最終話 炎を穿つ者 10
「ったく、念のために様子を見に来たらこれかよ」
真剣な空気をぶち壊すかの様に聞きなれただらけきった声が聞こえる。
顔を起こすとそこには葛木が居た。ただし格好はいつもと大分違う。
全身が高級そうなスーツに身を包んでおり、その上からは黒いトレンチコートを羽織っている。顔に至ってはいつもの楕円形メガネが四角いフレームレスのメガネに変わっており、髪はワックスによってまとめられオールバックになっていた。
一目見たら誰もがこう言うだろう。どこのインテリヤクザ? と。
「水無月、遊馬がこれだけ謝っているんだ。いつまでもふて腐れるのはやめてやれ」
葛木は何気なしに水無月の前足を叩く。すると観念したのか水無月は徐々に縮んでいき、いつものサイズまで戻る。
全身の体毛はバラッと落ちると霞のように消え、綺麗な色白の肌が現れた。
「遊馬君。ボク……」
ケモノ耳ごとうな垂れる水無月に対し、縁は彼女の顔に変色した手を添え上げさせた。
「さっき言った通りだ。今度こそは必ず約束を守る」
慣れない表情筋を使って笑顔になる縁。
「そうそう。それによ、さっきの遊馬の言葉、聞き様によっては愛の告白だぜ?」
「そーだぜ? アレはどう考えたって告白っしょ?」
「僕もそう思うよ水無月ちゃん」
いつの間にか来ていた雄吾と修介も縁達の前に現れると茶化すかのように口々にそう言う。
言われて縁も気づく。どう考えてもさっきの台詞は婚礼に対しての言葉だと。
……君の隣に居続けるなんて俺はとんでもない言葉を言ったものだ。
ふと視線を水無月の顔に向けなおす。すると彼女はやや頬を赤らめながら恥ずかしそうな顔をしていた。――むぅ、いらん誤解を生んでしまったか?
言い直すにはもっといい言葉で紡がないとまた誤解を生む。ここはどうしたものかと考え彼女の顔から下に視線を動かしたところで縁は気付いた。そして再び凍った。
今度の凍ったは冷たくてではない。ある物が目に入ったからだ。
薄く桃色に色着いた二つの丘が、桜色の二つの突起が、更にその下には美しいボディラインと一緒にくぼみがあってその下には……。
「あれ? どうしたの遊馬君?」
突然動かなくなった縁に不思議そうな視線を送る水無月。そこで葛木がにこやかな表情でぽんと彼女の肩を叩く。
「ところで水無月、お前いつになったら服着るんだ?」
「へ? ――――ってきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
深夜へ向かう時間、少女の咆哮――ならぬ悲鳴が辺り一面に響いたのであった。
× ×
「くそう! スピットファイア! あいつは何だったんだ!?」
「分からねえよ! 俺だってあんなのは始めてだ!」
突然の事態に辛くも逃げ出すことに成功した氷川とスピットファイアは夜道を疾走していた。
そこは廃屋から数百m離れた道路。時間が時間なので人気はすでに無い。
「ここまで来れば……大丈夫だろ?」
「っくそ、何だよあの化け狐! 俺の仲間をみんなやりやがった」
「気にするなスピットファイア。仲間なんか募ればすぐに集まる。それより俺達二人の命があったことの方が幸運だ」
「そうだな」
先ほどまで押し寄せていた恐怖が徐々に収まり、二人は気を緩ませ始める。
「お二人さん。足を止めてもらえるかな?」
突如、穏やかな声が道路に響いた。
二人は驚き周囲を見回す。すると道路正面から一人の男性が歩いてくる。
不審に思う二人。今の時刻は夜中だが、全く人が居ない訳ではない。けれどそれでも二人は顔に疑問符を浮かべる。
なぜなら彼らの前に立つ男性の服装は和服。今時そんな格好をして夜に歩く者はいない。ましてやその左腰にぶら下がっている物を見たら誰でも不審がるだろう。――刀なんてぶら下げていたら。
「おっさん俺達に何か用?」
スピットファイアは右手をかばいながら一歩前に出る。続いて氷川も舌打ちをしながら男性を睨みつけた。
「何あんた? 若者捕まえて何かしたいわけ?」
二人がまくし立てるようににじり寄る。男性は少し困ったような顔をしながら口を開く。
「いや、まあねぇ。ちょっとうちのコドンが世話になったみたいだから軽く注意をと思って……」
腰の低い態度で文句を言う男性。その様子に二人は腹を抱えて笑い出す。
「ハハハ! ばっかじゃね? 何大人が子供のケンカに口出しするつもり?」
「きっとあれだぜこいつ、俺達のこと分かっていないからこんなこと言えるんだぜ?」
二人ともさもおかしそうに言ったあと、あろうことか男性の前で能力を発動させる。
「一般人風情が俺達ザインにケンカを売るとは!」
「ただじゃ済まないことを知りな!」
揺らめく炎と宙に浮かぶ氷柱。それを見た男性は驚くことも無くただ柔らかな表情で二人を見ていた。
その様子に二人は怒りを募らせる。
「おいおいおっさん。これは手品じゃないぜ!」
「本当に存在しているんだ。ビビレよ!」
「うむ、それは無理な相談だね。君達のことは全く怖くないもの」
男性は表情を変えることなく氷川とスピットファイアに応対する。それに対し氷川が先にキレた。
「ざけんな野朗! これ喰らって死んでろ!」
右手を振り下ろすと宙に浮いていた氷柱が男性目掛けて飛んでいく。それは外れることなく男性の体を貫いた。
「ハハ! ザマーミロ!」
その結果に満足したのか氷川は馬鹿みたいに喜ぶ。隣のスピットファイアもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「……いかんなぁ、最近の若者は。何かと簡単に相手を殺すだの死ねだのと軽々しくそんなことを口にするのは」
その声に二人は固まった。体に氷柱が刺さっているんだただではすまないはず。なのになぜ喋れる?
「確かに君達は人より優れた力を持っているかもしれない。だけどね、社会にはもっと上がいることを理解してなきゃいかんよ?」
変わらぬ口調で男性が話す。途中氷柱に貫かれていた部位は瞬く間に炎に包まれ、服ごと傷口が再生していく。
その様子を見て二人は能力を開放した。今目の当たりにした現象で気付いたのだ。――目の前の男性もザインだと。
「見たところ回復系の能力みたいだな!」
「だが、俺達のは攻撃系の能力だ! 相手が悪いぜ!」
スピットファイアは左手で炎の拳を放ち、氷川は新たに氷柱を生み出し男性に向かってそれを飛ばす。
二人の攻撃を見ながら男性は左手で刀の鯉口を切る。
「動きがのろいぜ!」
「くたばれミスターブシドー!」
スピットファイアも氷川も勝利を確信した。先ほど見たあの狐の化け物よりこいつの方がかなり弱い。
こいつを倒してさっさとずらかろう。そう考えていたのだが、
「……は?」
「……へ?」
二人の攻撃は消滅した。勝手に消滅した訳ではない。男の手によって消されたのだ。
いつの間にか抜かれていた刀。それは素人が見ても分かるほど良く出来ていた。
刀に刻まれる波紋は美しく、月明かりを反射し細くも可憐なラインがそこに存在していた。
「そういえば君達さっきなんて言っていたっけ?」
男性は左手で顎を触りながら考える様子を見せる。
「ああそうか、確か『大人が子供のケンカに口出しするつもり』とか『ただじゃ済まない』とか言っていたよね?」
自分達が先ほど言った売り言葉を言う男性。それを聞きながらスピットファイアも氷川も顔を青ざめさせる。
「うん、おいは君達とあの子のケンカに口を出すつもりだよ。何せケンカはケンカだ。命の取り合いではない。それに対し君達はあの子を殺そうとした。それは許せないことだ」
いつの間にか男性の上半身は炎に包まれていた。されど勢いと輝きはスピットファイアの数倍上、また着ている衣服は一切燃えていない。
「それにね、ただじゃ済まないと言ったけど相手をよく視てから言うべきだよ。――たかが融合型の炎使い君とたかが放出型の氷使い君」
言い終わる頃には男性の表情は激変していた。目は鋭く、見られただけで射殺しそうな眼光。引き締められた表情には優しさが微塵にも感じられず、右手に握られた刀は炎を纏いながら二人に確実なる死のイメージを伝えていた。
「それに炎使い君。君は自身のレベルが最下位だと知るべきだ。上位の融合型となれば体の欠損は能力の同化によって簡単に修復できる」
ひたひたと歩みを始める男性。スピットファイアは歯をガチガチと鳴らし、氷川も雪山に居るかの如く激しい震え方をしていた。
「また己が得物に力を纏わせ更なる力を発揮させることができるんだよ」
ゆっくりと近づいてくる死。二人は最後の勇気を振り絞って逃げようとする。けれど背を向けることができなかった。
それは背を向けた瞬間斬り殺されるイメージが頭に流れたから。何分鋭い刀だ。アレで斬られれば簡単に肉は裂かれ骨すら両断するだろう。
となると残された方法は一つ。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「くそぉぉぉぉぉ!」
悲鳴にも近い咆哮をあげながら攻撃を始める二人。限界以上の力を発動しているために彼らの体は瞬く間に青緑色の結晶が出現し始める。
「見苦しいね。では行くよ」
トンと、男性は片足で軽く地面を蹴った。
「御影流一刀術剣技」
蹴りだして生まれた加速は簡単に数mと言う距離を埋め、二人の前まで男性の体を運ぶ。そして刀を前面に突き出し、
「――炎塵牙突!」
火の粉が舞う突きを放った。
放たれた攻撃は一撃。それはスピットファイアと氷川の間を通り過ぎる。一見意味のないことに見えるが即座に結果が出る。
それは二人を含めて空間が爆発した。瞬く間に広がる炎。
「「ぎゃあぁぁぁぁ!」」
二人は純粋な悲鳴を上げながら炎にまかれ宙を舞った。そして地に落ちる頃には意識と炎が消えていたのだった。
足元に転がる少年二人を見ながら男性はポケットから携帯を取り出し電話をする。
「もしもしこうちゃん? 逃亡していた二人を捕獲したよ。ああ、じゃ、頼んだよ」
電話も終わり男性は――豊久はふぅと息を吐く。
「ったく、おいの家族に手を出すからこんな目に遭うんだよ。その辺覚えておいてね」
刀を鞘に収めたあと、いつもの優しげな顔がそこにあった。




