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蟲床フラストレーション  作者: 桜谷 卯月
第二章 食ノ蟲
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第二十三話 森に潜む屋敷

「――――い、おい、起きろ」

「んあ?」

「起きろ!」

 こめかみに鈍い衝撃が走り、完全に目が覚める。

 こめかみを擦りながら声の方を向くと、篠本さんが不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。握りしめた右拳を見る限りでは、僕を殴った凶器はそれで間違いなさそうである。

「オレが優しく起こすのも三回までだ」

「あ、ああ、ごめん」

「お前もよく寝られるよなぁ。ほとんど誘拐みたいな感じだぜ?」

「任意同行だ」

 強制連行みたいな感じだったけれど。

 車のデジタル時計は午後十一時半を過ぎている事を教えてくれた。最初に乗り込んだ時に時計を見ていないから正確に時間はわからないけれど、どうだろう。あちらにいた時点でなかなか暗かったように感じたから……八、九時くらいには鳴っていたんじゃないだろうか。だとすれば二時間半くらいをかけてここに来たことになるだろうか。あくまで予測だし、この情報が役に立つとも思えないけれど。

「おい、早く降りろよ」

 数字を見てぼんやりとしていた僕はその声で引き戻され、急いでリムジンを降りる。また殴られては構わない。

「さて、行くか」

「行くかって………………ここ」

「遠慮するな、オレの家なんだからな」

 そう言って篠本さんは赤黒く、木で出来た観音開きの門扉を開け、堂々と中に歩いて行く。…………でかい。僕は大層間抜けな顔をしていることだろう。横に来ていた正人が苦笑する。

「これは初見だとびっくりするよな……」

「篠本さんって……」

「ああ、普通じゃないよ。色々とな」

 正人は僕の背中を平手で叩き、篠本さんの後をゆっくりと、正人にしては珍しい気だるげな足取りで追って行く。

 …………正人にしては、か。僕が見てきた『佐藤正人』はどこまでが本物だったのだろう。いや、僕が見ていたのは『佐藤正人』であって、今目の前を歩いて行ったのは全くの別人ということになるのだろうか。

「…………」

 昼間の暑さは鳴りをひそめ、肌寒く感じるほどの冷気が足を這い上がってくる。緊張しているのかもしれない。

もしかしなくとも、僕は敵陣のど真ん中に飛び込んでいるのだろう。刃物で切られれば死ぬ。銃で撃たれれば死ぬ。鈍器で殴られれば死ぬ。毒を口にすれば死ぬ。僕はあまりに簡単に死に過ぎる。

篠本さんは今の時点では僕を殺す気はないだろう。今の時点では。

左の手の甲を押さえる。そこには何かがあるような感触はないし、見た目もそのまま、右手の甲と変わらない。

 本当に、蟲がここにいるのか? そう疑いたくなってしまう。レンの反応は全て演技だったとしたら? 食ノ蟲感染者は何か別の条件で元に戻すことが出来たのでは? 疑い出せばきりがない。僕が知らな過ぎるせいなのだろう。情報が少なすぎるせいで、正常な判断が出来ていない。

「…………まあ、着いてしまったしな。逃げるならもう手遅れもいいところか」

 足を動かす。重い。鉛のように、というのはよく使われる例えだけれど……。

 一歩踏み出すと、驚くほど足は軽くなった。

「おい、錬次」

「ああ、わかってるよ」

 物々しい門をくぐると素人目でも立派だと思える庭園が広がっていた。うねった形の木々が数本、足場となっている石の周囲には黒い砂利が敷き詰められており、庭石が点在している。池もあり、暗がりだからよくは見えないが、白い魚影が見えた気がした。鯉だろうか。

 ここまで周囲を確認できたのは、周囲にいくつか明かりのついた柱が立っていたからだ。明かりの正体は……どうやらろうそくのようだ。

 僕がきょろきょろしてなかなか進んでいないことに気が付いたのか、正人がこちらに歩み寄って来る。

「ここってすげえよな。俺も最初来た時はビックリしたもんだ」

「最初っていつだよ」

「ああ、五歳の頃かな。それまでホームレスたちと一緒に暮らしてたんだ。捨て子でな」「…………なんかすまん」

「気にしないって。別に辛い話でもないんだ。重そうに聞こえるかもしれないけどな」

 正人は軽薄な笑みを浮かべる。

「聞きたいか?」

「…………いや、いいよ」

「そっか」

 冗談に聞こえるけれど、冗談ではないのだろう。未だ信じられない思いではあるが、正人は蟲に関係しているのだ。関わるからにはそれなりの理由があるように思う。

 僕の一歩先を進む正人。その背中は今までずっと叩ける距離にあったはずなのに、どこか手の届かないところにあるように感じていた。


 

正人が家の中に入る。後を追って入り、後ろ手で玄関の戸を閉める。掃除は普段からされているらしく、引き戸は砂利を巻き込むような音をさせずに滑らかに閉まった。

「ようこそ、我が家へ」

 一足先に上がり込んでいた篠本さんが、どこか自嘲的な笑みを浮かべて腰に手を当てて僕を迎えた。

「遠慮せず、ズカズカと上がって行ってくれ。家には…………結構いるが、気にするな」

「お嬢、(しげる)さんたちに一応顔見せないと」

「知らん。お前が行っとけ」

「……了解」

 正人が大きくため息をついて、左右のあるうち、左の道へと歩いて行った。

 にしても、本当にどういう関係なんだろうか。お嬢、とは。

「……僕もお嬢って呼んだ方が?」

「ふざけんな。ホントはあいつに呼ばれんのだって虫唾が走る。長い付き合いで定着しちまってるから許してるけどよ……だから、お前までその呼び名で呼んだらぶっ殺すからな」

「了解」

「なんだったら下の名前で呼んでもいいんだぜ? ああ、そうだ。お前のことも下の名前で呼ぶことにしようか、錬次」

「今更呼び方変えるのは結構難しいね」

「試しに呼んでみろよ」

「……涼子」

「…………なんかむず痒いな。やめろ」

 叩かれた。理不尽。

 ここで頬を染める、なんてオプションが付いていれば可愛いなんて場違いな感想を持てたかもしれないが、全くの無表情で言われてしまっては困りもの、なんと反応すれば良いのやら。

「まあいい。錬次、付いて来い」

 お嬢は僕の呼び方を変えず、正人とは逆の方向へと向かう。……やはり心中でも慣れないな。脱いだ靴を揃え、僕もその後を――――――、

「…………どうも」

「………………」

 追おうと、したわけだけれど。

 僕が靴に手を伸ばした先には人の手があった。漫画ではないが、手が触れ合って見つめ合う展開という奴はどうやら存在するらしい。

 僕の目の前にはしゃがみ込んだ、割烹(かっぽう)()姿の女の子が無感情な目をこちらへ向けていた。

 触れ合う手と手。そこにある感情は、無。

「あ、すいません」

「…………変態?」

「違います」

「そう」

 声にはおよそ感情の起伏というものがない。ただ、少しは冗談を言う人のようだ。…………本気で思われていたとしたら全力で否定しなくては。

 年は、僕とそこまで違わないように見えた。髪は肩口で切りそろえられている。ショートカット。レンに似た髪型。色は艶やかな黒。右目の下の泣きぼくろが印象的だった。

「……不法侵入?」

「違います」

「そう」

 鈴を転がしたような声が耳にくすぐったい。癖なのか僕の答えを聞いた後、決まって首を傾げる。納得しているのかしていないのか。

「靴大きい」

「……まあ」

「私のおっぱいは小さい」

「いや」

「リョコちゃんはぼいん」

 何がしたいのだろうか。いまいち理解は出来ないが、どうやら彼女なりに会話をしようとしているらしいことはわかる。にしても反応のしづらさといったらもう。

 あと、リョコちゃんって……たぶん涼子、から来ているんだろうけれど。

「あの、僕は久東錬次って言います」

 とりあえず自己紹介。僕の名前を聞くと、割烹着姿の女の子は玄関の隅に立てかけてあった(ほうき)を手に取る。

「もっぷ?」

「いや、箒だと」

「わさわさしてるよね」

「そうですかね」

「……強そうだね」

「強くはないと」

「そう」

 そう言うと、女の子は箒の柄の先を右の手のひらに乗せて、バランスを取って直立させる遊びを始めた。僕も過去にやった記憶がある。しかし、どうして今やり始めたのかという理由はまったくわからない。

 とりあえずその様子を眺めていると、篠本さんが歩いて行った方から早い足音が聞こえる。しばらくすると、不機嫌そうな篠本さんが現れ、割烹着の女の子を視界に収めると、納得したように呆れた顔でため息を吐く。

「…………おい、クサビ。何してる」

「あ、リョコちゃん」

 クサビと呼ばれた女の子は手のひらに箒を立てたまま、篠本さんに左手をぶんぶん振っている。相変わらず表情は無…………いや、ちょっと嬉しそうだ。

「お前、なんでここに」

「靴直してた。そしたらこの雄に邪魔された」

「え?」

「ああ、いい。大丈夫だ。わかってる」

 篠本さんは僕に手のひらを向けて来る。

「クサビは怒っている」

「ああ、わかったわかった。暇だったんだな」

「うん」

 頷いたかと思うと、クサビさんは手に乗っていた箒を下ろし、ガッツポーズをする。

「超っ、えきさいてぃん!」

「わかったわかった、一緒に付いてきたいんだな」

「うん」

 なんというか、素直に感心してしまった。

「すごいな……」

「いや、コイツの扱い方としては、まず話の主導権をこっちで握るってのが…………まあいい。行くぞ」

 こちらに戻って来たのと同じくらいの速さで篠本さんは元来た道を引き返していく。クサビさんは自分の履いていた下駄を脱ぎ棄てて篠本さんの後を追って行った。

 仕方なく僕は彼女の脱いだ下駄を整頓する。履いていた割に、熱は残っていなかった。

 立ち上がると、足音が聞こえてくる。しかし、篠本さんが向かった側ではなく、正人が消えた方から。少しするとやはり正人がそこから現れた。正人は怪訝な顔をする。

「ん、なんだ錬次。待ってたのか?」

「まあ、ちょっと妙な人にあってね」

「……クサビさんか?」

「そう、その人」

「一応すごい人なんだけど、基本変人だからな……あの人」

「すごい人なのか?」

「ああ、たぶん戦車くらいなら瞬殺だと思うんだよな」

「そりゃあすごいな」

「ちなみに冗談ではないからな」

「…………マジで言ってるのか?」

「ま、信じようが信じまいが得にも損にもならないだろうし、お前の判断に任せるよ」

 行くぞ、と篠本さんの向かって行った方へ足を向ける正人。慌てて後を追う。

 …………常識さん、家出してるんだった帰って来てほしい。



 右の道。廊下をまっすぐ進み、左へ曲がる。左側にずらりと引き戸が並ぶ廊下をさらに進み、五つ目の引き戸を開けると、部屋の奥に平然とした顔で正座した篠本さんと、そこに背中から抱きつき、のしかかるクサビさんの姿があった。

「遅い。もっと急いで来い」

「悪かった」

「遅い。乳が重いから肩が凝った」

「わる……!?」

「クサビ、頭から熱い茶を飲む趣味はあるか?」

「……え? 頭に口」

「いや、わかったいい」

 どうやら冗談が通じないパターンがあるらしい。一癖も二癖もありそうな人だ。つまり、いつも関わっている連中と大差ないということ、だ。残念ながら慣れている。……少しレベルが違う気がするけれど。

「さて、何から話したもんかな」

「…………どうして話そうと思ったんだよ。なんで今なんだ? 正人には面倒だからって言ってたけど」

「あ? ああ……いや、なんとなくだ。オレたちも最近なかなか面白い状況になっててな」

 それは僕から見れば面白くない状況なのだろうという想像はついた。

「さて――――全部話してやる。その代わり色々協力してもらう」

「色々?」

「色々は色々だ。話すぞ。拒否権はない」

 じゃあ教えてくれない方が良かったな、と思うが口にはしない。

 篠本さんが姿勢を正し、静かに僕の目を見つめる。途端、周囲の空気が静まりかえったような錯覚を覚える。自然と僕の背筋も伸びる。クサビさんも空気を読んだのか、篠本さんの元を離れ、正人の隣にすとんと正座する。

真剣な面持ちで篠本さんは口を開く。

「まず、名乗らせてもらうが、これはオレの名前じゃない。オレは篠本涼子だ。それを覚えておいてほしい。今から名乗る名でオレの事を呼んだ瞬間、交渉の余地なんて与えない。お前は敵だ」

 篠本さんの名前なのに、名前じゃない。それはつまり、その名前を認めたくないということだろうか。レンも、篠本さんほどではないにしろ『魅上色夜』という名前を嫌がっているようだった。

 蟲床たちには、僕がまだ知らない何かがあるのかもしれない。

「……わかった」

 その言葉をしっかり胸に刻みつけ頷く。眉間に拳銃を突きつけられたようなものだ。

「よし――――オレは、牙持(きばもち)食鬼(しき)。食ノ蟲の蟲床だ。この抜けているような家政婦モドキがクサビ。そして、そこの全員正座してる中一人だけ胡坐なのが、マサト。本当は苗字がないが、即席で佐藤を名乗らせてる」

「ツッコミ所満載だな……。蟲床の名前っていうのは皆そんなもんなのか?」

 食ノ蟲。可能性は考えていただけに冷静な反応は出来たと思うが、自信はない。まさか正人まで絡んで来るとは思わなかったし、この場所の雰囲気もある。

 もしかすると、感染者を意図的に解放しているのかもしれない集団だ。その中に知り合いがいれば、人間動揺の一つもするもんである。

「まあな。家の決まりってヤツだよ……。牙持家に入ったものは、強制的に牙持の姓を持たせられ、名前もその家の家長が決める。その際、各々の欲ノ蟲の蟲床に相応しい名を付けなければならない、っていうな。戸籍は……わからんが、改竄くらいならやってのけそうな連中だ。まあ、こんな名前の人間がいたら問題になりそうなもんだが」

「ちょっと待った。じゃあ、篠本さんは元々ここの家の人間じゃないのか?」

「オレだけじゃねえよ。魅上も、幻夢川も。全ては実験のため。蟲床にするため。孤児やら関係のある家やら、色々あるが、まあ、狂ってるよな。これじゃあ生贄もいいところだ。この家が狂ってるし、関係があるから、実験のためだからと子供を差し出す親もどうかしてる」

 声音は穏やかだ。だが怒りからか、篠本さんは眉間にしわを寄せて喋り続ける。

「オレは篠本涼子。その名前はずっと覚えてる。思い出せないやつも結構いるけどな、オレは覚えてるよ。忘れるものか。オレを生贄に選びやがった親の名前。その血がこの身体に流れているのを、オレは忘れない。名前は簡単になんて変えられない。牙持なんて安っぽい名前なんてクソ食らえだ。この感情こそ、オレが篠本涼子である証」

「リョコちゃん」

 クサビさんが右手を上げて篠本さんの名を呼んだ。さしてそれに気を悪くした様子もなく、篠本さんはそちらを向く。

「……話、長い?」

「まあ、それなりにな」

「そう」

 素っ気なく返事を返すと、クサビさんは立ち上がり、引き戸を開けてどこかへ行ってしまったかと思うと、手に何やらお菓子の袋を抱えて戻ってくる。『アーモンドチョコお得パック』とでかでかと書かれている。

「…………おい」

「…………ふぁに?」

 篠本さんが凄むも意に介せず、袋から小さな包みを取り出し、ガサガサとビニールを破ると、中からチョコレートを取り出して口に放り投げ、無表情をほんの少しだけ緩ませていた。

 その様子を見てほだされたのか、篠本さんはもういい、と僕に向き直る。

「で、なんだったか。名前だったな。とりあえず、一つ喋った。魅上の言う『レン』っていうのは、もしかしたら元の名前かもしれない」

「それは……」

「待て、オレは何も知らない。あいつの過去なんて一ミリたりともな。だからお前の考えとか、そういうのはいい。質問はそういうの以外にしてくれ」

「……わかった」

「よろしい」

「……よろひぃ」

 最初空気を読んだと思ったのはもしかしたら気のせいだったのだろうか。チョコレートをリスのように頬に溜めてクサビさんは無表情にもごもご口を動かしている。マイペースである。

 僕たちの視線を感じると、クサビさんはチョコレートの袋をこちらに差し出し、「食べる?」などと訊いてくる。まあ、空気の締まらないこと締まらないこと。

「正人」

「ああ、わかった」

「……ふむ?」

 正人はクサビさんの脇に手を通し、はがい締めにしてずるずるとその身体を引きずって行く。

「……まーくん、セクハラ。おっぱい揉んでる」

「触ってないから……」

「横乳気持ちいい?」

「触ってないっての!」

 そんなやりとりをしながら正人とクサビさんは部屋から退出した。その様子には呆れ笑いが思わず洩れる。

 篠本さんが頭を掻きむしっていた。

「くそっ、いつもいつも……」

「いつもなのか?」

「割と…………ああ、毎日だ」

 賑やかで楽しいと言えば聞こえはいいけれど、あれは少々疲れるかもしれない。

「で、名前。お前、魅上に名前教えられた時、なんて言われた?」

「確か、親に付けられたけど気に入ってないって」

「嘘を吐いた……か。どうしてなんだろうな?」

「それは……わからない」

「まあ、それはオレにもわからないけどな。名前は好き嫌いで隠しもするし、相手側に情報を洩らさないようにするっていうのもある。ってか、どうして魅上はそのままの名前を晒そうと思ったのか……。まあ、魅上って苗字くらいならいるかもしれないけどな。牙持はもちろん、幻夢川なんてもはやファンタジーの域だぜ?」

「…………」

 やはり、僕が忘れている記憶に関係することなんだろうか。あのままの名前でなければ思い出せないということだろうか――――――あるいは、思い出してしまうということか。

 そこで以前、過去の話をしてくれないか、と話した時のことを思い出す。レンは確か、話しても思い出されないと思うと怖い、という風なことを言っていたはずだ。

「思い当たる節があるのか?」

「……いや、別に」

「ま、アイツのことなんざ知ったところでって感じだけどな……じゃあ、次の話だ。ゲームの終了条件ってのは知ってるか?」

 これが本題なのかもしれない。声のトーンが落ちる。

「ゲームって、蟲床の、だよな。確か『寄生されてから十八年の経過、および、他の欲ノ蟲の抹殺』とか聞いたな」

「おかしくないか?」

「何がだよ……いや、抹殺はやり過ぎだと思うけど」

「オレの話を聞いていたらわかりそうなもんだけどな……。寄生されてから十八年だ。つまり、今戦ったところで意味はない。だって、蟲を入れられるのは少なくとも、この家に来てからの話だ。ちなみに、オレがおかしいって言ってるのは魅上のことじゃなく、このルールがある上でのゲームの開始時期だ」

「そうか……。元から家にいるわけじゃないから、来年が十八年目とは限らないよな。いや、でもレンは初めから家にいたのかも」

「欲ノ蟲の期限を一番早い方に合わせるってか? まあ、ないとは言い切れないかもしれないが……。今までにそういう奴はいなかったしな」

「元から家にいた人か?」

「そうだ。…………この家、魅上、幻夢川の屋敷にはな、蟲床と守人(もりびと)しかいない。子供を産む母親なんて生き物は存在しないんだよ。父……というなら、クソ爺が一人数百年生きてるな」

「……守人って? あと何百年もってどういう」

「ああ、わかった。守人は後で見せる……というかよく知ってるけどな。あと、クソ爺の件は簡単だ」

 篠本さんは立ち上がり、気だるげに首を回すと一言。


「――――蟲床唯一の、不老不死って奴さ」


 ぞくり。

鳥肌が腕から這い上がり、全身を覆う。

篠本さんが立ち上がっても、僕はその場を動くことが出来なかった。

 その言葉は、明らかに異質だったから。

「……不老不死は存在するのか」

「当たり前……と言いたいところなんだがな。オレも信じられないよ。何せ見たことはないからな。たぶん、蟲を寄生させられた時に会っているはずなんだが。何分幼い頃だったからな。まあ、待ってろ。今資料持って来てやる」

「…………そんな曖昧なモノのために、篠本さんは戦うのか?」

 僕の質問を篠本さんは鼻で笑い、吐き捨てるように答える。

「じゃなきゃ、死ぬからな」

 唾液が妙に苦く感じられた。その次の瞬間、僕の視界が斜めに傾いた。


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