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蟲床フラストレーション  作者: 桜谷 卯月
第一章 非現実への入り口
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第五話 団欒

「……いとこっている?」

 僕が早朝教室に入るなり、西條はそんなことを聞いてきた。何故唐突に、という疑問があったものの、別に隠すほどのことではない。やましいことは何一つないわけだし。

「いるよ。たくさん」

「…………そう」

 なるべく昨日の件をなんとも思っていない風を装って、さらりと返す。本当は、顔を見るだけで息苦しくなるのだけど、まあ、隠せているだろう。

 僕の登校時間は他の人たちに比べると異常に早い。人ごみの中を歩くのはイヤだからだ。そのため、たまに担任よりも早く教室に着いて、職員室に鍵を取りに行く、なんてことがしばしば起こるわけだけれど、人ごみを歩くぐらいならこの労働の方がマシである。

 そして、教室で一人、落ちついて本なんかを読む、というのが僕の日課だったのだけど、何故か今日は違っていた。

 ただの気まぐれか、はたまた何らかの意図があるのか。教室の鍵は開いていて、鍵を取るという労働はなしに教室に入ることが出来たわけだが、その光景はいつもと違っていて。

 こう、ぽつんと。西條が静かに座っていた。

 そして、現在に至る。もう、心拍数は大変なことになっていた。

「……私、兄さんがいるの」

「へえ、そうなんだ」

「……名前は、西條瑛(えい)()

「ふぅん」

「……久東綾って人と付き合っているらしい」

「ぶっ」

 思わぬ所で綾の名前が出てきて、僕の精神にクリティカルヒットする。もう動揺せざるを得ない。あのクソ姉、昨日の復讐だろうか。

 …………え? なに、え? 西條の兄さん? 確か、携帯の画面に出てた名前って……ああ、なるほど。イングリッシュってのはそういう意味か。

 僕はため息を吐きつつ、なんとなく訊かれているようなので、答える。

「……僕のいとこの、一人だ」

「……そう」

 紙の擦れる音が空しく、はらりと僕たちの沈黙を埋める。とても気まずい。いや、気まずいなんてレベルじゃない。もう、空気アレルギーってあったらこんな感じではないだろうか。

「……昨日、兄さんが(わめ)いてた。とてもうるさいので、なんとかしたいと思うのだけど」

「なんとかしたいって言われてもなぁ、本人たちの問題じゃないのか?」

「そう。だから、間を取り持つくらいだけど、どう?」

「別に、まあ、西條に頼まれたなら断らないけど」

「じゃあ、お願い。私の読書環境の平和のために」

「……了解した」

 引き受けてしまった。

 とても面倒臭いことになった気がする。いや、たぶん、完璧になっている。昨日の綾の様子を見るに、機嫌を直すのはもう少し先の話になるだろう。それまで、西條の兄さんの名前を出すのは恐らくNG。

「……ときに、錬次?」

 名前を呼ばれて息が詰まる。相変わらずの女性抵抗力ゼロだ。

「ど、どうした?」

「昨日のキスのことだけれど」

「…………」

「これから毎日、してくれない?」

「言っている意味がわからなななな」

「……ダメ?」

「いや、ダメでは……いやいやいや! もっと身体を大切にしろ。うん、そうだ。ほら、あの、その、誰だっけ。ああ、そうだ、正人。正人が言ってただろ? それでいいのかって」

 西條は可愛らしく首を傾げる。傾げられても困る。

「……ふう、まあいい」

 西條はそう言うと席を立ち、僕の方へと歩み寄って来る。やろうとしていることは一つだ。間違いない。さて、僕は避けるべきなのだろうか、それとも受け入れるべきなのだろうか。というか、西條は僕が好きなのか? いや、昨日はそんなことないって言ってたよな? だったらなんだ? 遊びか? 遊びの関係か? キスフレンドなのか?

「……いただきます」

「ちょっとま……!」

 僕の制止は聞き入れられることはなく、唇が重なる。なんというか、もうされるがままである。男として実に情けない。

 時間にして数秒。しかしながら、永遠のように感じられる数秒。西條はなんともあっけなく、唇を離した。

「あれ?」

「……まだ足りない?」

「いえ、まさか」

「そう」

思わず口に出た言葉に驚く。無意識に終わらせたくないと思っていたとでも言うのか?冷静になれ、僕。相手は西條だ、篠本さんではない。

「(正人の言うように、僕は篠本さんが好きなわけではないのか?)」

 自問自答してみるも、その答えは出ない。そもそも、そんな簡単に答えが出るのなら悩んでいないというものだ。

 というか、そもそも篠本さんと同じ行為をするようなことがない限り、比較しようがないんじゃないか? 僕は元々女性耐性が低いのだし、この少し移ろい気味な心も、仕方がない…………とか。

「……ありがとう」

「へ?」

「……無理矢理な要求に従ってくれたでしょう? そのお礼」

「ああ……待て、毎日するっていうのに同意した覚えはないぞ?」

「ダメなの?」

「ダメ、というか、なんというか……いいことをしている気分ではない。何が正しいとか、そういうのはないのかもしれないけどさ、でも、やっぱりこういうのは好きな相手とやるものじゃないか?」

「……じゃあ、好き」

「じゃあ、じゃなくてだな……」

「…………つまり、肉体関係を持ちたい、と?」

「そう…………悪化したな!? なんでそうなるんだよ! より悪い方向へとシフトしたよ!」

「……我がまま。何? SMがいいの? 痛みの末に辿り着く快楽が御所望?」

「プレイの内容までカオスな方向に持って行くんじゃない! そして僕はMじゃない! どっちかって言うとSだからな!」

「……じゃあ、私が縛られるから」

「待て、近寄るな! 馬鹿野郎! 朝っぱらから何をさせようって……」

 その時、ちょうど教室の戸を開ける音がいい感じに鳴り、この会話終了のきっかけが発生する。ナイスだ! 誰かは知らないけれども!

「ほら、人も来たし、この話はこのくらいで……」


「……え~っと、久東くん、と西條さん? 二人って……」


「え?」

 僕が驚きの声を上げたのは訳がある。それは西條との仲を勘ぐられたからではなく、その戸惑うような、困ったような声の主に心当たりがあったのだ。

 透き通るような声。目を向ければ、そこには腰まである綺麗な黒髪に、スカートからすらりと伸びたこれまた綺麗な足。そして、見間違えようのない、絵画にして飾ってしまいたいとすら思う、その顔。

「おはよう、二人とも」

 彼女は気持ちの良い笑みを浮かべる。このクラスの男子の大半をその虜としたであろう笑顔で、篠本凉子は僕たちの目の前に立っていた。

 自然と僕の背筋は鉄の棒を挿し込まれたようにピンと伸びていた。 

「…………おはようございます」

「ふふ、なんでそんなかしこまってるの? 別に、クラスメイトなんだから」

「……あ、いや! なんというか、ぼうっとしてましてね? はは、は、……今日は早いんだね、篠本さん」

「ん、ちょっとね。用事があってさ。いや~でもよかったよ~。ホント、教室に着いて私一人だけだったらどうしようかと思ってさ~」

「はははははははははは(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい主に理性が!)」

 篠本さんの仕草は一つ一つが魅力的だった。もう、綺麗すぎる可愛すぎる。どうしよう。まずいぞ。昨日の西條の時より心臓がヤバいぞ? 当たり前だけど、ヤバいぞ?

 気さくだな? 今日の篠本さん気さくだな? というか、え? 何、僕に話しかけてるのか? 冗談ではなく? 夢、幻ではなく?

 僕の視界には篠本さんが広がっている。脳内にも広がっている。初会話である。なんと初会話だ。もう、喜ぶしかない。……ホントに幻、ではないよな?

 ふわり舞い上がった僕の心は教室中を遊覧飛行。なので、背後に忍び寄った西條に気付くことが出来るわけもなく。

「おわっ!」

「……錬次、続き、しよ?」

 するりと首元に腕を合わせる西條。誘うような言葉は大変魅力的である。だがしかし、篠本さんの前である。

「続きってなんだよ、紛らわしい言い方すんな……いや、違うんだ篠本さん。別にやましいことじゃない。そう、なんというか……「……性癖の話」そう! 性癖の話を、って違う! そんな話はしてない!」

「でも、SとかMって言うのは廊下から聞こえたけど?」

「そんなピンポイントに!? 僕の言い訳が残念すぎる!」

 証拠を並べられて、なお弁解しようとする罪人のようである。つまり見苦しい、と。

 見目麗しい裁判官が判決を下す。さて、有罪か無罪か。

「あははっ、結構面白い会話してるのね、二人って」

 寛容な心に感謝である。篠本万歳! ……あれ? いや、そういう会話をしていた事実は消えないのかな? 

「……二人は付き合ってるのかな?」

「まさか」

「……そのまさか」

「お前、少し黙れ。そして離れてくれ」

「……錬次、今日はいつになくいけず。私のツボをよく押さえていると思う」

「Mか! お前はMだったのか! かなり意外! ……いいから離れろ」

「……これ以上私を喜ばせてどうする気?」

 離れろと言えばこのノリ、そしてくっつけと言えばさらにべったりとくっつくだろう。背中に押し付けられた温かく、柔らかい感触は非常に良いものだけれど、悠長にそれを楽しんでいると僕は篠本さんに永遠に誤解されたままで終わってしまう。それはいけない。あくまで、僕の本命は篠本さん、なんだから。

「とにかく、別にそんなんじゃないよ」

「そんなむきになって否定しなくてもいいじゃない。ね、西條さん?」

「…………(こくり)」

「むきになってはいないけどさ……」

 君に誤解されたままでは困る、ということをなんとかして伝えなければ……!

「――僕は、篠本さんだけには誤解されたくなかったんだ」

「え? どうして?」

「い、いや、なんとなく。だって、篠本さん、その、可愛いし「体つきがエロいから」、うん、いい加減にしろよ?」

 西條の頭を鷲掴みにして、力を込める。しかし、西條はそれに気持ち良さそうに頬を緩める。……僕の握力は確か、四十キロ弱あったはずなんだけど、まさか、本当にMなのか?

 何度か力を強めたり弱めたりを繰り返していると、篠本さんが小さく笑う。

「いいなあ、そういう関係って。憧れるなあ。私って、友達いないからさ」

「何をおかしなことを。篠本さんの傍にはたくさん人がいるじゃないか。僕や、西條と違って、掃いて捨てるくらいには」

 西條の方へ目を向けると、彼女もこくりと頷く。友人が少なく、周囲に壁を作る者同士だからこそ芽生えた友情だ。そこには否定しないし、しようとも思わない。僕たちはそういう人間で、それが個性だからだ。

 そんな僕等に比べて、篠本さんの周りには人があふれている。見るだけで吐き気がしそうなほどの人数が、彼女の周りを囲んでいる。それだけいるのだから、友人の百や二百はいそうなものである。

「人が多いからこそ、かな。私の周りって、男子は私を恋愛対象に見てる人ばかりだし、女子はそれを妬みつつ、嫌われたくない、みたいなオーラを出して近づいてくる。皆、私を友達だとは思ってない。もちろん、私もね」

 ごめんなさい、僕もその一人です、と心の中でひっそり謝り、彼女の中にそんな悩みがあったことに驚く。

 けれど、篠本さんが話しかけてくれたという事は、僕にそのオーラみたいなのは感じられなかった、ということなんだろうか?

「……贅沢な悩み。ま、うらやましいとも思わないけど」

「それには一理あるな。あの人数に囲まれたら失神しかねない」

「友達が少ないって言うより、人が苦手なのね……」

 篠本さんはそう言って笑うと、突然僕の方に、いや、僕たちの方に手を伸ばしてくる。

「私も友達にしてくれない? たまに、こういう風に気楽に話せる相手として、さ」

「……勝手にするといい」

「喜んでっ」

 僕と西條のテンション差はどこぞの山脈と海溝の差に後れをとらない。西條はいつも通りで、僕が上がりまくっているのだ。ここまで、西條が後ろにくっついているせいかしどろもどろになっていないが(何故そう思うのかというと、こう、押し付けられるものと篠本さんとで意識が三対七くらいに分断されている、という状態が今もなお、継続中だからである)この状態がいつまで持つかは僕の精神力次第だ。

「じゃあ、よろしくね。昼休みにご飯とか一緒に食べる? 少人数で食べるのって夢なのよね~」

「い、一緒に? まあ、別に昼休みなんて(篠本さんを見守るくらいしか)することないし、いいよ? というかお願いします。上から目線でごめんなさい」

 あれ、今冷静に考えてみれば、僕はもの凄いことを成し遂げているんじゃないか? いや、間違いなくそうだろう。だって、篠本さんから話しかけてきてくれて、友達になってくれって言われて、さらに昼休みに昼食の誘いまで、って――――。

「(あ、あれ? ヤバい。ヤバい! 何がヤバいかは正確にはわかってないけど何かがヤヴァい! なんだろう、この、込み上げてくる感じ!)」

「……あの、なんでガッツポーズ?」

 篠本さんが怪訝な顔で指摘する。僕は無意識に握り締めた拳をそのままにこの気持ちを伝え――ようとするところで我に返る。馬鹿か僕は。本人に言ってどうする。

「いや、華やかになるな、と思ってさ」

「はは、大げさだね」

「…………華やかもなにも、いつもは一人なわむぐっ」

 余計なことを口走る西條の口を押さえ、ヘッドロックをきめる。まあ確かに昼食は一人だけども! 正人に合流するのはその後で、西條は昼休み前に食い終わってどこかに行っているけども!

「どうしたの?」

「いや、別になんでもないんだ。これは、そう、スキンシップだ」

「…………!(バンバン)」

「なんか、苦しそうだけど?」

「大丈夫。そんなに苦しくはないはずだから。たぶん」

「…………(パタッ)」

「一気に力抜けたけど……?」

「演技演技。のはずだから。きっと」

 この後、僕はぐったりとした西條を机の上に放り投げ、篠本さんと他愛もない話を楽しんだ。

 不思議と緊張することはなく、話題がどんどん浮かんで、会話が途切れることはない。それは、また新たに人が入って来るまで続いた。

 授業が始まり、教師の説明が耳を素通りする。僕の脳内は昼休みのことでいっぱいだった。篠本さんのお誘いだ。楽しみで仕方がない。灰色だった人生に、少しずつ色が広がって行くような、そんな感じがした。本当に、夢のようだ。夢じゃないよな?

「(いや~まさか、こんなあり得ないようなことが起こるとはなぁ。正人め、何が百歩どころか百一歩だ。着実に距離は縮まっているじゃないか)」

「…………」

 たまに西條が睨んでくるのが気になったが、まあ、これはいつものこと。理由としては授業中、終始にやけっぱなしになっていたかもしれないから、それかもしれない。

 色々な思いが巡る中、僕は待ち望んだ昼休みを迎えた。

 篠本さんは屋上で待っている、とこっそり耳打ちして、大勢の男を引き連れて姿を消した。さあ、篠本さんと二人っきりの昼食だ――!


――――まあ、そんなわけはなかった。


「あ、ようやく来たね」

「遅いぞ錬次。まったく、のろのろ歩いてきやがって」

「……(こくり)」

「……予想は出来たけども」

 篠本さんと、その両サイドに正人と西條が座り、弁当やらパンやらを並べている。二人きりになんて、なれるわけがなかった。そもそも、あの言葉は西條にも向けられた言葉だったんだよな……読み違えたか。

 そして、周囲の気配。恐らく、例の非公式ファンクラブの連中だろう。姿は見えないが、殺気のようなをひしひしと感じる。当たり前か。

 だが、何故正人がいる。

「なんでいるんだ、正人」

「お前の友達だからに決まってんだろ?」

「黙れホモ」

「こんな面白いイベント、見逃せるかよ……!」

「それが本音かクソ野郎……!」

 僕と正人が火花を散らしていると、篠本さんが呆れたように、しかし楽しそうに笑った。

「ほら、一緒に食べよう?」

「はい、そうさせていただきます」

 僕は正人にひじ打ちを一発入れた後、つま先をかかとで踏みつけ、顔面を裏拳で殴る。そして、何事もなかったかのように篠本さんの正面に座る。鼻を押さえている正人は気にしない。

「あの、今のは?」

「スキンシップです」

「いや、スキンシップはそんな万能な言葉じゃないと思うんだけど……」

「……そいつはホモだから死んでよし」

「いいの?」

「……(こくり)」

 会話を聞いていると一人だけ常識人が混ざっているのがわかる。それが篠本さんである。けれど、世の中、柔軟に生きなきゃ生きていけない。

「でも、同性愛を否定するのもどうかと思うなぁ……。私はそっちの気はないけど、でも、その人にしたらそれは真剣なわけでしょ? ホモだレズだ、って馬鹿にしたら、何だか失礼じゃない?」

「ははっ、篠本さん。大丈夫。ホモだから馬鹿にしているわけじゃないよ。正人だから馬鹿にしているんだ」

「……同じく」

「そうなんだ?」

「そう。友達はないがしろにしても大丈夫だから。いや、正人はされて当然だから」

「……クソ虫」

「…………そうなんだ?」

「「そうなんです」」

「いや、違うから。俺、なんでそんな不遇な扱い受けてんの?」

 クソむ、正人を無視して食事を始める。僕はいつもと同じく、簡単な弁当。西條はなんと重箱に入った豪勢な弁当で、篠本さんはというと……。

「おお、さすが篠本さん!」

 僕は思わずそう叫んでしまう。僕だけではない。西條でさえもごくりと喉を鳴らしていた。正人は……どうでもいい。

 色とりどりのおかずに、輝く白米。それらは西條のように重箱ではないものの、謎の高級感を感じさせる。何より、美味そうだった。

「あはは、これ、うちの家政婦さんが作ったヤツ。だから、自作ではないのよね。私、火事はからっきしでさ」

「へえ、意外だね。篠本さんって万能な感じがしたけど」

「そんなことないない! 勝手なイメージ。確かに、勉強とかスポーツは他人より少しだけ出来るけど、万能人間なんてファンタジーだけの存在よ」

周囲で紙に何かを書いているような音が聞こえる。メモを取るとは、まめな奴ら。

 そんな周囲の様子に優越感を覚えつつ、弁当をつつく。正直、今日は綾の件で疲れていたから弁当はやめようと思っていたけど、苦労した甲斐があった。家庭的な一面を見せることが出来たのは結構、ポイントではないだろうか。

「…………ふ~」

 突如右耳に襲来する西條の吐息。

「うわひゃっ……西條、何がしたいんだ?」

「……にやけてたから」

「べ、別にいいだろ。念願だったんだから」

「……もう少し綺麗ににやけて」

「にやけるに綺麗も汚いもないだろうよ」

「……ある」

 西條は僕の斜め後ろを指さす。所々ひび割れたコンクリートの地面。さびついた鉄柵。つまりは屋上の風景であり、それは特に何もないと言える。西條の言う、「にやける」を表わすものは何一つ存在しない。

「西條、何もないけ――」

「んっ」

 振り向きざまに重なる唇。これが篠本さんとかだったら動揺して屋上から飛び降りとかしたかもしれないが、やはり、相手は西條である。

「――――っ! キス魔かお前は!」

「……耐性付いた?」

「ああ、おかげ様でな! 不思議なことに昨日や朝のような妙なもやもやはない!」

 まったく、困った奴だ、と再び弁当に手を付ける。

 でも、しかし。やっぱりというかなんというか。僕は動揺していたのだろう。割と大変な事態になっていることに気が付かなかった。

「……やっぱり、二人って付き合ってるの?」

「へ?」

 まさか、篠本さんの目があることを忘れていたなんて。いや、イレギュラーな存在であるが故に忘れがち、だったのかもしれない。

「いやっ! そんなことはないよ。うん、そんなことはない。コイツは生粋のキス魔でさ。だから、キスされることは多いけど――」

「……私、錬次としかしたことないけど」

「…………やっぱり恋人? 久東くんは照れてるだけなのかな?」

「待ってくれ、違う……まあ、死ぬほど説得力はないだろうけど」

「うん」

 篠本さんは残酷なまでに綺麗な笑顔を向ける。完全に、誤解されている目だ。

 僕は最後の手段とばかりに正人を見る。すると、正人はにやりと笑い、中指を立てた。仕返しかこの野郎……!

「仲がいいのは良いことよ?」

「そうだぞ、錬次。幸せになれよ」

「……(ぽっ)」

「なんだか取り返しのつかない空気に! 本当に、違うって……」

「はいはい」

 結局、最後まで篠本さんは誤解したままだった、ように思う。いつか、いつか誤解は解かなければ。大丈夫、機会はあるはずだ。だって、友達になれたんだから。……そうだよな?


どうも、桜谷です。

次話より日常パート終了です。

感想等よろしくお願いします。

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