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蟲床フラストレーション  作者: 桜谷 卯月
第二章 睡ノ蟲
33/42

第三十話 末路

 僕はしばらく彼女の身体を抱きしめていた。

 まだ温かい。息はしている。しかし、次目覚めた時、彼女はどうなってしまっているのだろうか。睡郷は死を予感していた。このまま目覚めないのか、それとも。

 主ノ蟲を使うことも考えた。だが、あと一歩が踏み出せない。いざとなってこの力に頼ろうとすると、どうしようもなく手が震えた。

「久東さん」

 小屋の戸をノックする音。派手な音を立てて木の戸が少しだけ開くと、八重子さんの顔が見えた。

「終わったよ」

 とっさに答えたその言葉に違和感はなかった。僕は確かに終わったと感じていた。

 それが命に対してなのか、話なのか、それとも幻夢川睡郷という存在に向けてなのかは僕自身、知るところではないけれど。

「久東さん。選択肢があります」

 八重子さんは二本の指を立てた手を戸の隙間から見せる。

「見届けるか、見届ける前に済ませるかです」

「なんだそれ、実質一択じゃないか」

「そう投げやりにならないでください。一応重要な選択肢です。あなたがこれから先起こることで精神崩壊起こして廃人になる可能性もあったりするんですよ?」

 大袈裟な、という心の中にそれもいいかもな、と考える自分が見え隠れしていた。確かに投げやりにはなっているようだ。いっそのこと落ち葉の一枚にでもなって朽ち果てて行きたい気分だった。

 八重子さんの開けた戸の隙間からは涼しい風が入って来ている。風は部屋をめぐり、僕の中を吹き抜けているように思えた。

 残暑はどこへ行ったのやら。涼しすぎる風だった。

「……八重子さん。アンタは事情全部聞いてたんだよな? その、色々さ」

「そうですね。彼女には色々協力しました。催眠術等の手ほどきをしたのは私ですしね。彼女の名前にはそういう縁がありましたし、実によく馴染んだものです。薬に関しては彼女が自前で用意したりしていたようですね。西條とかいう人と関わりがあったと言ってましたしそっち方面ではないでしょうか」

「なあ、八重子さん。どうして教えてくれないんだ。もしかしたら」

「助けられた可能性もある、ですか。確かに、私が全力で手を貸せば人一人どころか世界一つ冗談抜きに救えたりしちゃうかもしれません。でも、それは無理な相談なんですよね」

「なんだよそれ」

「まあ、とりあえず。今はそれをどうするか決めてください。さっさと決着をつけないと……って、もう遅かったですかね」

 八重子さんは小屋の中を見もせずにそう呟いた。

 何のことかわからずに差し出された手を見つめていると、不意に腕の中で睡郷の身体が動く。寝返りでもしようとしているのか、身体をねじるようにして、

「ん……」

 と苦しそうに声を洩らした。

 もしかして、睡郷はただ眠っただけだったのではないか? 蟲の影響での睡魔がやって来て、突然眠ってしまったのではないだろうか。

 なんだ、心配して損をした。それならしばらく様子を見れば目を覚ますかもしれない。もしかすると随分周期が長くなっているから、そろそろ眠りから覚めない時期が来るのではないかと予想していたのではないだろうか。きっとそうだ。そうに違いない。

 胸がすっと軽くなった気がした。僕は左手で睡郷の頭をそっと撫でた。

「え?」

 一瞬、触れた部分が大きく蠢いた気がした。

 別に変形したわけではない。中で何かが動いたような振動があったのだ。

「ん、んん?」

 寝ぼけたような声を上げて睡郷が目を覚ました。

 身体を起こすと、酩酊した様子を思わせるように左右に揺れている。目はまぶたが重そうだ。口が何やらもごもごと動いているが、何かを喋ろうとしているのだろうか。

「久東さん、それを連れて外へ出てください」

 真剣味を帯びた八重子さんの声が僕を動かした。

 本当は気付いていた。先ほどから八重子さんが睡郷のことを『それ』と呼んでいることがどういう意味なのか。

 僕は意識のはっきりしない『それ』の脇を羽交い絞めにするようにして抱え、小屋の外へ引き摺り出した。

 すると、『それ』は差し込む木漏れ日に驚いたのか、奇妙な叫び声をあげた。

「なにこれ? なにこれ? あかるい? ひかりだ」

 子供のように無邪気な声が睡郷の口から洩れる。それは確かに別の何かにしか見えなかった。

 記憶喪失という考えもよぎったが、平凡な考えを僕は捨てることにした。

「あはは、ははは、あは、あああははは……だめだ、うまくわらえない。どうやるんだろう、けいけんはしてるはずなんだけど。あは、ああああははは」

 どうやら『それ』は笑うという行為を練習しているらしかった。胃液が食道を戻ろうとしているのを感じる。

「……これは」

 かろうじて八重子さんに尋ねると、彼女は静かな表情で小さくこう答えた。

「『それ』に訊いてみてはいかがですか」

 目を向けた先では目をつむったままはしゃいでいる何かがこちらを向いている。訊いて返ってくるものなのだろうか。

 精神が麻痺している。僕は特に恐れもなく率直に訊いた。

「お前はなんなんだ」

「ナンナンダ? ……なんなんだろうねぇ。それより、おまえあまいにおいがする。どうぞくか」

「こっちの質問に答えろ。お前は何者なんだ」

「ひとつになろう。みんなで、あつまって、ひとつになろう」

「おい」

 声には反応せず、睡郷の皮を被った何かがこちらに狙いを定めたとでもいうように目を輝かせ、にじり寄る。

 僕の身体は地面に縫いつけられたように強張って動かない。その間にも距離は徐々に埋められていく。

「ひとつに、ひとつに」

 何を言いたいのかはさっぱりわからない。しかし、その言葉が良くないことを指していることだけはなんとなくわかった。

 殺さなければ。左手に力が籠もった。

 相手が蟲床であるのならば、僕は全身が凶器のようなものだ。相手の粘膜に血液をぶちまけてやれば一瞬でカタが付くだろう。

 やってやる。殺すのは簡単だ。血を飛ばして飲ませるか、それとも目を血濡れの指で撫でてしまうか、噛ませてやってもいい。

 幻夢川睡郷の、『久東綾』の姿をした得体の知れない何かがひたすら許せない。初めて殺意という物を明確に抱いた気がした。

「久東さん、下がってください。やるんでしたら私が」

「いや……僕がやる」

 感情の抑えが利かなくなっていた。衝動的な殺人なんてものを僕はその実馬鹿にしていた類の人間だが、これは抗えない。まるで、自分以外の誰かが身体を乗っ取っているみたいだ。

 目の前に手を伸ばす睡郷の顔が見えた。しかし、それは一瞬で醜悪な虫の顔へと変わる。緑色のレンズのような目は大きく、大あごはヒクヒクと左右に開閉し、そこには粘液が糸を引いている。触角が忙しなく周囲を探索し、僕を探し当てる。

 迷いはなかった。僕は足元に落ちていた木の枝で手のひらを突き刺し、その口へとねじ込んだ。

「え」

 驚きの声が上がる。それは目の前の、人間の顔をした虫から発せられたものだった。

 気が付けば、その顔は元の、睡郷のものへと戻っていた。その口の端からは僕の手から溢れだす血が二筋こぼれていた。

「あああああああああああああああああああああああ!!」

「うぎぃいいいぃいぃいいぃいぃっああああ※きぁ■あ唖阿ああ蛾アあああ!」

 声は二つだった。

 一つは目の前の口から。もう一つは、どこだろうか。

 口が噛みしめられた。皮膚を食い破り、歯が肉を削る。激痛に視界が歪む。激情が痛みを忘れさせる。僕はどうかしているのかもしれない。

 そもそも、僕は最初からまともではなかったのだ。どうかしている方が相応しいんじゃないか?

 自嘲の笑みが洩れる。それと同時に、目の前で妙な破裂音が聞こえ、同時に手の甲の痛みが消えた。

 僕の顔に生温かい飛沫がかかり、何か柔らかいモノが頬に張り付いた。右手でソレに触れてみれば、長い髪の毛が手に絡まり、その先には白っぽい肉片がぶら下がっていた。

 僕は夢を見ているようだ。

 目の前には不気味なオブジェが佇んでいた。顔の下半分とだらしなく視神経でぶら下がる眼球、桃色の脳みそを大事そうに抱える、一匹の無数の足を生やした平たい虫。

 漠然と、頭で胎児を育てればこんな有り様になりそうだ、などと考えた。

「久東さん! 見てはいけません!」

 誰かが僕を引きはがし、目を覆った。スプラッターシーン、あるいは濡れ場で親がチャンネルを変えるようなものだろう。

 残念ながら、目に焼き付いてしまった。その言葉は口には出さなかった。

「八重子さん、大丈夫だよ」

「大丈夫? 何馬鹿なこと言ってんですか? 今のを見て大丈夫っていう人間の精神はまともじゃないですよ。戦争経験者か、異常性嗜好の変態か、死体を死ぬほど見てきた人間が言う台詞なんですよ? まともに平凡な人生を歩んだあなたが言っていい台詞では決してない!」

 平凡? 今更そんなことを言うのか。平凡な人間が蟲だの人殺しだのを考えるものか。僕は既に常識から逸脱している。だから、非常識である方が常識に決まっている。

 こんな陰惨な光景だって当然なはずだ。

 意味不明だった。怒りすら覚えた。

 目の前で必死に目を覆い隠す、この世で一番不可解な少女が僕を平凡だと言った。

「平凡……て言うな」

「……」

「平凡なんて言うな。平凡なんて言うな。平凡なんて言うな平凡なんて言うな平凡なんて言うな! こんなモノのどこが平凡だ!? 欲ノ蟲? 感染者? 催眠術をかけたり虫が身体を乗っ取ったり頭が破裂したりだと!? 出来の悪いB級ホラーだ! こんなモノのどこに平凡が存在するってんだ! 僕は受け入れたぞ? 日常から外れたっていいと思った。僕は過去に不思議な体験で助かってるからだ。僕は普通じゃない。普通じゃないなら、誰かを助けることも出来る。僕が助かったように! 誰かを救うことも出来るって思ったんだ! ……家族を救えなかった分を救えるって思ったんだ」

 八重子さんは何も言わずに僕の目を覆っていた。目を覆う温かさか、それとも滲む液体の熱なのかはわからないが、目はひたすらに熱かった。

「今更過ぎるんだよ……くそっ」

 我ながら子供っぽいことだ。出来事の理不尽さに文句を垂れても、審判がいるわけでもなし、その訴えを聞いて状況が何か変わるのかと言えば断じて否だ。

 自分の勘違いを指摘されて怒るのも、これまた大人げない。

 八重子さんの言う通り、僕は平凡なのだろう。

 自分は今まで保たれていた日常を捨て去ってこんな危険に身を投じているのだ。少しくらい異常な事が起こってもそれは仕方のないことだ。

 それを言い訳にしすぎたのかもしれない。

 人は簡単には変われない。よく言われる言葉だ。何故気が付かなかったのだろう。

「僕は何も出来ないのか」

「何もではありませんよ。出来ることは誰にだってあります。ただ、今回は久東さんの手に余っただけですよ。適材適所です」

「……主ノ蟲を使えば、なんとかなったのかな」

「さあ、それは私にはわかりません」

 左手を握りしめると、噛み跡に鋭い痛みが走った。これもしばらくすれば消えて行くのだろう。主ノ蟲が僕にもたらす回復力は恐らく数時間でこの傷を消してしまう。

 結局なんだったのか。睡郷の皮を被った虫。それとも、最初から僕は虫と話していたのだろうか。アレは、なんだったのか。

「八重子さん、教えてくれないか。今のはなんだったんだ。……落ち着いたから、もういいよ」

「そうですか。わかりました」

 八重子さんはそっと手を避けた。押し当てられた暗闇が去り、視界に白い点のような光が明滅する。

 息を大きく吸い込む。木々の香りなどよりも濃厚な、鉄の臭いが鼻腔を、口の中を満たし、粘性のある空気が肺を舐めまわしていく。

 僕は人を殺したのか。

 死体の方を向こうとするが、八重子さんの身体がそれを遮り、見ることは叶わなかった。八重子さんは少し厳しい目で僕の事を見ていた。

「今のは、睡ノ蟲でしょうね。つまり、久東さんが立ち会ったのは蟲床の最期ですよ。寄生から猶予期間を経て、その結果が今ここで開かされたのです」

「蟲床の最期……こんなものが、アイツらの最期だって言うのか」

 声に感情は籠もらなかった。八重子さんの言葉は全てすんなりと脳へ入り込み、事実が浸透して行った。認めなくないという思いはどこかへ消え去っていた。

「私が語れるのは多くはありません。後は自分で決めることです。久東さんは、どうしたですか」

 どうしたいのか。決まっている、彼女たちを助けたい。しかし、どうやれば助けることが出来るのだろう。

 蟲床をあと一人殺した場合、残った一人はどうなるのか。不老不死というのはもう、信じることは出来そうにない。実際にいる一人というのは気になるが、それも既に欲ノ蟲に身体を乗っ取られた人間なのかもしれない。

 蟲を摘出する? これは確かに有効な手なのかもしれない。実際、レンのお姉さんが成功例として存在していると聞く。レンは子供が産めなくなり、篠本さんは……どうなるのだろう。一生何も食べられなくなったりするのだろうか。

 あまり考えたい手ではない。だが、有効な方法としては保留だ。

 あとは、主ノ蟲の情報が正確であるとすれば願いを叶えることで彼女たちを救うことが出来るかもしれない。


『いいか、君が使うことの出来る願いは、最後の一回だけだ。いいか、最後に何を願うのかはお前次第だ久東錬次。どれだけ見失っても、お前は忘れてはならない。彼女たちの願いを、お前の責任を』


 昨夜、今夜の早朝だったかもしれないが、男の言っていた言葉が思い出される。

 最後の一回。僕が最後に何を願うのか。最後とは一体いつのことだ? 僕は、いつ何を願えばいいのだろう。

 蟲を取り除く? それとも意識を乗っ取られないようにするのか。……最低、この期間をやり直す、というものでもいいかもしれない。

 何度でも繰り返す。不思議としっくりくる言葉だった。しかし、同時にとんでもないことを考えた、というような焦りが胃をきつく締めた。

「今、何度でも繰り返すとか考えませんでした?」

「っ!?」

 心臓が跳ねた。八重子さんの顔が眼前に迫っていた。どうしてこの人は心が読めるのだろうか。そういう能力でも持っているのだろうか。

「何度も繰り返すということは逃げ道を作っているのと一緒です。そんなの、テレビゲームと変わりませんよ。そんなんでいいと思いますか?」

「……そうだな、その通りだ。そんなのはやっちゃいけない」

 繰り返して、また同じ結果になったら繰り返す。それは終わらない地獄と同じだ。

 僕は平凡なのだから、そんな考え方をしてはいけない。まあ、この力に限ってそういうことは言えないのかもしれないけれど。

「欲ノ蟲を……消し去ることなんて出来るかな」

「消し去る、ですか。世界レベルの改変だとすると、あなたの代償が計り知れないものになるでしょうね。あなたと出会うはずの人は出会わない。そもそもあなたが消滅した世界になるかもしれません」

「消滅……」

 睡郷の言葉が思い出される。彼女たちを見捨て、自分の身を安全な場所に置けばこの出来事は終わり、僕は何事もなく日常へと戻っていくことが出来る。

 レンなんて女の子はいない。初恋だった少女も、親友も。平穏な日々が戻る。欠けた穴ならいつだって埋め直せる。数々の犠牲の下にそれは成り立っている。

 僕は出来ることなら、そんな世界で暮らしたいとは思わない。

 我がままで幼稚なのだろうか、これも。

「……仕方ないのかもな」

「割り切れますか?」

「どうかな、わからない。でも――もう残されるのは嫌だよ」

「そうですか。……そうですね。一人取り残されるのは寂しいことです。一人じゃ誕生日も色あせる」

 八重子さんは遠くを見つめてそう呟いた。彼女にも僕のような過去があるのだろうか。

 無慈悲に平穏を奪われ、涙を流したことがあるのだろうか。

「なあ、八重子さん。そこ、退いてくれないか」

「けじめのつもりですか? こういったモノは耐性は出来ませんし、下手したら記憶に一生残ります。生活に支障が出る可能性もありますよ」

「いいんだ、それでも。この凄惨な最期を目に焼き付けておかなきゃ、僕はまた甘えてしまいそうだからさ」

 僕の言葉を聞いて、八重子さんは身体を少しだけ横にずらしてくれた。

 僕の目に飛び込んできたのは赤い着物を着た死体が地面に仰向けで寝そべり、未だ液体で地面を赤黒く染めている光景だった。

 脳を抱きしめた平たい虫がそのままの形でじっとしていた。既に絶命したのかもしれない。レンは欲ノ蟲を弱い生き物だと言っていた。大気に触れては生きていけないのだと。

 彼女は親しい女性だった。最期に僕に道を示してくれた。

 胃から内容物がせり上がる感覚。目は自然に悲しみを外へと押し出そうとする。

 おぞましい、悲惨な、何より悲しい風景が僕の目に焼き付いた。

 火の海に呑まれる両親。それにこの一枚を加え、二枚目となる忘れられない地獄絵だった。



 僕は八重子さんに介抱され、しばらくして家へと戻った。僕を家へ届けた八重子さんは死体の処理をすると言ってまた森の方へと飛んで行った。

 僕が家に入ると、すぐにレンが顔を見せ、駆けよって来る。

「おかえりなさい。大丈夫では、なさそうですね」

「ただいま。うん、大丈夫じゃない。正直きつかったよ」

 隠せそうにないので素直に白状する。僕自身、相当参っているのが自覚出来た。

 僕がぼう、としているのをしばらくレンは眺めていたが、僕の左手の辺りを見るなりぎょっとして飛び付いてきた。目を向けると……ああ、しまった。傷が気にならなくなったので気にしていなかったが、血はそのまま服を汚していた。

 森だからと長袖を着て行ったのが間違いだったか。

「レン、これは」

「……殺したんですか」

 静かな問い。その鋭い言葉の槍に、僕は泣きそうになってしまった。

 言葉を絞り出す。この問いには絶対に答えなくてはいけない。

「ああ、殺した。睡ノ蟲を、殺したよ」

「そうですか」

 それだけ言うと、レンは何も言わずに身を寄せ、背中へと手を回した。甘い香りが鼻腔をくすぐる。彼女の息遣いが肌で感じられた。

「泣きましたか」

 母親の言葉の様だった。レンの触れている部分から声が浸透して行き、見えない傷をそっと癒してくれているように感じた。

 一滴、また一滴と頬を伝う。

「もっと、もっと涙を流しましょう。辛い時は泣くのが一番です」

 抱きしめる腕に微かな力が籠もる。

「涙が枯れるまで、ずっとこうしています」

 僕はその場に立ちつくして泣いた。声を上げて悲しみを叫んだ。みっともなく、惨めに、彼女の体温を感じながら、ひたすら涙を流した。

 レンの力はどういうわけか、振りほどけないほどに強く感じた。


どうも、桜谷です。

案外書いてしまうと速いもので、三月の分を早めに投稿させていただきます。

もしかするともう一本いけるかもしれません。投稿期間の見直しが必要かもしれませんね。

では、感想等お待ちしております。

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