第四話 水無月先生のザイン講座 4
その日の晩、縁は夕食をとったあと本屋に行くと言って外出した。
無論本当に本屋に行くわけではない。理由は別にある。
適当な道を抜け、縁は人気のない公園へたどり着く。人気がないといっても無人ではない。一人だけ人が居た。
いや、人と呼ぶには少し変わった点がある。見た目は多少は華美な服装ではあるが、その頭には獣の耳が立っており、腰にはフサフサの尻尾が生えている。
「ごめんね遊馬君。こんな夜に電話しちゃって」
そこに居たのは荷物を背負った私服姿の水無月だった。
「いや俺は問題ない。それに任務なんだろ?」
そう、縁は任務のため夜に外出したのだ。
「うん。支部長から連絡があって、新人にはもってこいの任務を見つけたらしいよ」
「それで内容は?」
「新規のザインの確保だって。これくらいなら遊馬君でも簡単だと思うよ」
「そうか。水無月が言うならそうなんだろう」
そう言いつつも縁は水無月の頭と腰をマジマジと見る。視線に気づいた彼女は縁が言わんとすることを理解する。
「ああ、これは大丈夫。仕事モードのときしか出さないから」
仕事モードと言うからは戦いに関して何かしらの役に立つのだろう。
「そんな気はしているが大丈夫なのか?」
「夜間は思った以上に視界が悪いから大丈夫だよ。それに畳めば隠せるし、意識すれば消失することもできるしね」
「ふむ」
原理は気になったがここで話を脱線させるのを危惧し縁は黙る。
「それにしてもちょっと以外だな」
今度は水無月が縁の上から下までをじっくりと眺める。
「どこがだ?」
「いや、遊馬君はてっきり白系統か黒系統の服を着てそうなイメージがあったから……」
水無月が見つめている縁の私服は灰色の長袖シャツに綿製のカーキ色の長ズボンだった。今時の若者っぽく華美かと言えばそうではなく、また歳のいった人みたく落ち着きすぎた印象を与える程の物でもない。
「ああ、よく言われる。だけど俺は黒色も白色もあまり好めなくて」
「え、何で?」
「――死を連想するから」
その言葉を聞いて水無月は顔に疑問符を浮かべる――――と思いきやケモノ耳をペタンと畳んで本当に申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、ボク無神経なこと言っちゃった」
「いや、気にしなくていい」
縁は水無月に近づきポンポンと頭を叩いてやる。それに対して「ひゃっ」と彼女は可愛らしい悲鳴を上げた。
対する縁は馴染みない笑顔を作り「大丈夫だよ」と気にはしていないことを伝える。
「たださ、その二つは俺にとってとても重要な色だったんだ」
遠い目をして夜空を見る縁。
「白い色は聖母さんが死んだときに見た病室の色。黒い色は父さんと繭良母さんが死んだときに周りの人たちが着ていた色」
それが、縁が白と黒の色を嫌っていた理由だった。大切な人が死んだから。居なくなった日に強く印象に残ったのはその二色だった。
通常白は潔白、清純などのイメージを持たせ、黒はクールさ渋さなどのイメージを抱かせる。だが、縁は違った。家族の死によって色のイメージが人より違ったのだ。
「でも、もう過ぎたことだ。いい加減慣れないとな」
嫌うことは悪いことだと言って切り捨てようとする縁。しかし、
「悪いことじゃないよ。そういうの抱くのは」
「水無月?」
「誰だって苦手なものはある。だけど、無理やりでも治そうとするとは良くない。向き合えないんだったら向き合わない方が良い。いつか、ゆとりができて向き合えるようになってから挑めばいいとボクは思うよ」
水無月は言ったあとでハッとし、「ごめん、ボクが偉そうなこと言うのも変だよね」と慌てて謝る。
「いや、水無月の言う通りだ。……ところでさっきから背負っている荷物は何だ?」
縁は話題を変えるべく水無月の背中荷物を指差す。彼女の背には細長い角ばったケースが女の子に似合わぬ存在感を出している。
ギターケースにしては形状が長方形。管楽器類にしては凹凸が少ない。
「あ、これ? これは支部長から遊馬君にって」
「俺に?」
水無月はよっこいしょと可愛らしい声で荷物を縁に渡す。縁はそれを受け取ると側面にあるロックを開き蓋を開けた。
「刀と槍?」
そこに入っていたのは単純に言えば刀と槍だった。しかもサイズが通常の刀と槍に比べると一回りくらい小さい。
「これからの任務特殊警棒なんかじゃまともに戦えないから特注品を用意したって」
「ふむ」
縁はケースを地面に置き、中から小太刀と短槍を取り出す。
それを左右いつもの様に握って軽く振り回す。
「やけに軽いな。材質は何だ?」
「アルミナで出来ているって」
「アルミナ?」
あまり馴染みのない言葉に縁は首をかしげる。
「アルミナって言うのは酸化アルミニウムのこと。物としては強度が強くて高靭性。おまけに高熱にも耐えれる便利な金属なんだよ」
「ほう。それは良さそうだな」
縁は小太刀と短槍を使い、体に馴染ませるかのごとく振り回す。
「でもこれ大丈夫か? 見たところ完全にアウトの類だぞ?」
鉄ではないといえ、一応金属。それも鍔がなくても見た目は完全に刀なのと鋭さはないけど刃がある槍だ。
「一応非殺傷のために厚みと丸みをつけてあるから死ににくい様になってはいるよ」
縁なら加減は出来るから大丈夫だろうという含みの入った言い方だった。まあ、水無月の思う通りであり、支部長である葛木の考えの通り〝今の〟縁は加減ができる人間だ。
「それに警察に呼び止められても問題ないように身分証も持ってきたし」
ごそごそと自身のポケットを漁る水無月。そこからカードケースが出てくると、縁の顔写真入りのアクリル製の透明なカードが出てくる。
「これは?」
「防人である証の身分証。これを持っていれば未成年でも危険な物を持っていてもお咎め無しなの。でもまだ本格的な手続きが済んでないからこの仮カードを渡しておくね」
縁は水無月からカードを受け取ると、ポケットの中の財布に押し込む。
「じゃあ、そろそろ依頼の方を開始しようか」
「分かった」
縁は快く返事をすると小太刀と短槍をケースに仕舞う。それを背負い水無月の隣に並んだ。
「じゃあ行こうか」
「ああ」
二人は目的地を目差して夜の公園から出るのであった。
× ×
薄暗い夜道を縁の前に立ち先導する水無月。そこで縁が口を開く。
「一見すると当てもなく歩いているように思えるのだが」
言われて水無月はしまったという顔をする。
――そう言えばボク説明していなかったなぁ。
「あのね、実はザインの居場所は機械で検知出来るんだ」
「ほう。それはどんな風に?」
「基本ザインは力を使用していないときは普通の人と何の差もないんだけど、力を使ったとき一定の波長が出るの。その波長を機械で検知するといつどこで力を使用したかピンポイントでエリアを特定できるんだ。更には使用者を特定すればデータが記録されて次からはどのザインが力を使ったか分かるんだよ」
水無月の話を聞いて納得する様子を見せる縁。それを見た水無月は内心胸を撫で下ろしつつ話を続ける。
「でね、その機械っていうのは町中にセットされているから一部のレベルの高いエリアを除けばほぼ場所を特定できるんだ」
特定できないエリアは皇居とか山奥とかだよと説明を付け加える。
「ちなみにそれを受信する機械はこれ」
水無月はそう言いながら足を止め、左腕を縁の前に差し出して袖をまくった。
そこには小さく黒い液晶が腕に留められていた。
「この液晶に色々な情報が流れるの。タッチパネルだからポンと押せばこうやって情報が出る」
縁に見せるべく水無月は機械の液晶を指で叩く。すると液晶画面はナビを起動し、対象が居るであろう行き先に向かってガイドカーソルが表示する。
「これは便利そうだな。だが何故かプレデターを連想したくなるが」
「まあ、あの映画に出てくる宇宙人の道具は結構科学者にとっては目標みたいな物だから」
「確かに」
僅かに緩めた表情を見て水無月はクスクスと笑いながらも再び歩き出す。
「こんなのがあれば探すのは簡単そうだな」
縁も水無月の隣に並ぶ形で足を進める。
「うん。でも十年位前まではなかったんだ。出来たのは結構最近」
「そうなると今まではどうやって探していたんだ」
「それはね……」
縁の問いに対し水無月は頭のケモノ耳をぴくぴくと動かす。
「ボクを含めた《古有種》達はザインや特別な存在の探知が出来るの」
「古有種?」
水無月の口から出てきた言葉が聞いたことないのか縁は変な声を上げる。
「えっとね、古有種ってのは古くから存在する種別。正確に言うと人ならざる者のことを指すの」
「人ならざる者。と言うと鬼や悪魔などの類とか?」
「うん、そう言う人達も居る。普段は人間の姿をしているけど本質は人じゃない存在。
……ねぇ遊馬君は九尾の狐って知っている?」
「知っているよ。昔居た狐の大妖怪のことだろ?」
「そう。でね、実は妖怪とかモンスターのほとんどは古有種に属されるの。その中で有名どころはほとんど人に化けられる。九尾の狐は日本で一番有名な古有種の家系で、今も人に化けながら子孫を増やし生きているの」
水無月の話す内容に縁は聞き入る。そこで縁は「水無月もそうなのか?」と尋ねてきた。
……正直、これ以上は話したくない。ここで会話を終わらしたいという気持ちが水無月の胸の中に沸き始める。
しかし、これを話しておかないと今後の防人同士としての関係に支障が出るかもしれない。そう思って彼女は言葉を紡ぐ。
「うん。ボクは……ボクの家系は由緒正しき三尾の狐の家系。基本は人の姿をしているけど本当の姿は三つの尻尾を持った化け狐なんだ」
徐々に声のトーンを落としながら少女は言った。
「ボク達狐の一族は尻尾の数で優劣が決まる。その中でボク達三尾の狐は九尾から数えると弱い方の部類に入るの。
でもね、それでも人とは違うところが沢山あるんだ。体のつくり(頑丈さ)が違うし寿命も百五十年は軽く生きてしまう。人間と愛を育んでも相手の方が必ず早く死ぬし、生まれてくる子もほぼ化け狐」
静かに聞き入る縁に対し水無月はやや苦笑いをしながら「ね、普通じゃないでしょ?」と言う。
「やっぱりね、本当の姿を見るとみんな引いちゃうんだ。だからなるべく狐の姿は誰にも見せたくないの。ほら、映画で出てくるCGよりも生々しいからさ」
冗談の様に愛想を入れつつ話してはいるが、少女の胸はギュウギュウと締め付けられていた。
仕事をする上で話をしないといけないのは分かる。だけど、彼にだけは自分と人間との違いを理解して欲しくなかった。
理解されたらきっと深い溝が出来る。今までだってそうだった。化け狐と人間では釣り合わない。釣り合わない故に自らの存在を秘匿し続けてきた。
知ってもらい、理解してもらい、それでも距離が離れることなく近づいてくれるのであれば水無月はすぐ話したであろう。だが、今まで生きてきた中で彼女は人間に拒絶しかされていない。
防人と言う組織に入り、ザインとして存在することで今の地位を得ることは出来た。だけど、それは戦う者としての地位であり、彼女(水無月 月華)としての存在が認められたわけじゃない。
所詮化け物は化け物。人間の姿をしていたって、可愛らしい少女の姿をとっていたって人間とは違うのだ。
だから、次に縁がとるであろう行動が、話すであろう言葉が彼女にとってとてつもなく恐ろしく感じられた。
「そうか」
静かな言葉が縁の口から発される。水無月は縁に気付かれぬように拳を握り締める。
――――きっと、化け物だって思われた。君に――貴方だけにはそう思われたくなかったのにな。
唇の端を噛む。表情には出ぬよう静かに。
「何力んでいるんだ水無月?」
すっと、縁が強く握り締めていた彼女の拳を握る。突然の行動に水無月はケモノ耳をピンと立て驚く。
「遊馬君今人の話し聞いてた!?」
「む、心外だな。一から十までしっかりと聞いていたぞ?」
「じゃあボクが何者か分かったでしょ?」
「ああ、人とはちょっと違った根っからのケモノ少女だと言うことが分かった」
――――――はい? それだけ?
自身の予想していた対応とは違い、縁は斜め上の回答をする。
「別にそんなこと気にする必要はないだろうが。十人十色。自分と全く一緒の人間が居ると提唱する奴が居たら俺が殴り飛ばす」
「…………でも」
それでも自分は人間ではないと言葉を続けようとすると、縁が遮る。
「水無月は水無月だ。それは天地がひっくり返ったって変わらない。それに水無月からすれば俺達の方が種族的には異常なんだから。――いや、そう言う考えは切り捨てろ。そんな程度の低い話は犬も食わん話題だ」
語尾を強めて言うものの、手は優しく水無月の拳に添えられていた。
「別に俺は水無月が何者であったって気にしないし距離を取らないよ。絶対に嫌いにならない。これだけは約束する」
「遊馬君。それって」
「ああ、俺は水無月のことを好きってことさ」
その一言で文字通り水無月は爆発した。モクモクと頭から煙を出し、顔は煮ダコよりも赤かった。
「――友達としてな」
柔らかく微笑む縁。ところが対する水無月は顔色が赤から一気に青へと変わる。
そんな彼女は胸の中でこう呟く。ですよね~と。
「結構歩いたがそろそろじゃないのか?」
ケモノ耳ごとうな垂れる水無月を他所に縁は聞いてくる。




