第四話 水無月先生のザイン講座 3
「それが能力者の名称の意味」
「そうなのか」
水無月が淡々と説明するのを縁は黙って聞き入る。
「でね、世界はザインの存在を秘匿するべく対能力者組織を立ち上げたの。日本は防人だけど他の国は自分達の国に沿った名称で組織があるんだ」
「国が関わっているから今まで情報が一切出なかった訳か」
納得しかける縁だが、待てよという考えが浮かぶ。
「国がいくら圧力をかけたってマスコミをごまかすのは無理じゃないか? それ以外にも個人がネットでスレッド立てたりする場合もあるし」
大概マスコミは国の情報をバラす。いくら国が隠蔽するからと言っても限界がある。
「確かに遊馬君の言う通りだよ。でもね、それはマスコミが普通の人間で構成されている場合」
「その言い方から察するにマスコミにもザインが居ると?」
「そう。マスコミや警察、地域の方々までザインは存在する。彼らは自身の持っている力の危険性を十分理解している。そのため情報が漏洩しないように日々隠蔽工作しているの」
説明しつつ水無月は「意外とザインはどの街にも居て多く存在しているんだよ」と補足を付け加える。
それらの話を聞いた縁は理解した。
……簡単な話だ。要はザインに関しては国中がグルと言う訳か。
各々が力の在り方と危険性を理解している。そのため情報を守秘しているのだ。それは昨今の世の中では珍しいことだが。
「ボクのところの家系もそうだし、雄吾君家も古くから土地を守り情報を秘匿し続けている由緒正しき家系なんだよ」
それは初耳だと縁は言う。対して水無月は「守秘義務があるもん」とだけ応えた。
「そうなると修介はどうなんだ?」
二人がそうなら修介はどうなる? そんな疑問が縁の頭を駆ける。
「僕? 僕のところは一般家庭。ザインのザの字も知らないよ」
「修介君の家はザインのことを一切知らない家庭でね、修介君自体も中学校まではザインのことを知らなかったんだよ」
「む、どう言うことだ?」
意味が分からないと言う感じで縁が尋ねる。そこで回答を述べるべく修介が口を開いた。
「僕はある日突然ザインの力に目覚めたんだ。本来ならとても珍しいことなんだけどね、たまたま僕は才能があったか何かで能力が発現したんだよ」
修介は「僕もあのときは驚いたよ」と困ったような顔をしつつも営業スマイルをしながらそう言う。
「ここで補足説明ね。遊馬君はザインがどのように増えるか分かる?」
突如水無月に振られた質問。縁は考える。
先ほどの修介の発言から察するにある日突然目覚めるパターンと他に何らかの要素を得て力が目覚めるのだろう。
「遺伝とか?」
「ちょっと惜しいかな」
縁の答えは水無月からするとちょっと惜しいらしい。
「確かに突発的に目覚めるケースで遺伝的なのもある。だけどね、主の増やし方はそうじゃないんだ」
「と言うと?」
「ザインはある程度力を使いこなせるようになると能力を他人に与えられるようになるの」
「そうか。って待てよ、そうなると数が……」
縁は言葉に詰まる。彼の頭に浮かんだ答えがあまりにも非現実的すぎたからだ。
一人のザインが複数の人間に能力を与えるとする。今度は与えられた複数のザインが倍数の人間に能力を与える。となると答えは……。
「普通に考えれば世の中ザインまみれになるね」
「だよな」
そんなに居たら秘匿も糞もない。フィクションの世界であるような能力者で溢れた社会が生まれるであろう。
「でも現実そうなっていない。それは何故か?」
「能力を与えられる上で条件があると?」
「さすが遊馬君。良く分かってるね」
水無月はホニャっとした笑顔で手をパチパチする。
「ザインは他人に能力を与える上で様々な制限を受けるの。一つは一人一生に三人までしか能力を与えられない。この制限によって数が増えるスピードは緩やかなの」
無制限と三人とでは大きく話が違う。確かにそれならば数の少なさに納得がいく。
「二つ目は適正。仮に能力を与えたとしても与えられた人が能力を発現できるかはその人次第。仮に失敗したらその人に与えた一回分は消滅して無駄になっちゃう訳」
一生に三人にしか与えられない能力。その貴重な三回が全て失敗すればザインは増えない。実にシビアさが感じられる増やし方だ。
「で、三つ目。これは重要。ザインになりたての人達は大抵能力が上手くコントロールできない。結果自滅しちゃう」
「自滅?」
「うん、文字通り自分で消滅するの」
水無月の口から発される自滅は少し物騒な意味合いを含んでいた。
自滅とは本来自分の起こしたことが原因となって自分自身に悪い結果をもたらすことを指す。だが、水無月の口ぶりからはそうではないことが窺える。
「昨日の戦っていた放出系のザインの子達覚えている?」
「ああ、一応な」
「じゃあ、彼らの体に青緑色の結晶が出ていたことは?」
「結晶?」
縁は前日の戦闘を思い返す。そういえば、彼らの体には怪しげな結晶が出現していたなと。
「ザインはね、能力を使い続けると体から緑色の結晶を発生させるの。でね、その結晶が増え続けると次第に体全体を包み込んで最後には……」
「最後には?」
「――ザインごと消滅するの」
……何だって?
消滅という言葉に疑問を浮かべるも縁は複数の意味を頭からはじき出し、これではないかという答えが導き出される。
「それは、死ぬってことか?」
「死ねる方がまだマシだよ。ザインは能力を使いすぎた場合ね、この世から消滅して〝無かった〟ことになるの」
その言葉の意味は深く語る必要はあるまい。一言で片付けるのであればこういうことだ。
――それは始めから存在しなかった。と。
「だからルーキーは長生きできない。力をコントロールできないし、欲望を抑えることができない。そのために世界はザインの能力を秘匿した。
だってね、望みを叶えうる力を持ったら人は大抵欲に負けて力を使う。その果てに暴走が起こり、一日で人類の三分の一は無かったことになる」
縁は理解する。何故能力が世界に溢れないか?
一つは与えられる人数に上限がある。二つ目は適正。そして三つ目は使用するに当たって起こりうるリスク。それらがあるためザインは簡単には増えない。
また、周囲が何故それを秘匿したがるか? 簡単なことだ。彼らは得られることよりも失うことの方が多いことを知っている。知っているからこそ他人に最も避けなければならない悲劇が起こらぬように情報を秘匿しているのだ。
「暗い話が続くけどね、それ以外にも増える方法はあるの」
「と言うと?」
「それは無能力者がザインを殺して能力を奪う方法。これも適性によっては発現しない場合があるけど、力欲しさに相手を殺すか先に三回を使い切ってしまったために新たに有力になり得る人材に力を分け与える方法として存在するの」
前者は最悪だが後者はなんとなく共感できなくもない。一応縁は後者の方を納得していたり。何せ彼は師弟の関係を好んでいるからだ。
「でね、さっき修介君が能力が突然目覚めたって言ったよね? それが残りのパターンである突発的に目覚めるケース」
「原因は?」
「今のところ不明。でも突然目覚めるからには理由があるだろうって言うのが学者さんたちの見解。でね、一番考えられるケースは遺伝。親がザインとして優秀だった場合、子供はほぼザインになるって」
「それは大変な話だな」
「それで修介君の場合は調べたところ親類は誰一人ザインじゃなかった」
「だとすると修介は本当にレアケースだと?」
「そう、それに彼の能力も特殊だし」
二人は揃って修介の顔を見る。彼は何が楽しいのかこれまた顔をニコニコとさせていた。
「彼のザインは武器生成のザイン。一応基本の三タイプに属していてタイプは放出型」
「放出型ってことは武器を飛ばすってことか?」
「通常はそうなんだけど武器生成系の能力は特殊なタイプだから三タイプの仕組みを無視して持つことが出来るの」
そうなると手持ち武器のフリをして戦うことが出来る訳なのだが。
「要は僕の能力は騙まし討ちにも向いていると言うことなのさ」
修介が単純な言葉で説明してくれる。
ザインは基本の三タイプと属性で能力の構成が決まる。なら通常どのザインもそれの通りにしか相手は居ないと思うはずだ。
そこで修介のような特殊なタイプが戦闘に出てきたらどうなるか? 答えは簡単。相手は混乱して隙を見せまくるだろう。
「実はね、この武器生成のザインは最も古くから世界に存在し、またその特性ゆえに重宝されているの。ほら、アーサー王伝説って知っている?」
「確かブリテンを治めた王の話だったよな」
「そう、それで彼の持っていた聖剣エクスカリバーはね、武器生成の能力で作られた物だったんだよ」
……む? どう言う意味だ?
「そうなるとアーサー王がザインだったと?」
「ううん、彼はザインじゃない。彼の近くに居た魔法使いマーリーンが武器生成のザインだったの」
水無月の口から語られる歴史の真実。それは冗談めいたものにしか思えなかった。だが、説明する水無月の顔は真剣そのものである。
「他にも多くの歴史的有名人がザインだったり、その力で作られている物を使って後世に名を残した人たちが居るの。そうだね、日本にも熱田神宮に草薙の剣が祭られているでしょ? あれも武器生成の能力で生み出されたものなんだよ」
今までの歴史の常識をひっくり返す水無月の説明。昔から英雄は英雄足りえる条件を持っていたそうだ。
ところが縁は混乱する。決して話が分からなかった訳ではない。頭が回るから混乱したのだ。
「待て待て待て、ザインが死んだら能力はどうなる?」
「通常はザインが死んだと同時に能力は消滅するんだけど、特殊なタイプはザインが死んでも残る傾向があるの。
なんて言うのかな? 物自体に力が宿るケース。日本古来の言葉で言うなら九十九神になるって言うのかな。そうやって完全に別モノ化した能力は装備するだけで力を持たない人でもザインと同じ力を発揮することが出来るんだ」
ここまでくると何でもありだな。などと言う感想を縁は抱いた。
「だから修介君の力は重宝されるの。仮に彼が死する時が来たとしても後世に彼の培った戦闘技術の結晶である力は残り続ける。それは新しい持ち主の手に渡って人を救済するだろうって」
あまり実感は沸かないが、修介は本当に特殊な人物のようだ。
良いか悪いかは本人次第だが、彼は天からとてつもない力を与えられたらしい。
「ちなみに修介のザインはどんなのだ?」
「僕の能力? 僕のは刀の生成。それ故コードネームも刀にちなんで小烏丸と名乗っているよ」
「……はぁ。お前が刀を持つのは非常に違和感がないな」
やや呆れ気味で縁は言った。
修介は帰宅部ではない。彼は剣道部に所属している。それも既に主戦力として配置されるほど。
幼少期から縁は付き合いがあるが、修介は出会った当時からずっと剣道をやっていた。そのため度々縁とは練習の名の下他流試合を行っている。そのため縁は修介の剣道での腕前を良く知っている。
ちなみにこれは余談だが、学校の授業で剣道をやる際は二人とも必ずマイ竹刀を持ってくる。理由としては二人の苛烈な攻防に学校の竹刀では耐えられないからだ。故に二人揃ってバンブーソードデストロイヤーと言われている。
「これで最後の話になるけど対能力者対策組織の話をするよ」
「ああ、頼む」
「対能力者組織は割と古くから世界各国に存在していて、日本なら防人、アメリカならストレングス、イギリスならMIA、フランスならシュバリエって言う風に幾つも存在するの。それらは主にザインの秘匿と保護、そして犯罪に加担する者の鎮圧などを担っているの」
水無月いわくざっくりとした説明はこうだ。
ザインのことを扱う大本の組織、国連のような物があり、その傘下に各国の対能力者組織が幾つも存在するようだ。
中でも日本の組織は防人という名前の機関だそうで。なんとも生真面目臭いというか華美ではないネーミングだ。
「でね、組織内の年齢制限なんだけどほぼ無いに等しいかな」
「それは何故?」
「自らの在り方を理解した瞬間から組織は、防人はその人を仲間と認める。
要は適材適所。大人には大人にしかできないこと。子供には子供にしかできないことがあるから。その上でボク達は子供にしかできないことをするべく日々暗躍しているの」
さすがに子供じゃできないことは大人に任せるけどねと水無月は付け加える。
水無月を含め、人を守るという思想を持った者同士が手を組むことによって世界に混乱を起こさず、平穏な時間を与えていたんだな。
「だからね、ボク達は誰かに強制されて組織に属している訳じゃない。自身の能力を――人とは違って何が出来るかを考えたために入ることを決めたんだ」
「そう。僕らはさ、意外と他人思いなんだよ。力を持っていても見せなきゃ他者には必要とされない。だけど、それを隠し生きていくことができなかった。
だってさ、それは人を見殺しにするってことと同意義なんだよ。例えばレスキュー隊が人を助け得る力があったのに現場の悲惨さに目を背け逃げたならどうなる? どう考えたって相手を見殺しているよね。僕らはそう言うのが嫌だから、また自分達と同じ力によって誰かが傷つくのが耐えられないから防人に入ることにしたんだよ」
「ああ、俺達はザインであることを恨んでやいないし、むしろそれを誇りに思っているんだ。だってよ、簡単に言えば俺達は正義の味方に成れる力を備えているんだ。それを善行に使わなくてどうするって言うんだよ」
三人は、恥ずかしがることもなく各々口にした。その言葉は自信に満ちており、選んだことは間違っていないという確信すら取れるものだ。
それを聞いた縁は僅かだが恥じた。考えが違うなと。俺が防人に入った目的は強くなりたいから。でも彼らは人を守るために属している。
自分のためと誰かのため。その差に、在り方に彼は恥を抱く。
……俺も、全うな生き方をしていればこんな風に思えていたのかもしれない。あの人が死ななければ俺はもしかしたら……。
「遊馬君?」
怪訝そうな顔で縁の顔を見つめる水無月。縁は思考を無理やり振り払い、ぎこちない笑みを浮かべる。
「ふむ、そうだったのか。三人とも良き考えで組織に所属しているんだな。俺とは違うよ」
「そんなことないよ。ボクだって始めはそこまで強く考えていた訳じゃないし……。それに今は考えが不確かでもいつかは遊馬君だけの理由が見つかると思うよ」
涼やかな声で言葉を紡ぐ水無月。彼女の言葉には取り繕った感じはなく、本心から言っているのだと縁には窺えた。
……いつか、俺は目的を見出すことをできるのだろうか? そしたら俺は今まで埋まらなかったものが埋まるのだろうか?
「縁」
急に肩を叩かれ縁は先ほどまでの思考を遮断する。肩を叩いた手を追うと、その先には雄吾が居た。
「あんまし焦んなよ。お前だってケンカで俺を倒したときに言ったろ? 『一歩を意識しろ。飛び越えようとするのは愚行だ』って」
その台詞に以前彼にかけた言葉を思い出した。
小学校の頃、勝つまで挑み続けてきた修吾。そんな彼に縁はそう言ったのだ。
ならば自身もそうでなければならない。今考えたって仕方がない。真に今やるべきことは一歩を確実に踏み出すことだ。
「すまん雄吾。正直焦っていた」
素直に縁は雄吾に言葉を返す。対する親友は二ヘラと笑う。
「それでね。ボクと雄吾君と修介君は防人の中でチームを組んでいて、また学校では二人はボクの正体を隠すためのカバー役でもあるんだよ」
そう言って二人に向かって手を向ける水無月。
昨日葛木が言っていたカバー役は二人のことだった様だ。通りで仲がいい訳で。
「だけどまあ水無月や修介はともかく、雄吾が組織に入っているのは喧嘩をしたいからだと思っていたよ」
「おいおい縁、お前俺を何だと思っていたんだ?」
「ヤンキー」
縁の一言に雄吾は崩れる。しかし事実だ。そのことを理解している修介と水無月は顔を隠しながらクククと笑う。
「ったく、やっぱりお前はザインじゃなくても面白い奴だよ」
「同感だね」
「ボクもそう思うよ」
頭に疑問符を浮かべる縁を尻目に三人はにこやかに笑うのだった。




