思念と死念
「……まあ、薄々気付いちゃいたけどな」
なんとなく予感がしていたらしく、字名は驚いた様子もなく言った。
しかし、抵抗するかのような口調で、彼は名継に訊く。
「でも、思い念じるって、いい名前だと思わねえか? あの魔法だか念力だかの能力も、名前から来てるんだろ? そんなの使えたら便利だし、だいいち他人に迷惑かけてねえじゃん」
『分かってないなー』
やれやれ、と名継が首を振るのが目に見えるようだった。
『他人に迷惑がかからなくとも、本人に負荷がかかるんだってー。大体、そんなに強い思い念じる力なんて、脳に眠ってる力を呼び覚まさないとできないことだよー。あれを頻繁に使えば、脳を酷使することになる。本人がどこまで自覚してるか分からないけれど、このままじゃ彼女――』
『――死ぬよ』
思い念じる異能力。
思念――死念。
死と隣り合わせた、魔法使い。
『それに字名くんー、嘘を一つ吐いたよねー?』
「あ? 何の話だよ」
『力が使えると便利、って奴』
字名は、心の中をかき回されたような感覚に陥った。
しかし、蘇る記憶を無理矢理におさえつけ、低く言った。
「……細かいんだよ」
『……。ごめんねー』
意外にあっさりと謝った名継に、字名は少し驚いた。
性悪ジジイだと思い込んでいただけに。
字名は適当に電話を切り、二人がいる客間へと歩き出した。
「字名殿は、まだ帰ってこないのかな」
「あれは駄犬だから気にせずに」
「……。ところで、名弦殿は正座が綺麗だな」
「ええまあ、慣れていますからね」
そう言う思念も長時間正座をしていても足を崩さず、近頃の女子高生にすれば礼儀作法がなっている方だろう。少なくとも、名弦の横であぐらをかきながらあくびをしていた字名よりは。
そう思ったが、名弦は控えめに頷いておいた。
「それに、まだお若いのに敬語もお上手だ。憧れる」
「いいえ、そんなことはありませんよ。貴方も女子高生にしては礼儀作法が身についているようですし」
「ご謙遜を」
と、思念は言った後、ぼそりと呟くように言った。
「……名弦殿は、難しいな」
「え?」
何が難しいのかどうして難しいのか、全てを省かれた言葉に名弦は聞き返した。
「いや、その……。名弦殿と話していると、壁一枚隔てて離しているような気がする。そこにいるのに、本当の姿が見えない。本音が聞こえない。なんだか、遠く感じるよ」
「…………」
名弦の心に、微かな波紋が広がった。
微動だにしなかった精神が、静かに揺らぐ感覚。
しかし、名弦はそれを抑制して言った。
「そんなことは、ありませんよ」
やっとそう答えたところで、襖の開く音が聞こえた。
字名が、「あー、終わった終わった」と、独り言を呟きながら客間に入ってきた。
「……おい、害虫」
「……何ですか、駄犬」
字名と名弦は、目を合わせた途端に悪意を交わす。
そして、字名が思念に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、名弦に囁いた。
できるだけ感情を消して。
「一番目の呪い名は『思念』だそうだ」
と。
名弦は、それを受け、表情を変えずに、
「今から話しますか?」
と尋ねた。
字名は「おう」と頷く。
二人は、思念に向かい合い、神妙な顔で切り出した。
「……実は、ですね」
命音家について、名術師について、呪い名について、全てを聞き終えた思念は、
「……そうか。では、お渡ししよう」
と、少し寂しそうに頷いた。
てっきり、名前を抜くという申し出は却下されると思っていたので、意外な反応だった。
「いいんですか?」
「ああ。代わりに素晴らしい名前をつけていただければ、それでよい。……名前を抜いてしまえば、前の名前のことは思い出せなくなるのだろう。全て消えるのだから、気にすることなどないよ」
「潔いな」
「未練がないといえば嘘になるが、私も死にたいわけではないからな」
思念の言葉に、字名は、
「……分かった。サンキュ」
と言い、立ち上がった。
座っている思念の後ろに回り、掌をかざす。
滞りなく済む、はずだった。
直後、事件は起きたのである。