第二話 彼女の秘密 4
「いいの?」
目を丸くして聞いてくる少女。その顔は全く予想していなかったのだろう。彼の答えに。
「知られたら困るんだろう?」
「うん。バレたらここには居られない」
「そうか」
そもそも正体を隠すと言うことはそういうことである。何かしら不都合があるから隠すのだ。
だけど、隠さなきゃいけないものがあるとしても縁にとって水無月は他の普通の者と変わらなかった。
……ケモノ耳と尻尾があるだけ。別にこれといって突飛したことはない。他の人と大した差はない。気にする必要なんてないんだがな。
縁は水無月の両肩に手を置いて優しく笑みを浮かべてやる。そこで、普通の人間が言うには恥ずかしくて言えない様なことをさらっと言う。
「このことは二人だけの秘密だ」
「……二人だけの秘密」
縁の言葉を聞いた水無月は何か思うことがあるらしく、少し顔を赤くする。その顔から察するに恥ずかしいと言うイメージより少し違うようだ。
「うん。二人だけの秘密ね」
そして彼女は花が咲いたような笑顔を縁に見せた。その顔を見た縁は一瞬だが見とれてしまった。普段一切見せてくれなかった水無月の心から嬉しそうな笑顔に。
とりあえず、問題は解決した。それに対して縁は水無月に悟られぬように胸の中でホッとした。
――いやぁ、やばい上にまずかった。冗談でも服を脱げと言うのはこれから絶対言わないことにしよう。
相手によっては予想を超えた答えを返す場合もあると言うことを知ったしな。
そう一人で納得する縁。ついでに言っておくと、自身が女性に対する性的興奮を抱くことを知ったのも彼にとってプラスであったり。
今回はこれにて一件落着。そんな空気が二人の間に流れる。
「とりあえず服を戻せ。誰かに見られでもしたら――――」
「うぃ~っす。仕事終わったか?」
俺が君を襲っているような変な誤解が生まれる、と縁が言おうした瞬間人が入ってきてしまった。
縁と水無月はビクッとしながら瞬時に教室の入り口を見る。そこには担任の葛木がにこやかな顔で立っていた。
慌てて縁は自分の周りを確認する。水無月の服はまだ一部がはだけたまま。自分の手は彼女の肩。世間一般的に見ると、どう考えても襲い掛かっている光景だ。
「「………………」」
しかも、極めつけなのは水無月の耳と尻尾が出たまま。
そんな姿を葛木にしっかりと見られてしまった。そして彼は口を開く。
「お前ら――」
まずい。非常にまずい状況である。
他人にバレたら水無月はここに居られなくなってしまう。
「何を――」
服がはだけている件は俺が襲い掛かってきたと言う設定にすれば何とかなる。だが、耳と尻尾はどうにもならない。
そうだ、アクセサリーと言うことに。
葛木が話しかけている最中に縁は必死で考える。
「やって――」
そう思って縁は水無月の耳と尻尾を見る。だが、しっかりゆらゆら動いてしまっている。
これはどう考えてももみ消しようがない状況。
本当にまずい状況。
「るんだ?」
冗談抜きでこれはヤバイ。だが、何とかしなくては。何とかしないと水無月は……。
そこで縁は閃いてしまう。全てをうやむやにする必殺技を。
「畜生!」
怒声と共に彼は跳ぶ。
机の上に足をかけ、一気に葛木目掛けて加速する。そこで制服の両袖に仕込んである特殊警棒を二本取り出し、両手に握った。
それを左右に大きく振り、縮められている打撃部位を伸ばす。
「先生――御免!」
「は?」
両の手を振りかぶる縁。教師相手の蛮行。常識的に考えて許されない行為。だが縁の頭には一つの思惑があった。
水無月の耳と尻尾から意識を外させる。例えば頭に強い衝撃を受けると人間は記憶が飛んでしまうことがある。今葛木の頭に衝撃を与えればもしかしたら記憶が飛ぶかもしれない。
仮に出来なかった場合、少なくとも俺のことで頭がいっぱいになるはず。俺を怒りの対象として見ることによって水無月への認識がうやむやになるはずだ。
そう縁は一瞬の間で考えた。それを行った結果、どのような結末が自分に降りかかるかは彼は重々理解していた。
一瞬の間で自分を犠牲にする方法を彼は悩むことなく選んだ。それが彼にとってどういう意図で行われたかはわからない。だが、彼は常人が選び得ない選択種を選んだ。
ピンと耳と尻尾を立てる水無月の視線を気に留めつつも、縁は葛木の脳天目掛けて凶撃を放った。
「動きが甘ぇ!」
「ッ!?」
その言葉と共に葛木は二撃を避けた。更には回避のモーションによって生まれた反動を利用した蹴りを放ち、縁を教室の端から端まで吹っ飛ばす。
強い衝撃を背中に感じながらも縁はゆらりと体を起こした。最中、縁は頭の中でこう呟く。何が起こったんだ? と。
縁の放った二撃は見事と言えるほどの直撃コースだった。だが、葛木はそれを見切って避けた。
縁の警棒の速度は決して遅くはなかった。ただ、葛木を常人と仮定して攻撃していたためにやや速度を落としてはいたが。
それでも武術を極めかけている縁の攻撃を避けるのは無理がある。せいぜいギリギリの距離を回避するか防ぐかの二択。ところが葛木はその二択を無視して十分な距離で回避し、更には反撃を加えている。縁じゃなくとも腕に自信があるものは疑問を抱く状況だ。
放った蹴りも常人の蹴りではない。相手を行動不能にすべく内臓を狙って葛木は蹴りを当てにきている。縁だったから打撃点の中心をずらして威力を殺せたが、常人なら気絶するほどのものを葛木は放っていた。それはもう、武術を習っている人物並みに。
ジクジクと痛む背に僅かに眉をゆがめながらも縁は立ち上がり構える。それと同時に縁は疑問を抱く。こいつは本当に教師か? と。
「あ~、教師に警棒向けるとはどういう了見だ?」
葛木が縁のところまで歩いてくる。普段のだらけた態度とはまったく違い、今の歩き方は隙がない。
縁はさっきの回避と攻撃を体験した上で、慎重になる。このまま追撃しても避けられ反撃されるのがオチだと判断する。
「どう言う了見でやったか聞いてんだよ」
縁は葛木に悟られないように全身に力を込め、すぐさまそこから飛びのこうとする。
「逃がすか!」
が、縁の移動よりも早く葛木の手が伸びてきて、彼は胸倉を掴まれ空中に持ち上げられてしまう。
「遊馬。俺はな、不意打ちするのは好きだがされるのは大嫌いなんだ」
「そ、それは失礼しました」
縁は首周りが絞まる中、葛木に謝る。そんな中縁は内心にある気持ちを浮上させる。それは驚き。
縁は今まで二人の人物にしか捕まったことがない。そのため彼にとって葛木に捕まると言うのは全く想定していないことだった。何せ、縁を捕まえたことのある人物は叔父である豊久と父親の二人だけ。共に一般人ではなく武術を嗜んでいる者達だ。
どう考えてもこのボサボサのだらけきった体育会系ではない教師が俺を捕まえるなんてありえない。そう彼は思っていた。
しかし実際は攻撃も避けられ反撃も喰らい、更には胸倉を掴まれている状況。これを驚かずしてどう考える?
「失礼しましたで済むなら始めからやるな!」
互いの顔がぶつかるのではないかという距離で怒鳴る葛木。実はこの教師、今までこんな風に起こったことは一度もなかった。初めて見る剣幕に縁は正直、この人は怒ると怖いのだと理解する。
「と、もう一人」
葛木は首を左に向ける。そこには耳と尻尾を出したままの水無月が居た。一応服装は直っている。
「ああ、水無月ばれちまったか」
葛木は縁を掴んでいない左手で頭をポリポリとかくと、顔を笑顔にして急に茶化した態度を取る。
「仕方ないな。明日からは別の学校だな」
そんなことをあっさりと言った。その言葉を聞いた水無月は顔を青ざめさせ、両の目からポロポロと涙を流し始める。