最終話 炎を穿つ者 4
そこで縁は防戦から攻撃に転じる。近距離での打ち合いのため短槍は使えず、小太刀で応戦する。
――最中縁は炎の拳を注視する。
一見すると炎の塊。通常炎は物体をぶつければ通過するもの。物理攻撃ではなく熱量を与えて燃焼させることによって間接的にダメージを与える。
それに対しての対処法は水なり風なりを使って炎そのものを消すのが望ましい。
前回戦ったときに相手した炎の玉や炎の魔人は高速の斬撃によって生まれた風で火を消すことが出来た。
となると今回も同じような方法で炎は対処できる。
しかし最初に入れた不意の一撃と今当てている小太刀の連撃は奴の腕に防がれている。
「はは! いい攻撃だ!」
ただの炎なら既に通過してスピットファイアの意識を刈り取っている。だが現実は違う。炎の奥に何か実体がある。更には肉や骨ではない〝何か〟が確かに存在しているようだ。
「だけどな、俺にはそんなのは通用しない!」
スピットファイアは決め台詞とも取れる言葉を吐き、右足を大きく後ろに引いた。
縁はすかさずバックステップで回避に移る。
「チェスト!」
引かれた足は急速に前に蹴りだされ、縁の頭を狙ったハイキックとなる。されど縁は予見していたのか、距離を開けていたために攻撃は当たらない。
「む!?」
この距離では当たらない。そう思っていたところでスピットファイアの攻撃が縁の左頬を通過した。
一瞬にして皮膚が溶け赤い肉が露出する。
「どうだ、驚いたか!」
縁の様子を見て嬉しそうに話すスピットファイア。
今のは確実に避けられた距離だった。けれども実際に当たってしまった。何故当たった?
縁は思案しつつ武器を構えながら再度スピットファイアに向き合う。その姿を見たスピットファイアは笑みを零しつつ再び足を引いて蹴りを繰り出した。
――相手を良く見ろ。見えない物が当たるなんて事はない。見落としがあるはずだ。
回避をしながらスピットファイアの足の軌道を見る。そして気付いた。
即座に膝を崩し炎の蹴りを避ける。すると先ほど縁の頭があった箇所に長い炎の足が存在していた。
「ほお、俺の攻撃を避けるとは」
賞賛交じりにスピットファイアが声を上げる。要はそう言うことだ。
……俺は奴の足の当たらない距離に居たんじゃない。奴の足の当たる距離に居たから当たったんだ。
確かに縁は通常の人間が伸ばしうるであろう位置の蹴りは避けていた。しかしスピットファイアの足はそれよりも伸びたのだ。
それを見たところで縁はあることを思い至る。
さて、あいつの足はどこまで伸びているんだろうかね? と。
「お前の蹴りを見切った。もう当たらん」
武器をゆるく構え気味でスピットファイアに言う。もちろんこれは挑発のつもりで。
「はん、舐めるなよ!」
縁の挑発に乗るスピットファイア。再び右足を引いて蹴りを繰り出す。
ビュオッと音を立てて放たれる足は空気を焦がしながらその場から一歩も動かぬ縁に向かって接近する。
刹那、縁は左手の小太刀で蹴りを防ぐ。
「防ぐか。だが次――何!?」
そこで何故か縁は防いだままスライドするかの如く後ろに下がる。
突然の行動にスピットファイアは困惑するもすぐに表情を元の偉そうな顔に戻し始める。
「はは、所詮苦し紛れの行動か。となるとさっきの言葉はハッタリだな?」
対する縁は左右の武器を持ち直しながら表情を崩すことなく口を開いた。
「そうだな。さっきのはハッタリだ。――だが次は当てる」
新たな挑発。ふてぶてしいまでの発言にスピットファイアは目つきを変える。
「そうかい。そう言えば、お前の名前と能力を聞いていなかったな」
「俺の名か……」
スピットファイアの申し出を聞いた縁は小太刀と短槍を振り回し構えなおす。
「俺の名前は遊馬 縁。使いし武術の名は古式唐沢流剣槍術。そして……俺に能力はない」
「は? 何だと?」
その言葉を聞いたスピットファイアは驚愕し、次の瞬間には笑みを零す。
「ははははは。そうかそうか」
笑いながら構えるスピットファイア。
「ってことはあれか? 聞いたところ武術家なんだろ? 俺で自分の力を図りに来たか」
「ああ」
スピットファイアの言葉に対し縁は二文字の返事で完結に答える。するとスピットファイアは急に腹を抱えゲラゲラと笑い出す。
二人の間に張っていた空気が瞬く間にほぐれ、緩やかな雰囲気に――
「舐めるなよ人間」
ならなかった。
「威勢よく俺に突っ込んできたのはただの無能力者。ザインじゃない」
何がおかしいのか、顔を下げながらも笑いながら話す。
「聞いてみれば武術を習っただけのただの人間。優れた俺達とは違う存在」
縁は静かにその様子を見守る。攻撃できるタイミングがあるのに関わらず。
「いいぜぇ、その考え。お前と全力で戦ってやるよ」
笑いが引いてきたスピットファイアは言葉を紡ぐ。
「――――んでもって」
徐々に声が大きくなるにつれスッと彼は顔を上げる。その表情はまるで蟻や蚊を見るのと変わらない表情――虫けらを見る顔だった。
「自分が誰に戦いを挑んだか後悔しながら死にやがれ!」
ダンッと地面を蹴り走り出すスピットファイア。その四肢は彼の余裕と怒りが宿るかの様に燃え盛っていた。
その反面縁は穏やかな面持ちでスピットファイアを見据える。最中彼は作戦前の会話を思い出していた。
× ×
「通常ザインの発する能力は科学的作用が含まれる」
授業後の学校、倉庫代わりに物が置かれている空き教室内。
そこで葛木はチョーク片手に四人に説明をしていた。
「例えば火は水をかけると消える。詳しい理由はめんどいから端折るがそうなるための原理がある」
淡々と小気味良くチョークを走らせる葛木。
「また水は電気を通したり通さなかったり。通す理由としては水内部に不純物が混ざると導電性が上がるから。また通さない理由としては最も純度の高い水《純水》は導電性が低く、ほぼ絶縁するからである」
さすが理科を受け持つことだけのことはある。科学に関しては誰よりも説明できるようだ。
「っとまあこんな感じで能力に対し科学的な理屈を当て込めることができる。そこでだ……」
手を止め縁の方を見る葛木。
「遊馬、炎は触れることができるか?」
葛木は子供でも分かるようなことを聞いてくる。
「触れることはできないです」
縁は特に気にする様子もなく答えを口にした。
「そう。触れることはできない。そのため炎に物を通しても通過してしまう。言うなれば実体が無いに等しい。ただし、炎と接触すると対象は化学変化を与えられる。燃焼と言う形でな」
再び黒板に向かいチョークを走らせる葛木。そこで三つの単語を新しく書き出す。
融合型、放出型、独立型とザインに関する三つの単語を。
「遊馬、お前はこの間放出型と独立型を相手にしたよな? あいつらの炎に実体はあったか?」
葛木の質問に縁は記憶を遡らせ思い起こす。
「いえ、二つとも実体は無かったです」
そのときの縁は実体がないと判断し、風で火を消す作戦に出た訳で。
「その二つは確かに実体は無い。主にザインから発された能力――即ちエネルギーが空間に留まっているだけだ。その留まっているものに何らかの化学変化を与えれば状態も変化する」
例えば水をかけると消えるとか風で消すとかと葛木は軽く説明した。
「ところが融合型は違う。あれはザイン本体から直接エネルギーが放出され続けている。そのため科学的作用を与えて状態を変化させてもすぐにザイン本体から新しいエネルギーが放出されるため消失させるのが難しい」
要は溢れ出る物を止めようとしても次から次へと溢れているので止めづらいとのこと。
「そうなると融合型のザインは強そうに思える――が実際そうではなかったりする」
新しく何かを描き出す葛木。すぐに描き終え葛木が退くと黒板には比率が滅茶苦茶な棒人間が画かれていた。
「ザイン本体から直接エネルギーが発されるということは必ずその下に実体――ザイン本体が存在する。コンロだって火が出ている下の部分には本体があるし、蛇口にも水道が存在する」
残念な棒人間の周りに色々書き足したところで葛木は「俺が言いたいことは分かるか?」と縁に話を振る。
「どんな能力であれ生身の人間と言う弱点があると?」
「その通り。結局のところどのタイプの能力であれ必ず生身の人間と言う部分が弱点になる。そのためザインは自分の身を守るために色々と工夫をするんだ。
例えば弱点部位に鉄板仕込んだり防刃チョッキ着込んだりとな……」
どれだけ優れていようと人間であるところはザインも変わらない。そう葛木は教えていた。
「ところがそこにも思わぬ落とし穴がある」
「それは?」
「融合型は体から直接エネルギーを発する。それは肌から直接何かを放出することに当たる。結果その身につけている物は何かしらの影響が出るんだ。
例えるならフィクションの世界で炎を纏ったり雷を纏っているとき服やら鎧やらに何の影響も出てない描写があるだろ? ザインの能力発動時に着た物はそのままで力が放出されそうだが実際は違う。
炎使いなら衣服を燃やすし雷使いなら電気を流しちまうからキャッシュカードがパー。そういった残念な状態に陥ることが度々ある。まあ、それがコントロールできたなら上位クラスの仲間入りだが」
要は服や防具は万能ではないと言うこと。それはザインの器量によって影響があったり無かったり。
体の外につけて何か影響を与える道具を有効活用したいなら能力をコントロールできるようになるか、能力の影響を受けても変化しない物を使わないといけないようだ。




