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あざなつる!  作者: 蜂須賀久乃
壱『魔法少女と思念』
5/11

魔女の乗らないホウキ



「……華がないよな」


 寿島を出発して、三時間。

 命音字名が、手すりに顎をのせて、ため息を吐いた。

 使用人、黒柱棺の運転する船で、二人は本土を目指していた。

 命音名弦は、それに頷きながら反応する。船の壁に、もたれかかるような姿勢で直立しながら。

 字名は黒ジャージに戻り、名弦はさっきと変わらない和装である。


「そりゃあ、男二人旅ですからねえ。あ、あなたが女装すれば解決しますよ」

「ここでお前を殺して、赤い華を咲かせるっていう手もあるぜ」


 平気な顔をして、冗談ではない会話を交わす二人。

 表面上は平和的だが、腹の中では相手をなぶり殺しにする方法を吟味(ぎんみ)しているのである。

 いくら時が過ぎようと、対立関係だけは維持されている。


「あー、ところでよお。呪い名の持ち主……って呼び方でいいのか? その、不運な名前を宿されちまったっていう奴らの居場所とか、どんな奴かとかわかるか? 俺、何も聞いてないんだけど」

「いえ、何も聞いておりませんよ。っていうか、気付くの遅いですね。頭の回転速度、ガラポン並みですよ」

「うるせえ。つうか、俺の頭は回転してもハワイ旅行もティッシュも当たらねえよ」


 ガラポンとは、商店街の一角などでやっているくじ引きの抽選機のことである。回したら、赤やら白やらの玉が出て、景品がもらえるアレだ。

 寿島でずっと仕事をしてきた名弦にしては、世俗的なボケだった。


「まあ、僕らにとっての玉って、弾丸の方なんですけど」

「バイオレンスだよな」


 楽しくくじ引きをやっていたら、弾丸が出てきた! などということになったらとんでもない。

 とんだデスゲームである。早朝、寡黙(かもく)に新聞を読んでいるお父さんもびっくりの事件だ。


「でも、それがわからないんじゃ話にならねーわな」

「その通りです。そして金になりません」

「そんな金の亡者が人を救えるのかよ……」


 名弦は、すでに金しか頭にないらしい。

 字名の突っ込みには、呆れ要素が多分に含まれていた。


「人を救うと言っても、自己満足ですよね」

「元も子もないこと言うな。あー、でも、救うことによって、相手が救われることにはならねーしな」

「ええ。受け取り方の問題というか、そこに根本的な問題があるんですけれど」


 などと、救うという言葉の馬鹿馬鹿しさを議論する二人。

 救ったから、相手が救われるとは限らない。

 助けたから、相手が助かるとは限らない。

 この二人は、『助ける』とか『救う』とか――その言葉の虚しさを知っている。




それから小一時間ほどして、船は本土に着いた。

 字名と名弦は、黒柱から送りだされていた。


「名弦様、字名様。厳しい旅路になるでしょうが、最後までがんばってください」

「無論です」

「おうよ」


 自身に溢れた二人の返答に、満足そうに黒柱は頷く。

 二人とも、いつ相手を殺そうか隙を(うかが)っていることなど知らずに。

 黒柱は、船の中からホウキを持ってきた。


「ん? 何だそれ?」

「名継様が名前を宿された物――いえ、者です」

「名継様が、ですか?」

「はい」


 二人は、黒柱の持っているホウキを凝視した。

 名継が名前を宿したとなれば、何か旅に役立つものなのか。

 しかし、このホウキは古びていて、だいぶ毛も抜けたらしく少ない。

 ホウキとしての役割は、果たせそうになかった。


「これは、何の役に?」

「呪い名を宿された者たちの下へ、導いてくれます」

「どうやってだよ」

「このホウキの名は『(ひら)(てる)』 といいます。名前を呼び、呪い名の下に導いてくれるように命じれば、自然に誘導してくれるのです。あなた方二人に従うように、名継様が命じておられるので不発の心配はないでしょう」


 開照。

 道を開き、照らす。

 そんな意味合いをこめてつけられたのだろう。


「試してみてください」

「あ、ここでですか?」

「ええ。人気もありませんし、見られることはありません」

「そうだな」


 字名と名弦が、一緒にホウキを握った。

 手が触れないように、字名は穂先から一番はなれたところ、名弦は穂先に一番近いところを持つ。


「えっと、じゃあ……。開照さん」

「呪い名を持ってるっつー奴のところまで、お願いしまーす」


 二人は、開照をじっと見つめる。

 期待と不安が混ざった、矛盾した瞳で。


「「…………」」


 動きはない。

 じっと、停止したままだ。

 二人は、呆れた顔で文句を言う。


「あ? 何だよ、何も起こらないじゃねーか」

「やっぱり不発ですか? あー、どうしましょ――」



 バビュン



 二人の馬鹿にするような言葉に、開照は劇的に反応した。

 強烈な力で引っ張られるのを感じる。

 顔に、息ができないくらいの勢いで風が吹きつけてくる。

 違う、風が強いんじゃない。

 開照のスピードが、尋常ではないくらい速いのだ。

 その飛翔の音は、二人の悲鳴。


「ちょ、たんま、たん……っ」

「お待ち、くださっ」


 音を上げる二人などまるで意に介さず、開照は飛んでいく。

 え、何?

 もしかして、導くってこういう意味?

 かわいい見習い魔女も黒猫も不在なのに、世界観だけを真似ている。

 乗っている(しがみついている)のは、二十過ぎの男二人だというのに。

 何とか開照にしがみついた状態で、二人は下を見た。


「気をつけて行ってらっしゃいませ」


 黒柱が、にこやかに一礼をしているのが、視界の端に映った。

 場違いすぎたのと、開照のスピードが速すぎたことで、二人が「行ってきます」を返すことはできなかった。

 こうして、ぐだぐだな二人の旅が幕を開けたのである。 


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