最終話 炎を穿つ者
やっとこさ最終話。
若き戦士、遊馬縁がこれからどのような戦いに身を投じるかぜひ読んでいってください。
その意思は普通ではなく、とても真っ直ぐなモノだから。
縁は古い夢を見ていた。まだ三人家族であったときの夢。
誠十郎が居て、聖が居て、自分が居る夢を。
どうしようもないくらいに愛しいと感じる思い出。しかし、どれだけ手を伸ばそうと返って来ることのない日常。
聖の死は自身が生まれたことによって引き起こされたもの。もとより心臓が人より弱かった彼女は一度の出産で多大なダメージを受けた。
縁と聖の間で紡がれた思い出は決して多くは無かった。だがそれでも縁はそのことを良く覚えているし、一度たりともその母の温もりを忘れてはいない。
また父親と交わした約束も忘れてはいなかった。
「僕はね。いつかこの剣槍術を自分の流派で広めたいと思っているんだよ」
大きな体の誠十郎が小さな縁に向かって言う。
「そうだね、名前は遊馬流で」
そのとき縁はなんと言ったのだろうか? 何故か彼はその部分の記憶が思い出せなかった。
ボサボサの髪に好き放題髭を伸ばした誠十郎はにっこりと笑う。
「はは、縁。それは嬉しい限りだよ」
どのような言葉を伝えてその様な答えが返ってきたのかは分かっていない。けれども、感謝したと言うことは縁は何かしらの肯定的なことを言ったのだろう。
「ああ、本当に嬉しいよ。君がそんなこと言ってくれるなんてね。僕は本当に果報者だ」
心から嬉しそうに笑う誠十郎。そこで彼は縁の頭を撫でながら愛おしそうに顔を見つめる。
「君のおかげで僕は最も渇望した夢が叶ったんた」
誠十郎は夢想家だった。人よりも多く夢を語る人物だった。
縁はそんな夢見がちな父を嫌っては居らず、むしろ好意を抱いていた。そんな父が口にした最たる願いは、
「……それはね――――」
× ×
縁が目を開けたときには既に朝だった。
いつもより遅めの起床。けれども布団に入った記憶は無い。その状況に判断が鈍る。
「――俺は、確か……」
夜に外に出たはず。そこで俺は水無月に会って――
「起きたかい、縁君?」
いつから居たのだろうか? ベッドの隣で椅子に腰掛けた豊久が居た。
縁はベッドの上で半身を起こし豊久に顔を向ける。
「豊久さん。俺は……」
「いやぁ、びっくりしたよ。本屋行ってから帰りが遅いなぁなんて思っていたら水無月ちゃんから電話があってね。縁君が倒れました~って言うからおいは慌てて迎えに行ったのよ」
豊久の言葉を頼りに縁は前日の記憶を思い出す。
確か初任務についてザインの少年の保護をしに行ったはず。だが着いたときにはもう手遅れで。
――――そう、〝手遅れ〟だったんだ。
ハマダタカシと言う名の少年はこの世界から永久退場した。父さんや母さん達とは違う。誰にも記憶されず、誰にも悼まれること無く世界から無かったことになった。
「辛そうな顔しているね。ガッコは念のために休んでおくかい?」
優しげな声で休養を進める豊久。
「豊久さん。ちょっとした疑問があるんだ」
「ふむ、縁君の疑問。どういったものかおいに話してくれるかい?」
「はい」
縁は深呼吸をして話の要点をまとめる。そして重たげに口を開く。
「実は最近映画を見まして、それで結末がとても気になったものがあったのです」
「ふむふむ」
「その物語の主人公はどこにでも居る少年でした。けれどあるとき彼は異能の力に目覚めて人を救うことのできる力を手に入れたんです」
あくまで映画ということで話を続ける縁。
「彼は沢山の人を救った。救ったのですが異能の力には秘密があって、力を使えば力を使うほど主人公の命を蝕んでいったのです。そして遂には力を使い果たしてしまい主人公は死んでしまった」
「それは残念な結果だね」
「通常なら彼の偉業は後世に語り継がれます。しかし、その力にはもう一つ残酷な枷があったんです」
口の中が乾く思いしながらも話を続ける縁。その様子を見ながらも豊久は黙って聞き入る。
「力を使い果たして死んだ者は世界から無かったことになると言う枷。写真に残っていても記録が存在していても誰も彼が居たと言う記憶が、彼が人々を救ったと言う記憶は無くなってしまう事実。唯一彼のことを覚えてあげられるのは同じ異能の力を持つ者と最後を見取った者のみ」
昨日見て感じた物を人に話せる程度に改変して縁は伝えた。それは、縁にとってとても納得がいかない出来事であったのだろう。
でなければ彼はそうまでして人に話したりはしない。
「縁君はその結末が気に入らなかったのかい」
豊久の問いに縁は静かに首を縦に振る。
「その結末では一応彼のことを覚えている者達は居るじゃないか。同じ異能力者と彼の最後を看取った者。その二つがあるだけでも十分救いではあるんじゃないかい?」
叔父の回答はほぼ模範的と言える回答であった。縁自身も分かっていた。昨日の水無月が言った「忘れないであげて」と言う言葉がもっとも正しいのだと。
だがそれでも縁は納得し切れてはいない。もっと違う、別の答えがあるんじゃないかと。
「その様子だと納得していないようだね」
「ええ、まあ」
「そうか。ならおい自身の意見を言おう」
「え?」
豊久は椅子から腰をあげその場に立つ。
「例え世界から彼の存在が無かったことになっても、生きてきた証が存在しなくても確かに生きていた。それだけは絶対に揺るぎはしないことだよ。
記憶が無くても彼が救った命は生き続ける。生き続け子孫を残し多くの結果を残すだろう。ならば彼がやってきたことは何一つ無駄ではなかったことになる。いや、どのような結果であれ行動を起こすことに無駄は無い。おいはそう考えているよ」
「豊久さん」
自身を見下ろす形で豊久は言った。例え存在していないことになったとしても居たことには変わらない。豊久はそう言ったのだ。
「それでも、その回答でも君が納得できないというのなら」
ぽんと、縁の頭に片手を置く豊久。そのまま彼は幼子を撫でるかのように手を髪にすかす。
「君がその主人公の行為が無駄にならない結末を用意すればいい。そうだね、先ほどの映画の内容で考えるのなら主人公を看取った者として主人公のことを語り継ぐ。ひいては主人公と同じ悲劇を繰り返さぬように誰かが犠牲を減らすようにすればいいんじゃないかな」
縁は自分の前に立つ豊久を見上げる。そこには普段と変わらぬ、見守ってくれている叔父の顔があった。
「何か掴んだようだね」
そう言って豊久は手を引っ込める。対する縁は顔をどんどん晴れやかな物に変えていく。
「それでガッコはどうするんだい?」
「いや、行きます。今日どうしてもやらないといけない仕事があるので」
「そかそか。なら行きなさい」
縁は頷くと目を覚ますために部屋の外に出る。その後姿を見送りつつ豊久は、
「ふむ、あれは戦士の目だな。本当に両親にそっくりだ」
などと一人納得した表情でうんうんと首を縦に振るのだった。
× ×
学校に着くなり朝一で水無月に容態を心配されたが、いつもの調子で縁は大丈夫と答えた。
あまりのさっぱりとした態度に彼女は不思議がるも納得して席に戻る。
それから昼休みを過ぎ、放課後になる。
葛木がいつもどおりだらけきった態度でHRを終わらせクラスメイト達は解散していく。
そこで縁は行動に出た。
「先生。少しお話が」
「あぁ? どした?」
「ハマダタカシに能力を与えた奴を教えてくれ」
縁の言葉を聞くや否や葛木はため息を吐く。
「ったく、言うと思ったよ」
本当に面倒くさそうだと言わんばかりに葛木は頭をポリポリとかく。
「水無月、荒木、渡、ちょっとこい」
葛木はくいくいと片手で三人を呼ぶ。荷物をまとめて変える準備をしていた三人は何事かと思い足早に近づいてくる。
「済まんなお前ら。このバカが獲物を所望だ」
親指で縁を刺しながら葛木が言うと、三人はやっぱりなと言う感じの表情をする。
「ここで話すのもアレだから屋上行くぞ」
「「「はい」」」
葛木の提案に四人は快い返事をして応えるのであった。




