてそのまま、理事長の挨拶が始まる。
「新入生の諸君は、どうして入学式兼始業式なのか、気になっているようだから教えておくよ。それは、非効率だからさ。だって、入学式と始業式。2回も同じような式をやるのは非効率だろ?だから、この学園では始業式は入学式と同じ今日4月3日に行われるのが伝統でね。」
なんだか効率の求め方が違う気がするが…
と、軽く心のなかでツッコんでおいた。
そして、長さ控えめな理事長の挨拶は、最後にこう締めくくった。
「では、新入生の諸君、“乗り越えて”来てくださいね…。」
僕には、この言葉の意味がさっぱり分からなかった。とりあえず僕の中のこの理事長の印象を、『不思議系効率男』と定めた。
その後、サクサクと入学式兼始業式は終わり、僕たちは各々の教室に向かっていた。
教室の前に、クラスのメンバーが書かれた紙が貼り付けてあるので、皆その紙をみて自分のクラスの教室に入っていく。
クラスはA~D組まであるらしいが、僕と大地と叶絵は、全員B組だった。
「腐れ縁だねぇ。」
と大地が隣でぼやく。
「全くだ。」
僕もそう言いながら、教室に入った。
教室でしばらく待っていると、担任と思われる教師が入ってきて、
「は~い、席着け。HR始めるぞ。」
と言って皆を座らせた。
50才ぐらいだろうか。少しぽっちゃりした感じの中年男性だ。
「はい、今日からこの1年B組の担任を勤める尾井伸介だ。よろしく頼む。そして、ようこそ十神学園へ。」
担任の尾井は、入学の祝辞と自己紹介を一度に済ませた。
「突然だが皆のなかでこの学園を希望して入った、というやつはかなり少ないと思う。と、言うよりいないと思う。皆両親から無理矢理に近い形で、この学園の入学を勧められたんじゃないかな?」
(この教師、なんでそれを知っているんだ!?)
皆も同じ疑問を抱いたのか、周囲がざわつき始める。
「はいはい静かに。今から全部話すから落ち着け。…だが、私が今から話すことは、決して冗談や酔狂などではない。それを踏まえて、俺の言うことを受け止めろ。いいな。」
急に厳かな口調で話し始めた尾井に、思わず皆は息を呑む。
そして、次に尾井の口からつぐまれた言葉は、信じがたいものであった。
「君たちは全員、人間ではない。獣と人間の血が混じった人間―『獣人』―なのだよ。」