最終話 炎を穿つ者 8
スピットファイア戦も終盤です。
これが過ぎればあとはエピローグに向かうのみ。
ああ、長かった。
「なに、俺はちょっとした理由でお前に腹を立てているだけだ」
避けきったところで完全に懐に入る。スピットファイアは痛みに歯を食いしばりながらも折れた右腕で反撃した。
しかし縁には当たらない。彼は短槍を地面に向かって打ち込み、棒高跳びの要領で回避し背後に回る。
「別に自分で力を使って自爆する分には自己責任だと思う。むしろその結果は何よりも愚かだ。――だけどな」
慌てて振り向くスピットファイア。彼の目前には鬼神の如き眼孔を放つ縁が居た。
「お前の蒔いた種でこの世に居たことすら残せない奴らのことを考えると俺は腸が煮えくりかえるんだよ!」
右手の短槍を引くとスピットファイアの全身に向かって無数の突きを打ち込む。
「もっと言うと俺はお前の様な自分に甘い幻想を抱き大人に成ろうとしない奴がとてつもなく度し難い!」
一方的に突かれるスピットファイア。あまりの速さに避けることが叶わない。
……こいつの思考は許せない。自らの生んだ愚行の所為でどれだけの人達が困り苦しみ、果てには存在を否定され記憶すらされなくなったのだろうか。
こいつはいい。ザインとして力の使いすぎで滅びなければいつまでも記憶される。
死んだ父さんや母さん達のことも誰かに覚えてもらえる。だけどハマダタカシと他の消滅した子達は違う。
始めから無かったことにされる。どれだけ素晴らしい功績を残そうとどれだけ憎み嘆く悪行を遺そうとそれが無かったことになるのはその人物への冒涜に等しい。
それをこいつは何一つ理解していない。理解していない上に子供であることを望んだ。
人は誰でも子供で居続けたいと思う。だけどそれは無理だ。確実に歳を取り成長しやがては朽ちる。それが命の定め。それは絶対に順守しないといけない流れ。
なのにこの男はそれを否定し我侭を通そうとした。しかも崇高な理念ではなく、己が欲望 ――いや、煩悩の為に。
駆ける思いを胸に押し込め、静かな怒りをたぎらせながら縁は吼える。
「犯した罪を数えながら懺悔しろ!」
その言葉は縁の心の底から出た言葉であったのだろう。
縁は同年代の子より少し多くを経験しすぎていた。故に年齢と思考が釣り合わなくなっていた。
また死には誰よりも敏感だった。自身の言動と行為でどれだけの結果を招くか彼は想像ができた。そのため常に誰とも争わず寡黙であり続ける。
しかし、それには例外がある。彼が全力を持って相手をする人物。それは、
「唐沢流剣槍技!」
「誰か! 俺を助けろ!」
自らの力で変化を望むのではなく、他人任せで全てを済まそうとする人物だ。
だがスピットファイアの声は空しくかき消される。何せ四方では水無月、修介、雄吾に他の仲間が一方的にのされているのだ。助けに来るはずが無い。
「弐刃衝波!」
怯え竦むスピットファイアに小太刀と短槍を交互に打ち込む。打撃は全て関節に。確実に四肢を破壊するつもりで全てを打ち込む。
当たる度にスピットファイアの関節は揺れ、鈍い軋みを上げる。
そんなグロッキー状態のスピットファイアに向かって体を左に反転させ、右足を大きく振り上げ叩き付けるように踏み込む。
廃屋内に一際響く足踏み。直後、技の締めが放たれた。
縁の右肩がスピットファイアの胸部へ直撃し、彼の体はワイヤーアクションを使ったかの如く綺麗に吹き飛ばされる。
「おぐあぁぁ!」
苦しげな悲鳴を上げながら宙を舞うスピットファイア。揺れる視線の中彼の目は追撃に入る縁が映った。
「連撃!」
通常浮いている状況では何があっても人は移動できない。成す術がない。
縁はそれを理解していた。そのための追撃。
当たることしか選べないスピットファイアに向かって縁は床を蹴って加速し、短槍を突き出す。
眼前に迫る短槍。スピットファイアは顔を歪めてそれが当たるのを見守る。
「? ……!」
が、縁の攻撃は当たらなかった。決して縁が加減した訳ではない。急に縁の動きが止まったのだ。
そんな二人の間には不可解な物が存在していた。――それは氷の壁。
今の季節は春。それが存在するはずが無い。また突如氷の壁が現れることもありえない。
「よぉ。ナイスタイミングだったか? スピットファイア」
最初にスピットファイアが現れた扉から複数の少年が現れる。その数十。
うち一人が靴を鳴らしながら二人の前に立った。
「……遅いじゃないか氷川」
「まあまあ、ちゃんと助けに来たんだから褒めろよ」
互いに仲良さげに挨拶を交わすスピットファイアと氷川。
その様子を見て縁は理解する。こいつらは増援。新手だと。
突如現れた氷川に対し縁は反撃させるつもりは無く、即座に攻撃に入る。が、体が動かなかった。
「おお、さすがお前をボロボロにした奴。まるで狂犬だな」
けらけらと笑う氷川。その表情からは余裕が見られる。
縁は高ぶる気持ちを落ち着かせ、冷静に自分の体を見た。そこで驚愕する。
「何だ? 足が……」
足が、凍っていた。別に氷川に恐れを抱いてはいない。それは文字通り縁の足が氷結していたのだ。
「足が動けなくとも!」
右手の短槍を壁から離し氷川に向かって放つ。ところが氷川はそれを左手をかざして防ぐ。
完全に止まる刃。そこで縁は自身の手に違和感を感じた。それは指先から広がり、焼きつくかの様に熱を伝える。
縁の五感が一斉に危険信号を発し、彼は躊躇することなく短槍を手放す。
「くっ! 離れない!」
短槍は縁の手から離れなかった。いや、正確には縁の手が開かないがために離れなかった。
その様子を見ていた氷川は縁の左手の小太刀にそっと手をかける。
「確かにお前が持っている武器の金属は溶けにくい物質かもしれない。……だけどな、その逆はどうだ?」
瞬時に霜が降り、凍りつく小太刀。同時に指先からまたもや焼けるような痛みが現れる。
……焼けるような感じがすると言うことは指が凍傷にかかっているのか? ちぃ! このままでは俺は凍死する!
「はは、暴れたって無駄無駄。もうお前は俺から逃げられない。このまま凍って死ね」
手から足から急速に霜が降り、枝を伸ばして氷結していく。
身動きの取れない状況下、目だけをあちらこちらに動かして助かる手立てを縁は探った。
ところが三人とも氷川を除く、新たに現れた九人に苦戦を強いられている。
それもそのはず、氷川が連れてきた九人はスピットファイアが集めた新人とは別格の存在。能力を扱い慣れている者達を連れてきたのだ。
……助けは来ない。このままだと俺は確実に死ぬ。そしたら……。
目の前に突きつけられた事実に縁は恐れを抱く。そのことは縁にとってもっとも恐れていたことだ。
遊馬 縁は何事にも恐れを抱かぬ少年だ。幼い頃より多くを経験したために彼は死ぬことが怖くなかった。けれどそんな彼にもたった一つの恐怖がある。
家族を残すこと。これだけは絶対にしないと彼はあるときから誓っていた。それは両親の死よる物。
縁は親が死んで残される痛みを知っていた。しかも二度もだ。
いつしか彼はそれを誰かに味あわさせないようにと心に決めていた。故にこの状況下で一人の少女の顔が頭に浮かんでしまう。
「……柚姫」
愛しき妹。血の繋がりは無いものの、縁とって一番大切な存在。
……今ここで俺が死ねばあの子はどれだけ苦しみ、嗚咽し、泣くのだろうか?
考えたくは無い。死んだあとに次があるのかと考えることよりも、あの子が俺の所為で苦しむ姿を見ることの方が辛い。
父さんと同じことをしたくなかった。なのに俺は……。




