第二話 彼女の秘密 3
「ひゃっ!」
なんとも可愛らしい声で驚く水無月。
頭を触られたくらいでそんなに驚かなくても。
「む?」
そこでフサッと彼女の髪が盛り上がった。ついでにヘアバンドも吹っ飛ぶ。
「…………」
縁は目を疑った。なぜなら、眼前の水無月の頭にケモノ耳が生えているからだ。
それだけではない。スカートの下からはフサフサの尻尾もいつの間にか出ている。
「ケモノ娘?」
一瞬一部の人が使うマニアックな単語が縁の口から出てきた。それを聞いた水月は顔を真っ赤にして口をあうあうしながら震えだす。
「こ、こここれはアクセサリーだよ!」
物凄く動揺した口ぶりで叫ぶ水無月。正直無理がある。
縁は念のため頭に現れたケモノ耳に触れてみた。手触りは犬と同等のものだろうか? 柔らかくも温かい。ふにゃふにゃした手触りだ。
「ふにゃ~」
縁が触れていると水無月が気の抜けた声を上げる。ついでに尻尾もパタパタと振り出す。
元気よく振り回される尻尾。縁はつい視線が向かってしまい、好奇心交じりに尻尾を掴んだ。
「だ、だめ! 強く握っちゃ……」
なんだか切なそうな声を上げる彼女。その様子だと神経は繋がっているみたいだ。
この状況はもう疑いようの無いものを縁に抱かせる。
「……そうか。お前はケモノ少女だったのか」
今まで見たことはなかったし、現実にいるとも思えなかった。が、目の前に居る以上は存在しているのだろう。
縁の言葉を聞いた水無月はふるふると震える。それは怒りとも寒気とも取れる震え方だった。
「こ、このことは誰にも言わないで下さい!」
いきなり全力で頭を下げて頼みだす水無月。
「このことって?」
「耳と尻尾のことだよ!」
まあそうだろうなと縁は内心思う。
一応これでも縁は懐が広く思慮深い。なので、叫んだり驚愕したりはしない。また言いふらすなんてことは絶対に行わない。
「黙れって言うなら黙ってはおくが……」
俺が頭に触った途端耳と尻尾が出てきたってことは、触れられたことに驚いたのだろう。
もし、クラスの誰かがうっかり頭を触ってしまった場合、先ほどみたいに出てくるのでは?
今ここで見逃すのもいいが、問題を後回しにしているような……。
普段は戦うことにしか頭を回転させない縁が珍しくまともなことを考える。
「あ、あの」
縁があれこれ考えていると、水無月が不安そうな目で見つめだす。その視線に気づいた縁は彼女の顔をジッと見た。
「ただでとは言いません。何でも言うことを聞きますから」
雄吾を含め、一般的な男子が聞いたら喜びだしそうな台詞を言う彼女。しかし、縁はその言葉に危惧を抱いてしまう。
……何でもって言うことは何でもと言う意味なのだろうか? もしそうならそれは非常に危険な発言だ。自らの安全に危機を及ぼすぞ。
縁はまさかなと思う反面、若干の意地悪と悪意を込めて水無月に口を開く。
「そうか、〝何でも〟言うこと聞くんだな?」
縁の言葉を聞いた水無月の顔はしまったと言う表情はしておらず、ただ眉根を下げて少し悲しそうな顔をしているだけだった。
どうやら彼女は縁の言った言葉の深い意味を理解していないようだ。
縁は普段は柚姫や音芭にしか抱かない意地悪な気持ちを僅かに抱き、言葉を紡ぐ。
「だったら今から俺の言う通りにしろ」
「分かった。ボクは何をすればいいの?」
子狐のような目で縁を見つめる水無月。
「服を脱いで裸になれ。下着もだ」
通常の理解ある人間なら顔を真っ赤にして怒るなり、態度を変えて「エッチ!」と言う反応をするはず。縁はそう睨んだ。
……さすがにこう言えば先ほどの言葉、失言だと気付くだろう。ただ叩かれそうな予感があるが。
「分かった。ボク、脱ぐよ」
「む!!」
ところが、水無月の対応は縁の予想斜め上を行っていた。自分はとてつもない間違いを犯したのではないのか? という考えが縁は胸に抱き始める。
まあ、これは冗談のはずだ。俺の冗談を聞いて水無月も冗談で返してきたんだろう。
だが縁の考えとは裏腹に水無月は制服のリボンに手をかけ、それを取り去る。
更にはゆっくりと上着のボタンをはずし始める水無月。僅かに空いた隙間から強烈な存在感を放つ大きな胸が露出し始める。
縁は直感した。これが『ストリップ』なのだと。
そこで彼の頭の中に大分昔の記憶が流れ始める。
昔、縁は全くと言っていいほど遊びをしなかった。来る日も来る日も鍛錬をする毎日。同世代の子供達からはあまりの熱中ぶりに近づきがたいと言う理由で大きな溝を作っていた。
それを見かねた豊久は「子供なら子供らしい遊びをせんか!」と言って無理やり縁に娯楽品を与えたのだ。
マンガにゲーム機。バットにサッカーボール。そして、エロ本とアダルトDVD。
最後の二つだけ「お前は男だからこういう勉強もするんだ!」とか言って縁を捕まえ無理やり見せたことがある。
……確かその時のDVDの映像も女優が制服を脱いでいく映像だったな。だが、女優よりも目の前にいる水無月の方が何倍も綺麗だが。
そう古き微妙であり珍妙な記憶に思いを馳せる縁。
ちなみにDVDは見始めたところで千種に没収されたのは言うまでもない。そのあと笑顔の千種が豊久を連行して自室に消えたのは縁の記憶の中にも鮮やかに残っていた。――特に悲鳴が。
その後、縁は一応豊久に何があったのかを尋ねた。されど、豊久は口を深く閉ざし何も騙らなかったのがその件の結末である。
まあ、兎にも角にも今言えることは唯一つ。
水無月が服を脱ぎ始めている光景に縁は性的興奮を抱いていた。
一応言っておくと、今に至っても縁はエロ本やらアダルトDVDに大した興味を抱いてはいない。
その結果から常々縁は自分は女性への興味が無いのではないか? と抱いていた。しかし、それは現状では要らぬ心配だったことが証明されてしまう訳で。
彼女が服のボタンをはずす姿に目が放せない。服の下にはどのような下着を着けているのかという疑問が縁の中で生まれ始める。
――――が、この状況は非常にまずい。
縁は一般的な思春期の男子と違って一応理性があるから性欲や欲望は押さえ込める。だが、このまま続けたのなら道徳的にまずい。
可憐な女子の弱みを握って服を脱がさせるなんてそれはもう悪行だ。
無垢な少女を騙して服を脱がせるだなんて……。このままでは俺はあの世に居る母さん達に申し訳が立たんぞ。
あの人達の自慢の息子がただの陰湿な助兵衛な餓鬼だったと言う結果は避けねばならないな。なら、やることは唯一つ。
一度目をつぶって深呼吸をする縁。そして、
「あ、服ってどっちから脱いだほうが良かった? 上着から? それともスカー――」
「ってい!」
「あいた!?」
縁は服を脱ぎかけている水無月の頭に手刀を当てる。それによってドキドキなストリップは中断させられた
当てられた本人は何がなんだかという表情をしている。
「水無月、お前は馬鹿か」
「え、だって秘密にして欲しければ脱げって……」
「あれは冗談だ。ついでに言うと、お前は秘密を守ってもらうために自身の貞操を危機に晒すようなことを平気でする女なのか?」
「違う。……違うよ」
縁は冷静に、かつ穏やかに彼女を叱責する。その言葉にシュンとうな垂れる水無月。一緒に頭の耳も垂れ下がる。
「遊馬君のお願いだったから」
「ん、何だって? 声が小さくて聞こえない」
遊馬君までは聞こえたが、そのあとを縁は聞き漏らした。
「ううん、ごめんなさい。ボクが間違ってたよ」
そう言って顔を上げる水無月。表情は依然不安そうな顔をする。
「とりあえず、次どこかの誰かにこのことがバレても絶対に『何でも言うこと聞く』なんてことは言うな。少なくとも男は野獣なんだから。分かったか?」
縁は鋭い視線で水無月の目を見てやる。見られた当人は小さく頷いた。
「分かった」
「よし、それでいい」
常識的に考えればこれでいいと縁は判断した。
「でも、ボクの耳と尻尾……」
水無月はぼそぼそと何か言いたげに縁を見る。その視線に縁は真っ直ぐな目で見つめ返す。
ああ。言いたいことは分かっている。答えは始めから決まっているさ。
「俺は絶対にお前の秘密は誰にもバラさない。秘密がバレそうになったら全力で隠蔽してやる」
そう、それが彼の答えだった。