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あざなつる!  作者: 蜂須賀久乃
壱『魔法少女と思念』
4/11

旅の開始

「いやいやいやいやいやいや」


 字名は、恐らくこれまでの人生と、これからの人生でなかなか口にしないであろう数の「いや」を連発した。

 それほどに否定したいことだったのだ。

 名継の提案は。


「ストップ。ストップ。ストップ。性質の悪い冗談はやめようぜ? ほら、今なら『めんごめんごー。きゅぴぴー、実は冗談だーりん!』で許されるからさ。済ませるからさ。ごめんで済ませておまわりさんを楽させてあげようぜ? 警察が毎日定休日みたいな、平和な世の中をつくろうぜ?」

「字名くんー、ちょっと寒いよー。それに冗談じゃないよ」

「ぐはっ!」


 この男に突っ込まれるからこそ、精神的なダメージは大きかった。


「お待ちください、名継様」


 次に口を開いたのは名弦だった。 

 脳みそから味噌汁をひねり出し、使い切ってしまったであろう字名とは違い、理論的な発言が期待される。


「僕らの仲がいかに悪いか、名継様も知らないわけではありませんでしょう。僕らは、薬品で言えば混ぜるな危険ですよ。注意書きはちゃんと読みましょうよ。二十四時間戦争中のコンビニコンビですよ。深夜も早朝もご利用になれるんですよ? 戦争コンビに仕事をさせて世界の終わりを見ようって、誰が参加するキャンペーンですか」

「頭よさそうなこと言ってるけどー、字名くんと大して変わらないよねー」

「ぐはっ!」


 早口で誤魔化したが、混乱は隠し切れなかった。

 名継は、苦笑いをしながら言った。


「だから、冗談じゃないよー。僕だって、別に嘘ばっかり言うわけじゃないからー」


 それ自体が嘘だろ、と二人は心中で突っ込んだ。

 SFをスペシャルフラミンゴと教える嘘つきである。

 エイプリルフールでさえ許してくれないだろう。


「……真面目な話になるけどねー。名弦くんは飛び抜けてるし、字名くんはぶち抜けてる。名前を宿す能力は一族の誰もが持ってるけど、名弦くん――君はその力が突出して優れている。想うだけで名前を実体化させることができるし、物だけでなく人に名前を宿すことができるのは、僕と君だけ。まさに極端だ。そして字名くん――名前を抜く能力は、魂を殺す能力は、誰もが持ってるわけじゃないよ。今のところ、僕と君の二人だけだ。ましてや、生まれつきとなればかなり稀少だよ。まさに異端だ。そんな二人が組めば、最強のコンビになると思う」


 棒読み口調でないしゃべり方をする名継を、二人は初めて見たかもしれない。

 しかも、雰囲気が真剣とくればさらに新鮮だった。


「……し、しかし!」


 なおも、名弦が食い下がる。

 何事にもドライな彼が執着するのは、字名とのことだけだ。


「そんなに力の強い名術師が必要なほど、危険な仕事なのですか? 別に、僕らの代わりくらいいくらでもいるのでは――」

「自分の力を少し自覚した方がいいよ。名弦くん。君も字名くんも、他じゃ代用がきかないくらいの力を持っているといっただろう?」

「…………」

「呪い名遣い」


 黙った名弦に構わず、名継は続けた。

 はっきりと、やけに明瞭な口調で。


「……っていえばわかる?」

「いや――知らん」


 それに反応したのは字名だった。

 名術師としての仕事を、極力避けてきた彼だ。

 理解できなくても当然な単語だった。

 それに対し、優位者の笑みを浮かべたのは名弦である。

 気持ちがいいくらいの上から目線で、字名を嘲笑した。


「ああ、あなたは知りませんでしたか? そうですよね、本家からの仕事を極力避け続けてきたあなたが、こんな言葉を知っているはずがありませんよね。この寿島では、猿でも知ってる単語ですがね」

「てめえ、何が言いたい」

「あなたの知能が猿並みだってことですかね?」

「よし殺す」

「こらこらー、やめなさい二人―」


 面倒くさそうに制す名継。

 すでにお約束のやりとりになっていた。

 屈辱に拳を振るわせながら、字名は、不機嫌そうに引っ込む。


「じゃあ、名弦くん。説明してくれるー?」

「承知しました」


 某家政婦のようだったが、違うのは余裕の笑みを貼り付けているところだ。

 名弦は、流暢に説明を始める。


「呪い名とは……人の運命を悪い方向へ、不吉な方向へと向わせる、呪われた名前のことです。そして、生まれたばかりの赤ん坊にその呪い名を宿す名術師たちが呪い名遣い。僕ら命音家の怨敵ですね」

「なるほどね……。悪者か」

「あなたの低レベルな脳みそだと、そういう解釈になります」

「猿で悪かったなあおい!」


 しっかりさっきのことを引きずっていた。

 意外に根に持つ男である。


「そう。その通りだよー」


 名継は、大仰に顎を引く。

 すでに、字名の短気を相手にする気もないらしかった。


「そこで、だよ。君たちにはねー、その呪い名の回収を頼みたいんだ」

「回収? その、呪い名をつけられた子どもからってことか?」

「うん」

「あ? それだったら、別に俺だけでよくねえ? だってよ、名前を回収するんだったら、俺だけで十分だろ」

「話は最後まで聞くものだよー」

 不思議そうな字名に、名継は構わず続ける。

「名前を抜かれたら、魂まで抜けちゃうでしょー?」

「……あー、そっか」

「別に命がなくなるわけじゃないけれど、魂がなかったら廃人になっちゃうよー。そうなると、本人も周りの人も辛い目にあうでしょー? それはさすがに、避けたいからさー」


 名継にしては、至極まっとうなことを言う。

 名弦が、そこで反応した。


「そこで、僕ですか?」

「うんうん、正解。名弦くんには、呪い名に代わるような、新しい名前を考えて宿してほしいんだー」

「勝手に考えていいものでしょうか?」

「いーよー。命音の家系って、力が弱い人は姓名判断とかで食べていってるんだからさー。それも仕事のうちだし。名前に関する職業は、僕らの領分だもんねー」


 名継は、OKサインを作って言った。

 その辺りの仕草は、年齢を表していた。

 死語という表現をなぞるなら、仕草というか死草だ。

 そこで、急に沈黙が訪れる。

 名弦も字名も、もう反論する材料がなくなってしまったことに気がついた。

 仕事をしなくていい理由も、理屈さえも見つからない。

 彼らは屁理屈にさえ頼ることができない状況に(おちい)ってしまったのだ。

 名弦と字名は、ぎこちない動作で目を合わせた。

 次に、互いにぎこちない笑みを浮かべる。

 そして、頷きあった。


「名継様」「ジジイ」


 二人が、同じタイミングで名継を呼ぶ。

 名継が首を傾げた。


「僕たち」「俺ら」  「「急用ができたので失礼します!」」


 そして走り出す。

 風より速く、光を超えろ!

 音より遠くまで飛べ、誰も知らない場所へ! 

 二人の最後の手段は、無様にも逃げるというみっともない行為だった。

 もう手段ですらない。

 もう策略ですらない。

 ただの情けない逃亡が、そこにあった。


 








「逃がすわけないでしょー!」


 ちーん、という撃沈の効果音が聞こえてきそうな状況だった。

 あれから一分も経たないうちに、二人は名継が作り出した文字の塊にぼっこぼこにされていた。

 袋叩きというか、名前叩きである。


「もう、君らはどうしてそんなに仲が悪いかなー」

「……仕方ねえだろ。なんかむかつくだけだ」

「右に同じです」

「もう、名弦くんも字名くんもー。角砂糖あげるから行って来なさいー」

「てめえ、俺らのことなんだと思ってるんだ」

「えー? 駄犬ー?」

「当たり前に聞き返す単語じゃないです!」


 自分たちが犬どころか駄犬に見られていたことに、二人は恐怖を感じた。


「……そんなに単純じゃねえぞ。俺らだってそこまで馬鹿じゃねえよ」

「別に僕らじゃなくても、角砂糖につられる人間っているんですか……?」


 字名の反論と、名弦の疑問は、純粋すぎていた。

 もし、名継の記憶の中にそういう人物がいるのだったらどうしようと、本気で慌ててしまう。


「……まあ、そうだよねー」

「あ?」「え?」


 意外にも、あっさり引き下がる名継に二人はすっとんきょうな声を上げた。


「まあ、名弦くんはちゃんと仕事してくれてると思ったけど、仲が悪い人と仕事するだけで駄々こねるなんて、とてもじゃないけど信用できないなー。仕方ないよねー。そりゃあ、仲が悪い人と四六時中一緒にいるなんか考えられないよねー。あー、自己中だよねー。所詮、それくらいの器なんだよねー。名弦くん」

「がっ……!」


 名弦の精神が、縦には収まらないくらい揺さぶられた。

 名継のねちっこい罵詈雑言の数々は、粗いやすりとなって彼の心を削り取る。

 そして、静かで上から目線な(上だけど)悪口は続く。


「字名くんもだよねー。昔から全然仕事しなかったしー、今更こんな難しい仕事突きつけられて、尻込みしちゃうのはわかるよー。……大口叩くわりには、君って結構、なんていうの? そう。臆病だよねー。しょぼいしー」

「……っ!」


 楽観主義で、怖いもの無しを名乗っていた字名。

 それが、臆病でしょぼいと称されてしまったことに、字名は、ショックを受けていた。

 名継は、二人に背を向けて言った。


「もういいよー。別に、僕一人でもできる仕事だしー、」

「……おい」「名継様」


 字名と名弦が、静かに名継を制する。

 名継の言葉を、さえぎって。


「誰が、自己中の器小さい人間ですって?」

「誰が、臆病でしょぼい人間だってえ?」


 低い声で、二人は言う。

 そして――叫んだ。



「「こいつの悪口を言っていいのは――「俺」「僕」 だけだ!」




 数秒、沈黙が流れる。

 そして、名継がにこりと笑った。


「……そう来なくっちゃねー」


 その笑いは、いつしかにやりとした表情に変貌する。

 とてつもなく凶悪で、悪逆な表情に。


「んじゃー、がんばってきてねー。呪い名の回収ー」


 名継は、二人の肩をぽん、と叩いて部屋を出て行った。

 そのあと、二人は後悔の叫びを上げた。

 勢いで引き受けると認めたようなことを言ってしまった。


「……やっちまったよ! 言っちまったよ!」

「もう、ここまできて断れませんよね……」


 しかし、もう覚悟は決まっているらしい。

 嘆きをやめ、二人は顔を起こす。


「……はー。乗りかかった船だ。せっかくだから、最後までやったるぜ」

「乗ったのは興じゃなく凶なんですけどね。最後じゃなく最期でしょうし」


 そこで互いに向き合い――二人が同時に笑った。


 字名はにやりと。

「さて、二人きりってことは……これから、思う存分殺し合えるんだよなあ?」


 名弦はにこりと。

「その通りですね。どうやって殺すかは、選ばせてあげましょう。……一番嫌な方法をね」


 さながら、鏡映しのように。

 そして、お互いに指鉄砲をつくり、相手の左胸に向けた。



「「必ず殺してやるよ、ばーか」」



 『そんな二人が組めば、最強のコンビになると思う』。

 命音名継の予言は、百発百中である。

 しかし、ここで、この予言は外れてしまった。

 なぜなら。

 名前宿し、命音名弦。

 名前殺し、命音字名。



 この二人が組めば最強ではなく、最凶であったからだ。


 

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