エピローグ 1
作戦から六日後、学校が休みである日曜に縁は出かけていた。
目的地は父誠十郎と母達が眠る墓地だった。
電車を乗り継ぎついた場所は海の見える小高い丘。そこに遊馬家の墓地がある。
青々とした緑が生い茂る道を通り抜け、縁は花を片手に大きな木の近く立てられている墓前に立つ。
「いつ見ても綺麗だな。あんたの眠る墓は」
縁の前にある墓は普通の物より綺麗だった。それだけではない。真新しい花が活けてあった。
「聞いたよ。あんたが防人だったってことは」
見下すように墓前にの前に立つ縁。
墓が綺麗な理由。それは常に誰かが来ていたから。生前の誠十郎が防人内部で有名であったために彼には人脈があった。
よって彼のことを知っている者達が頻繁に墓参りに来ていたのだ。
「遊馬君、故人に対して少し言葉が冷たいよ」
そっと、穏やかな声が縁の後ろから発される。そこには何故か水無月が立っていた。
「すまんな水無月。ついて来て貰ったのに味気のない親子のやり取りで」
縁はいつもの仏頂面で水無月に謝罪の言葉をかける。
何故こうなったのか? それは六日ほど前に遡る。
× ×
作戦が終わった次の日、縁は防人が運営する病院にて治療を受けた。
全身のいたるところが火傷に凍傷とのことで緊急入院。
火傷は防人特性の治療薬で、凍っていた部位に関しては水無月の力のおかげで壊死しかけていた組織を治してもらった。
術後の回復スピードは著しく、当初の予定より早く僅か二日で退院した。
家に帰ったところで柚姫には泣かれ、音芭には怒られ、千種には褒められた。
豊久は怪我に関して何も言及せず、ただ久々に父親に話が出来たのではないか? と言われ墓参りすることに。
場所が遠いのでここは一人で行こうとしたころ突如葛木から電話がかかり、同じ防人に居る者として一人挨拶させたい奴が居ると言われ縁は二つ返事で承諾した。
そしてつい二時間前くらいに水無月と合流したのがここに至るまでの経緯である。
× ×
縁は持ってきた花を墓前の前にある花瓶にとりあえず突き刺す。それを見ていた水無月はあわわと言う感じに縁の前に入った。
「だめだよ遊馬君、お花をそんな感じに刺しちゃ」
「すまん、墓への活け方がわからなかったものだからつい」
水無月は花を抜き取ると綺麗に活けなおす。さすが女の子。
「にしてもこの間取り逃がした二人は一体どこの誰が捕まえたんだ?」
縁は戦いの終盤を思い返す。調子良く勝っていたところで思わぬ反撃を喰らい逆にやられかけた。
その直後に水無月がキレ大暴れ。泡や大惨事と言う状況で縁が止めに入ったために彼女は止まった。その間にスピットファイアと氷川は逃げたのだ。
「先生――支部長いわく親切な地域住民が捕まえてくれたって」
「地域住民ってことはザインの?」
水無月はちょっとだけ困った表情をしてから「だと思うよ」と答える。気にはなったが気にする必要ないと思って縁は言及をやめる。
「そう言えば豊久さんと千種さんから土産があったな」
縁は花以外に持ってきていた荷物を思い出す。
墓前の前でしゃがみ、トートバッグの中から小さな酒瓶を取り出しそれの封を開ける
「あんたは酒が好きだったよな」
幼き日の記憶を思い返しながら置いてある杯に酒を注いでいく。
その様子を見ていた水無月が静かに口を開いた。
「以前さ、遊馬君お母さんの話をしてくれたよね」
「ああ」
「今度はさ、お父さんのこと教えてもらってもいいかな?」
縁は水無月の質問に対し疑問を抱く。
……何故父さんのことを聞きたがる? 母さん達ではなく父さんのことを。
「遊馬君てさ、お母さん達のことは自然に話すけどお父さんのことになるといつも嫌そうな顔をするから……」
水無月の言う通りである。縁は確かに父親のことを嫌っていた。
「別に面白くも何も無いぞ。父さんのことなんて」
腰を上げつつ水無月の方へ体を向ける。そこには真剣な眼差しの水無月が縁の顔を――目を見つめていた。
「面白いか面白くないかじゃない。ボクは、君の目標であった人のことを知りたいの」
その眼差しに縁は断ることができなかった。
「……父さんは」
根負けして縁は語り始める。
「……父さんは武術の師としては最高の人だった」
「なら――」
「だが父親としては最低だったんだ」
そこで言葉を切って深呼吸をする。
……ここから先は、誰にも話したことが無いんだがな。
そう胸で呟きながら縁も水無月の顔を見つめる。
「聖母さんは元々心臓に疾患を抱えていてな。俺を生んだ際にそれが悪化して体調を崩し、三年後には病院で眠るように息を引き取った。そのとき母さんはこう言っていた。『貴方を生んだことに後悔は無い』と」
縁にしては珍しく感傷的な顔をしていた。それは聖との間に深い思いがあるからなのであろう。
「繭良母さんも突然一緒に住むことになった俺に対し一生懸命に触れ、母親としての温もりを与えてくれた」
柚姫の実の母親であり縁の義母である繭良。彼女は縁に対し娘と差が無いように接してくれていたのだろう。
「二人とも、短い時間の中で一生懸命母親であろうとしてくれたんだ。――けれど父さんは違った」
急に険しくなる縁の表情。それを水無月は黙って話を聞き続ける。
「父さんは父親としてではなく、武人であることを選んだ。確かにあの人は尊敬できる人だ。俺に戦い方を、唐沢流剣槍術を教えてくれた。……だけど、親らしいことを何一つしなかった。
それだけじゃない。父親が必要だった柚姫に何もせず勝手に死んだんだ!」
声を荒げ、震えながら縁は言う。
「約束したんだよあの人は。旅行が終わったら俺にもっと技を教え、柚姫とはいっぱい遊んでくれるって。約束したのに。絶対に守るって言ったのにあの人は約束を破って死んだ!
子供にとってその約束がどれだけ深く重く、大切だったか知らなかったから!」
そう言う縁の目には、水無月にとって見たことのない物が浮かんでいた。――それは涙。
縁は強い人間に見えるがそうじゃない。
本当は年頃の少年であり、本質は強くない。ただ今まで積み上げてきた経験で弱い自分を修飾してきただけ。
目標である父に。愛しき母達に。そして自分を兄として見てくれる妹と姪のため。
そんな彼らのために強いフリをしてきた。
偽りの勇士。それが縁。
常に寡黙なフリをしていたのはうっかり表に出してしまいそうだから。他人と同じくらい弱い自分を。
それを出さないように笑みを捨て、子供らしさを殺した。
誰にも負けない武人を演じ続けた。
けれど上辺だけをいくら取り繕っても心が揺れる場面では飾っている物が取れてしまう。
特に父親に関しての話をすると縁は熱くなる。それは涙を浮かべてしまうほど。
だが彼は父のためには一度たりとも泣いていない。その涙は目じりより下より流すことはなかった。
多分、意地なのだろう。約束を破って死んだ父親への意地。
自分は同じ道を歩みながらも誠十郎とは違う答えを見せてやる。また絶対にあんたのためには泣いてやらないと言う意思表示の現れなのだと思われる。
結果、その表情は泣き顔にはならず涙も伝うことなく維持を続けている。
「遊馬君は柚姫ちゃんには優しいんだね」
「ああ、ずっと欲しかった妹なんだ。大切にしない訳が無い」
水無月は縁に近づき、そっと手を伸ばす。




