第四話 水無月先生のザイン講座 5
「あ、うん。ちょっと待って」
気を取り直してピクピクとケモノ耳を動かす水無月。
「何故ケモノ耳? 機械の方は?」
「機械はあくまで大体の位置を示す物。より正確でラグが無いのは古有種が持つ索敵スキルの方が優秀だから」
「やっぱりそう言うものなのか」
縁は水無月のケモノ耳を見ながら一人納得の色を見せる。
「うん。大分近づいたみたい。そこの角を曲がって真っ直ぐ行けば対峙するはず」
水無月は縁の手を引きながら裏通りに通じる道へ向かう。そこで急に手を離した。いきなり手を離されたことに縁は怪訝そうな表情を浮かべる。
「何か聞こえる」
「聞こえる? 何が?」
「待って」
耳をそばだてるかのようにケモノ耳を動かす水無月。そこで、聞こえてはならないものが聞こえた。
――――オマエラミンナシネと。
「遊馬君走って!」
突如駆け出す水無月。急な動きであることに関わらず縁も続いて走り出す。
「何が聞こえたんだ?」
「子供達の悲鳴と叫び声! 多分復讐か何かだと思う!」
「それは由々しき事態だな!」
静かな夜の街を二人は靴音を立てながら駆け抜けていく。
「あと少し!」
その先で二人は開けた場所に出る。
水無月と縁の前に広がるのは小さな噴水。その側面には芝生の生い茂る公園があり、そこに彼らは居た。
腰を抜かした三人の少年。見た感じ小学生だろうか?
彼らを見下す形で対峙するのは同じく小学生であろう少年。しかし、姿はよく見えない。なぜなら彼の周囲には赤く輝く強大な火炎が揺れていたのだから。
そこで水無月達に気付いた少年の一人が震えた声で叫ぶ。
「助けてぇ! お姉ちゃん! あいつに殺される!」
ガクガクと体を震わした少年達は眼前の状況に怯えていた。なんたっておおよそ子供が体験しえぬ状況だ。怯えないはずがない。
縁はすかさずケースから小太刀と短槍を取り出し構える。そこで口を開いた。
「ここは危ないからお前達は去れ!」
縁は檄を飛ばすかのごとく少年達に罵声を浴びせる。凍り付いて動けなかった少年達は緩やかに立ち上がり、各々叫びながらこの場から逃げ出した。
爆発的に燃え上がる炎を背に立つ少年。そこからにじみ出る尋常ならない気配が水無月と縁を射抜く。
「水無月! あの子供は強力なザインなのか!?」
少年と対峙した縁が水無月に問う。それは湧き出る何かに対し反応したが故の問いだろう。
……でもね、違うの。その気配の正体は。
「水無月?」
急に振り向く縁。しかし彼は水無月の表情を見て目を丸くした。
「どうしたその顔は?」
縁は戸惑うことなく水無月を心配した。それもそのはず。今の水無月の表情は先ほどまで見せていた愛らしい表情でも笑顔でもない。冷たい顔だった。
いや、正確にはそうじゃない。その表情は悲しげモノ。ただ悲しいと言っても自身が苦しんでいるために現れる悲しみではない。他者の傷を見て胸が締め付けられたために出る哀しみの顔だった。
「遊馬君。彼を良く見て」
胸が冷めていく思いを感じながらも水無月は少年を指差す。彼女に言われた通り縁は少年を見、表情を渋く変える。
「遊馬君。彼はもう……」
水無月はそれ以上言葉を紡ごうとしなかった。
二人の目に映ったモノ。それは――――体の九割が青緑色の結晶に覆われた少年だった。
「ごめんね」
水無月はゆっくりと歩を進め少年の前に立つ。彼女の目に映る少年の顔は生きている人間とは思えないような気色をしていた。
黄色もなければ赤みもない。蝋人形の如く真っ白な顔がそこにある。
「ごめんね。君のことを解ってあげられなくて」
そっと、水無月は少年の頬に触れた。対する少年は結晶に包まれかけている口元を引きつらせながら声を発する。
「ぼく、死ぬの?」
叫ぶでもなく、怯える訳でもない声色で静かに少年は言った。
「死なないよ。ただ、眠っちゃうだけ」
「そうなんだ」
ボクはこの子にとんでもない嘘をついている。そんな気持ちが水無月に湧き。胸はえぐられそうになる。
「危ないから、炎は消そう?」
水無月の細い腕が少年の背中に回り、今にも砕け散ってしまいそうな小さな命を抱きしめる。途端、周りに揺らめいていた炎はゆっくりと鎮火する。
「水無月、その子は――」
縁が言いかけている途中で水無月が目でそれをやめさせる。
「ねえ、君の名前……教えてくれる?」
彼女は何故か少年の名前を尋ねた。
「ぼくの名前はハマダタカシ」
「歳は?」
「八歳。来月には九歳になるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
水無月と少年の間で繰り返される他愛のない会話。その間にも少年の体は結晶に蝕まれていく。
「……うん。家族のことは好きなんだね。じゃあ、将来の夢は何?」
「ぼくの夢はね、サッカー選手になってワールドカップに出ることなんだよ」
「わぁ、素晴らしい夢だね。お姉ちゃん感心しちゃうな」
「でもね、あいつらはそんなぼくの夢を笑ったんだ。お前には成れないって」
ぽつりぽつりと、感情のなかった少年の声に黒味が増していく。
「それだけじゃない。あいつらはぼくに嫌がらせするようになったんだ。死んだおじいちゃんが買ってくれた大切な……とても大切なサッカーボールをボロボロにしたんだ!」
パキンと、嫌な音が聞こえた。次の瞬間少年の一部であったはずの部位が崩れ落ちた。
「だから殺そうと思った。だけどぼくは弱い」
「だから能力を得て復讐しようと思ったの?」
「そうだよ。この炎を操る力はぼくが神様から授かった力なんだ」
水無月には、少年がどのような経緯で力を得たのか想像がついた。きっと、ザインの誰かが彼を子にしたのだろう。
その結果少年は復讐する力を得た。だがしかし、それは体も精神も未熟な少年には重すぎた。
「ごめんね。ボクが気付いてあげられなくて」
「なんでお姉ちゃんが謝るの?」
無垢な少年の瞳が水無月を射る。そこで水無月は手の力を緩め少年の顔を見つめる。
「ボクは出来るだけの力があったのに君のことを気づいてあげられなかったの。ボクが早く君を見つけて君を見てあげられれば救えたのに」
ボクは苦しいとき彼に助けてもらった。いつも、遠い場所に居た彼が……。
君の近くにも助けてくれる誰かがいればこんなことにはならなかったのに……。
かつて隣人に救われたことのある彼女は同じように苦しんでいた少年に対し哀しみを抱く。
また、少年の近くに自分が居ればこんなことにならなかったのだろうという後悔も感じた。
「……お姉ちゃん。お姉ちゃんは優しいんだね」
「そんなことないよ。ボクは人に優しくされたことがあるから誰かに優しくできるだけ」
「それでもやっぱり、お姉ちゃんは優しいな」
顔の殆どが結晶に覆われた少年は引きつった笑顔を見せる。
「ぼくのこと見てくれてありがとう」
その短い言葉にどれだけの意味が――重いが乗せられていたのかは図れない。何せ相手は子供だ。子供の語彙の量は高が知れている。
それでも水無月に何かを伝えようとしていた。拙い言葉で。
そんな少年の健気な様子に水無月は精一杯柔らかい笑顔を見せ、「おやすみ」と声をかけきゅっと抱きしめる。
すると少年を覆っていた青緑色の結晶は光源の如く光を放ち、小気味良い音を立てて砕け散った。
バラバラと降り注ぐ結晶は地面につく前に始めから無かったかの様に消失する。
「遊馬君。今の子のこと覚えている?」
水無月は背中越しに居る縁に尋ねる。
「ああ、もちろん」
「じゃあ、忘れないであげて」
「それって……」
言葉に詰まる縁。そんな彼に対し水無月は言葉を続ける。
「言ったよね。ザインは能力を使いすぎると消滅するって」
水無月は昼間話したことを踏まえて縁に伝える。
「ハマダタカシ君はね、自身の力を使いすぎたためにこの世界から居なくなっちゃったんだ。
完全なる消滅。それは文字通り始めから居なかったことになったの。もう、彼のことを覚えている人は同じザインとこの場で最後を看取った人しか記憶に無いの」
「待て、そんな簡単に人の思い出が消えるはずが……」
声を震わせる縁に対し水無月は慣れた様に口を開く。
「確かに写真や記録、物は残る。だけどね、消滅したあとにそれを見ても誰もその人が居たなんて認識できない。仮にそれを手にとってもたまたま赤の他人と写真を撮ったと言う風にしか認識されない。戸籍も登録処理の間違いとして扱われ、いずれは完全に消去される。データでさえもね」
辛い現実。ぞれがザインを取り巻く現実であった。
神の如き力を得る上で代償は要る。それは得るまでに奪られるのではなく、得たあとで扱いきれない際に代償を支払わなければならないのだ。
「自分の……自分の生きた証がどこにも残らないなんてことがあってたまるか!」
「それでも、これがザイン達(ボク達)の現実なんだよ」
水無月にとってこの経験は初めてじゃなかった。幾度と無く経験したことだ。
力を欲する理由は人それそれだが、それでも圧倒的に多い理由が強くなりたいと言う理由。
幼少期に苛められていた際に水無月が力を手に入れていたのなら必ず復讐に使っていた。もちろん結果は力の使いすぎによる自滅。
だが彼女の隣には縁が居た。そのために最も悲惨な結果は免れたのだが。
けれども、たった今世界から消え去った少年はどうなのだろうか?
彼も自分と同じように支えてくれる、守ってくれる人が居れば力なんか求めずこんな結果にならなかっただろう。
彼だけじゃない。同じ様な理由で自滅し消滅をしてきた者達に対し水無月は胸の中で謝る。ボクも同じ様な目に遭ったのに君達を助けて上げられなくてごめんと。
不意に、彼女の背後でヒューヒューと変な呼吸が聞こえた。水無月は疑問に思い振り返る。
「遊馬君?」
縁が胸を押さえて苦しそうな呼吸をしていた。いつもの無愛想な顔よりきつく険しい顔をしており、常人より尖った犬歯が見えるほど歯を食いしばっている。
それを見て明らかに異常なことを悟った水無月は慌てて縁に駆け寄る。
「どうしたの遊馬君!? ねぇ、遊馬君!?」
水無月の呼び声も空しく遂には縁は膝から崩れ落ち意識を失った。
「大丈夫!? しっかりしてよ縁君!?」
ゆさゆさと彼女は彼を揺り起こそうとする。しかし、目を開けることはなかった。
雲ひとつ無い綺麗な月夜、水無月は地に倒れた縁に向かって必死に声をかけ続けた。




