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あざなつる!  作者: 蜂須賀久乃
壱『魔法少女と思念』
9/11

呪い名遣い

 思念から名前が抜けかけた瞬間、字名の後ろにある窓ガラスが音を立てて割れた。

 

「……っ、なんだ?」


 突然の破壊音に声を上げた字名の目に入ったのは、思念の正面に座っている名弦だった。

 その目は、驚愕に見開かれている。

 見開かれている?

 この鉄仮面が、驚きを表に出しているだと?

 字名は、嫌な予感がした。

 そのとき、思念が字名を振り向く。


「……!」


 それは少女らしからぬ、いや、人間らしからぬ表情をした。

 余計な感情を全て消し去ったような顔。

 能面よりも能面らしい無表情を貼り付けた思念を見て、字名は直感した。

 これは、やばい。

 窓ガラスを割ったのも思念だ、と字名は気付く。


 追いついた思考を突き放すように、状況は目まぐるしく変わっていく。

 卓袱台が浮き、湯飲みが飛び交い、壁に亀裂が入る。

 唖然としている間に、彼女が割れた窓から外へと飛び出した。

 行動の意味が理解できなかったが、彼女を追わなければとんでもないことになる――そう思い、字名は後を追う。

 後ろから追いついてきた名弦に、大声で話しかけた。

 走りながらなので、自然、力が入る。


「おい害虫! ありゃあどういうことだ! あんな力使っちまったら、脳を酷使して死んじゃうじゃねえかよ!」

「頭の回転が遅いのですね! 火事場の馬鹿力というのは大嘘です、嘘をついたら地獄に落ちるんですよってことで死になさい」

「あー! 早く言えや! スロー再生は野球試合のリプレイだけで十分だっつーの! ホームランボールにぶち当たって死ね!」


 こんな状況でも暴言を投げつけあう二人は仲が悪すぎだった。

 名弦は、明瞭な声音で言った。


「呪い名遣いの存在を忘れましたか!」


 と。

 そのとき「……あ」と、字名は理解した。


 呪い名遣い。

 名前を宿された『者』は宿し主に忠実に従う。

 思念に呪い名を宿した呪い名遣いが、名前を抜かれそうになっているのを察知し、逃亡させている。

 一つの推測にたどり着いたとき、後ろの気配を正体が呪い名遣いだということが理解できた。

 その瞬間、すかさず字名は名弦に言う。


「……害虫、お前は思念ちゃんを追ってろ!」

「ああ、気付いておられたんですね! 鈍感ではなかったようで!」

「お褒めに預かり光栄とは言わねえぜ!」


 どうやら、名弦もその正体には気付いていたらしい。

 だったら話が早いと、字名は叫んだ。


「きっちり相手方に殺されてきてくださいよ、頑張って死んでください!」

「健闘を祈るの逆だ馬鹿! 一生懸命死ね!」


 相手の死と敗北を祈ったあと、字名は走るスピードをゆっくりと落とす。

 あっという間に名弦と思念の背中が見えなくなり、それを確認してから立ち止まる。



「……あら、気がついていたのかしら?」



 それが、ずっと後ろに張り付いてきていた人物の第一声だった。

 ハスキーな、高い女らしい声。

 

「ああ、ばっちり気がついてたぜ。俺は女の子の気配には敏感なんだ」


 軽口を叩きつつ、字名は振り返る。


 そこには、印象的なピンク色の髪の女が立っていた。

 地毛ではなさそうだし、恐らく染めているのだろう。

 迷彩柄のチューブトップに極端に丈の短いパンツという露出の多い格好。

 その上に、清楚な白衣を羽織っている。

 アンバランスさが不気味な、美しい女だった。

 字名よりもいくつか年上に見えた。


「すげえな、呪い名遣いさんってのは。色気ばしばしじゃねえかよ」

「それは褒め言葉と受け取ってよろしいのかしらね、名術師さん? ただ、一つだけ訂正させていただくけれど、名術師さん」


 女は、不敵な笑みを浮かべて名乗りを上げる。


罪崎柘榴つみざきざくろ――それが私の名前よ」


 そんな女――柘榴の態度に怯むことなく、字名も名乗る。

 軽佻浮薄な若者を気取って。


「なるほどね。柘榴さん、俺は命音字名だ。……ところで、勝ったらメルアド教えてくれねえ?」

「いいわよ、@から下だけを教えてあげましょう。勝ったらの話だけれどね」


 字名の冗談を慣れた風に受け流し、柘榴は首を傾しげつつ、白衣の裏から大振りのナイフを取り出して、構える。


「ところで、字名くん。あなたが負けたら、私に何をしてくれるのかしら?」

「ああ? 俺か? 俺は、セーラー●ーンのコスプレして言ってやるよ――」


 字名は凶悪な笑みを浮かべながら、柘榴の間合いに飛び込んだ。




「――月に代わってお仕置きよ、ってなあ!」




 


 


 

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