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第二話 彼女の秘密 2

 始業式の授業後、縁と水無月は二人だけの教室で昼食を片手にプリントと睨めっこしていた。

 葛木にクラス委員に任命されたのまでは彼らにとって実際瑣末な問題でしかなかった。

 だが、いかんせんあの教師は自分なりの教育があるらしく、大量のプリントを一冊の本にまとめろと注文してきたのだ。本人曰く勉強を頑張るための〝ノート〟らしい。

 去年も使うことを体験していたのだが、まさか作るはめになるとはと縁は思う。

 実のところ葛木は去年もクラス委員にこのふざけたノートを作らせていた。そのおかげと言うべきか、他のクラスとは違って進んで手を挙げる者が居なくなるほどに。

 縁は現状を呪う訳でもなく、黙々と作業を続ける。

 パンを数口放り込んだところでプリントまとめ、表紙となる厚紙ではさみ、穴に紐を通して縛る。


「……くん」


 続いてもう一冊分プリントをまとめて縛る。


「……まくん」


 くどい様だがプリントをまとめて――


「遊馬君!」


 そこで縁は隣にいる水無月が自分に話しかけてきていたことに気付く。


「どうした水無月?」

「いや、作業始めてからずっと無言だったから……」


 彼女の顔を見ると心配そうなと言うか、不安そうなとも言える表情をしていた。


「もしかして、怒ってる?」

「怒ってない」

「やっぱり怒ってるよね?」

「怒ってないよ」

「本当に?」

「本当」


 彼女はどういう意味でこんな質問をするのだろうか? 縁はそう疑問を抱く。


「だって、いつ見ても遊馬君の顔笑っていないから……」


 その言葉に縁は「む、そうか?」と彼女に言う。対する水無月は首を縦に振った。


「普段からにこやかな表情をしていないからそんな風に見えるんだよ」


 生憎自分は修介みたいなスマイルキャラじゃないと言う縁。彼の言う通り、無愛想な人物が笑顔を振りまくようになったらそれは一種の混沌カオスだろう。


「そっか。分かった」


 どうやら水無月はその回答で納得したらしい。


「ずっと無言なのはちょっと寂しいから、少しお話してもいいかな?」


 彼女はそんなことを聞いてきた。縁は「ふむ」と声を上げて悩む。


「別に構わないが、俺と話しても何の特にもならんぞ?」

「いいよ別に」


 そう答える水無月。縁は少しだけ姿勢を整える。

 さて、どんな話題を振られるものか……。


「遊馬君は最近元気?」


 とても無難な会話が飛んでくる。それはあまりにも普通すぎて縁は若干ながら姿勢が崩れた。


「元気だ」

「そうなんだ」


 縁の無骨な一言に彼女はすぐに納得してしまう。


「じゃあ、家族の方は?」

「妹も姪っ子も叔父も叔母もみんな元気だ」


 そう言ったところで縁はあることが気になる。


「水無月は俺の家庭環境のことって知っていたか?」


 普通に考えれば今さっき言ったことはどう考えても無茶苦茶な内容だ。知らない人間が聞いたら何それ? と答えるだろう。


「知っているよ。お父さんのことも、二人のお母さんのことも」


 彼女は、静かにそう言う。


「昔、一緒の小学校で一緒のクラスの時にその話は聞いたよ」

「そうか」


 縁にとってその辺の記憶は曖昧だった。何か靄がかかった様にその部分が明確に思い出せなかった。

 でもまあ、聞いたと言うことは俺もしくは叔父と叔母のどちらかが何らかの状況下で話したのだろう。

 縁はそう判断して会話を続ける。


「大変だよね。親が違うのって」

「そうでもないさ。生みの親じゃなけど、あの人達のことを俺は親だと思っている」


 縁は柔らかな視線を水無月に送りながらそう応えた。

 縁にとって豊久は頭が上がらない存在だった。また、すぐに面倒ごとに巻き込まれる自分に愛想を尽かさずに相手をしてくれる叔父が彼は大好きでもあった。

 そんな気持ちを抱いているからか、縁は普段の仏頂面からは出すことのない小さな笑顔を見せる。


「俺は……なんだかんだあの家に居ることに幸せを感じているよ」

「そう、良かった」


 そんなことを彼女が言った。

 良かった? どう言うことだ?

 それを聞こうと縁は思ったが彼女の顔を見て思いとどまる。その顔はとても穏やかな――まるで人を慈しむ様な表情をしていたのだから。

 再び沈黙が始まり、作業を続ける少年と少女。

 会話が終わってからもしばらく作業を続け、日が傾きかけた頃合に再び水無月が口を開いた。


「ボクね、ずっと気にしていたことがあるの」

「何を?」

「ボクが転校する前の日、事件があったでしょ?」

「ああ、確か……」


 ぼんやりとだが縁は覚えていた。水無月がクラスの男子に言い寄られ、苛められていたのを。

 そこで当時暴走していた縁は水無月から男子を引き剥がすと片っ端から殴り飛ばした。そんな記憶が縁の中にあった。


「あれは完全に傷害事件だったな」


 一対多数で喧嘩をしたが、縁は例の武術を習っていたために完全に他の男子を圧倒していた。

 なので普通にやっても勝てないと判断した男子達は椅子やらバットやらを持って縁と対峙したと言う話がある。

 だがそれでも男子達と縁の力の差の隙間は埋まることなく、一方的に決着がついたのは詳しく語る必要は無いだろう。


「本来なら武器を持って襲ってきた奴が悪いのだが、俺は武術を習っていたから有段者扱いされて被害者の親を呼ぶほど騒ぎが大きくなっていたな」

「そうそう」


 その日の夜、学校には縁に殴られた男子達の親が集まって大きな騒動になった。子の躾が悪いとか、うちの子はいい子だとか定番な理由で押しかけたのだ。

 無論、縁はやりすぎたことに違いは無いのだが、どう考えても苛めていた男子達が悪い。しかし、世の親と言う者は自身の子らが悪童じゃないと言う妄想を抱いているために教師達の話を一切聞かず、警察に話して公にすると揉めたのだ。


 そこで教師達に呼ばれた豊久が相手の親達に会うや否や、即座に土下座した。

 彼が言うには「この子が悪いんじゃない。引き取ったおいがちゃんと育てられなかったのが悪いのだ!」と床に頭を着け必死に謝ったのだ。

 その異様なまでの気迫にも似た謝罪に親達は溜飲を飲み、これ以上騒動を大きくすることは無かった。

 そのあと、縁を家に連れ帰った豊久は怒ることも叱ることも無く、床に頭を下げた。そして、縁に対してひたすら謝り続けたのだ。

 豊久の一連の行動を見た縁は叔父の熱心な行動に心から申し訳なく思い、その日以来暴走するのをやめた。結果、今の状態に至る訳で。


「あの事件のせいでボクは転校しなくちゃいけなくなって、遊馬君は周りの人から問題児扱いされちゃったよね」


 密やかに水無月が言う。そんな彼女の顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。


「?」


 彼女の表情に疑問を持った縁だが、街中で会ったときの水無月の表情をふと思い出す。

 いつも、笑顔のあとに申し訳なさそうな顔をしていた。

 先ほどの会話と今まで見せていた表情。ひょっとして、彼女はあの事件のことを気にしているのではないか? と、縁は答えを導き出していく。


「もしかしてあのことを気にしていたのか?」


 胸の中に浮かんだ言葉を彼女にぶつける縁。


「……うん。あの事件の発端はボクなのに、全部遊馬君が悪いことになっちゃていたから」


 ……そうか。俺に会う度に辛そうな表情をしていたのはその為か。


「気にするな。あの事件があったおかげで俺は少しはまともになれた」


 縁はそう言って水無月を安心させようとする。

 実際、当時の縁は荒れていた。師である父親の急死に胸を痛めた縁は死に物狂いで体を鍛えた。豊久に引き取られたあとも暴走は止まらず、近隣の道場に侵入しては道場破りをして付近の住人を困らせてしまうほど。

 正直褒められるような生き方をしていない。どうしようもないことをして生きていたのだ。

 だから、水無月が気にする必要はない。俺はそのおかげで変われたのだ。

 胸の中で言葉にするも、縁は口にはしなかった。それは縁にとって難しい言葉だったからだ。本来の意味を伝えきれるか分からなかった。もしかしたら変な誤解を生むかもしれない。そうなるくらいなら言わない方がいい。縁はそう判断する。


「良かった」


 縁の短い言葉に水無月は安心した表情を見せてくれる。その顔を見た縁も胸を撫で下ろした。


「ただ、俺的にはあんな事件によって転校した水無月が他の学校で友達を作れるか心配だったよ」


 半年しか一緒のクラスに居れなかったが、縁の目には水無月が人付き合いが苦手なように見えていたのだ。

 放課も昼休みもいつも一人でいるイメージがあったしなと彼は思う。


「もしかして街中で会って声をかけてくれたのも……」

「お前が不器用なのは知っていたから心配していたのさ」


 縁は穏やかな表情でそう応えた。その顔は特に何かを現している訳ではないが。


「ありがとう」


 水無月は目を細め、感謝の言葉を縁に告げる。縁は気にするなと言おうとしたが、彼女の今まで見たことのない表情に思わず言いよどむ。


「気にするな。ただ、俺も聞きたいことがある」

「なぁに?」


 彼女の澄んだ目が縁を捕らえる。それに対して縁は水無月の目を見て口を開いた。


「あの事件、発端はどういう始まりだった?」

「へ? ああ。あれね?」


 急におかしな言い方をする水無月。


「確かあれは。――そう、ボクの一人称ってボクでしょ? それがおかしいっていう理由で男子に苛められてたんだよ」

「そうだったか?」

「そうそう!」


 そんな気もするが、そうじゃない気もする。いつ思い出しても腑に落ちない。何故だろうか?


「いや待てよ、確か妖怪だったか羊かんだったかそんな様なことを言われていた気が……」

「気ノセイダヨ!」


 何故か片言な言い方をする水無月。その態度に縁は疑問を抱くが、聞かれるのが嫌そうだと判断し会話を終わらす。

 そう言うことにしておこうと縁は一人胸で片付けた。


「まあアレだ。とにかくお前は過去に起こったことを気にするな」


 縁は励ますかの様に水無月の頭にポンと手を置いた。

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