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第一話 新学期

第一話 新学期


 日も昇りかけた時刻。一部の人達しか起きていない世界で縁は一人道場に立っていた。

 右手には木製の短槍を持ち、左手には木製の小太刀を持つ。旗から見れば奇妙な組み合わせだ。

 そんな彼の顔はとても涼やかで穏やかそのもの。また顔つきは鋭く、今の時代には見られぬ男らしさが窺える。


 縁は武器を手に意識を集中する。そこであるイメージを思い浮かべていた。

 目の前に人が立っている。身長が180cm超えの大柄な体格の男性。少し歳をとっている。

 右手には短槍、左手には小太刀を握っている。独特の構えで武器を持ち、自分を睨み据えている。彼はそうイメージする。


 ゆっくりと目を開けると、そこには誰も居なかった。けれど縁の目には見えていた。かつて自身に戦い方を教えてくれた師が。

 縁は鋭い視線で師を見つめる。対する師はにこやかに微笑む。

 生者と死者の対峙。それが縁と師の日常であり、一日の始まりであった。

 二人は目と目で通じ合うと、互いに武器を構えあう。そこで静寂から重々しい空気が流れ始める。

 戦いの空気。それが二人の間に流れ始めていた。


「行きます」


 挨拶するかのように一言呟く。直後、地面を蹴って一気に相手の懐に飛び込む縁。そこで左手の小太刀を大きく振るった。

 ヒュッと振られた小太刀は相手に当たることも掠ることも無く、空を切る。縁は外れたことを理解すると、即座に右手の短槍を突き出す。

 だが、師の左手にある小太刀が簡単に短槍を払った。それだけではない。師の右手は細やかに動き、縁目掛けて短槍を放ってくる。


 ――ああ、いつもながら正確で無駄の無い動きだ。 

 縁は胸の中でそう言いつつ自身もなるべく動きを小さくし、それを避ける。

 しかし、攻撃は一度だけではなかった。続け様に二度三度と短槍が突き出される。

 縁はそれをギリギリまで引き付けて避け、隙を探る。


 ……まだだ。短槍は伸びきってはいない。まだ出るタイミングではない。

 冷静に相手の動きをよく見る縁。連続で放たれる短槍は先ほどよりも大きく突き出されたあと、すばやくに師の体へ戻っていく。そこで縁が反撃に出た。


「そこだ!」


 ダンと踏み込み、小太刀を相手の首目掛けて振るう。師の短槍は引くモーションに入っているために防御に回れない。これなら攻撃は通る!

 ところが、師は縁の踏み込みに驚かなかった。まるでそうすることを知っていたかの様に。それだけではない。慌てることなく迅速に、左手の小太刀を自身の首の前に構え縁の斬撃を防ぐ。この状況では小太刀で打ち合うのは無意味。ならば――。

 そこで縁は右手の短槍を短く持ち、師の顔目掛けて突き出した。変則的な槍の攻撃。槍本来のリーチを無視した攻撃。これなら上手くいくだろう。


「ちぃ!」


 されど縁は舌打ちをする。なぜなら師は彼の攻撃を顔を逸らすだけで避けきったからだ。それは普通じゃない動体視力の持ち主だと言うことを示していた。

 縁はすぐさま横に向かって薙ぎを入れる。しかし、当たらない。師は即座にしゃがんで短槍を回避していた。

 だが、師の行動はそれだけじゃなかった。縁の脚を払うべく低めの回し蹴りが繰り出される。 避けると共に攻撃に転じるとは……。いつも通り抜け目の無い人物だ。

 縁は感心しつつもその場で跳躍し、それを避ける。

 空中に浮かんでいるところで師は短槍を突き出してくる。普通に考えれば避けられない。しかし縁は顔を歪めることなく、逆に微笑む。

 そんな初歩的な攻撃を避けることは、今の自分には造作も無いと思っていたからである。

 事実縁は小太刀でそれを払い、短槍で攻撃のモーションに入っている師に一撃を当てに行く。

 突き出された短槍は見事に直撃した。だが、当たった部位は師の小太刀。どう考えても決定打ではない。


 後ろに跳躍して距離を取る師。縁も着地したところで一歩下がる。一筋縄ではいかないなと彼は一人胸の中で呟く。

 よく相手の動きを見ながら次の攻撃方法を模索する。現状は中距離以上。近づいたならまず短槍で攻撃されるだろう。

 ならば、一気に懐にもぐりこんで小太刀で仕掛けた方がいいはず。

 縁は足を引き、両手の武器が走るのに邪魔にならないように背中側に向ける。そして、一気に疾走した。


「打たせてもらう!」


 通常、異なる二種類の武器を同時に扱うことは難しい。小太刀には小太刀のリーチがあるし、短槍には短槍のリーチがある。

 小太刀は近距離での戦闘は向いているが、中距離の戦闘には向かない。軽くてスピードの速い攻撃は出来るが、距離が開くと攻撃できなくなってしまうデメリットがある。

 逆に短槍は中距離の相手と戦うには申し分ない力を発揮する。それに小太刀と比べると遥かに威力が強い。一撃必殺の力を持っている。

 だが近距離だと長すぎるリーチのために取り回しが悪いし、重さがあるために振り回しづらい。それは近距離の敵には向かないということだ。


 どちらもメリットデメリットがある武器だが、状況に応じて使い分ければ恐ろしい力を発揮する。

 その両方の特性を把握した近接武術がこそ、今彼らの使っている《古式唐沢流剣槍術》だ。

 縁はその唐沢流を免許皆伝とはいかないものの、ある程度使いこなせるところまでは到達していた。しかし、現状ではまだまだ力不足を理解しているために日々精進して鍛錬に明け暮れている訳だが。


「ふぅ」


 その後何度か打ち合ったところで縁は鍛錬をやめた。

 両手の武器を腰に収め、師の前に立つ。


「今日も鍛錬に付き合っていただきありがとうございました」


 そう言ってお辞儀をする縁。

 次に頭を上げたときには師はやんわりと微笑んだ後、うっすらともやがかかるみたいに消えていった。

 武器をしまうべく壁に備え付けてある棚に向かう縁。そこで出入り口付近で人の気配がした。その気配に対して縁は昂っている気を急激に静める。


「おにいちゃん。朝ごはんが準備できたよ~」

「ああ、おはよう音芭」


 そこには小学生の少女が入り口の戸を開けて立っていた。

 彼女の名前は御影みかげ 音芭おとは。私立八剣小学校に通う二年生で、縁の住む家の主である御影家の一人娘だ。

 髪は長く、綺麗な黒髪を後頭部で結っている。簡単に言えばポニーテールだ。

 縁は「ちょっと待っていてくれ」と声をかけたあと、武器を棚にしまって音芭の元に行く。


「今日もおけいこ?」

「ああ、父さんにつけてもらっていた」

「お父さん? 伯父さんのこと?」

「そう、伯父さん」


 それを聞いた音芭は不思議そうな顔をする。


「あれ? 伯父さんってもう居ないんだよね?」

「ああ、ずっと昔に遠いところに旅立っちゃったよ」

「だったらどうやっておけいこしてもらうの?」


 縁の言っていることは小学生の彼女には難しかったのか、「なんで? どうやって?」と頭に?マークを浮かべながら考え込んでいた。

 縁はそんな音芭の頭に手をポンと載せてやる。


「大きくなれば分かるよ」

「そうなの?」

「そうなの」


 そう言って縁は道場を後にした。


             ×                   ×


 鍛錬のあと、縁はシャワーを浴びる。

 スポーツをするものならシャワーを浴びるのが当然だが、男性で浴びるというのはそこまで多くは無いだろう。

 特に年頃の男子高校生なら尚更だ。そんなことをやる暇があるなら別のことに時間を割く。けれど縁は綺麗好きであるために汗をかいたら絶対にシャワーを浴びるように心がけている。

 一応これでもエチケットは心得ている訳で。

 体を清潔にしたところで縁は自室に戻り、制服に着替える。一通りの準備をし終わったところで荷物を持ってリビングへと向かった。

 リビングに入ると大きな食卓テーブルには朝食が並べられており、音芭が小さな体でテーブルに料理を配膳している。

 テーブルには既に一人、新聞を読んでいる人物が居た。縁はその人に声をかける。


「おはようございます。豊久さん」

「おお、おはよう縁君」


 柔らかな笑顔と共に返事を返す和服の男性。


 御影みかげ 豊久とよひさ。縁の叔父であり音芭の父親である彼は生粋の日本人で、黒髪の短髪。服は和服と言った古風な格好をしている人物である。

仕事は整体師。終日には家の裏の道場で剣道の指南をしている。割とこの辺では人気があるらしい。性格はと言うと〝少し〟面白い人だ。


「あらおはよう縁君」

「おはようございます。千種さん」


 女性はキッチンから出てくると、縁に元気のある声で挨拶をする。

 彼女は豊久の妻であり縁の父親の妹で叔母に当たる人物、名は御影みかげ 千種ちぐさと言う。

 彼女の容姿はとても美しく、髪は短めで若干明るめの茶髪だ。またスタイルは出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるタイプでもある。

 日常生活の中で彼女は家事全般をこなし、普段はみんなが居ない昼間に花屋でアルバイトをしている。性格は一般的な女性と比べるとやや男勝りな気性の人である。


「あ、おはよう兄さん」


 可愛らしい声と共にもう一人キッチンから出てくる。縁は彼女に気付くと近くまで行き、挨拶を交わす。


「おはよう柚姫」


 少女の名は遊馬あすま 柚姫ゆずき。私立草薙大付属中学校の三年生であり、縁の義妹だ。

 義妹と言っても豊久の実子ではなく、縁の父親が再婚した相手の連れ子である。そのため彼女と縁は血が繋がっていない。

 そんな柚姫の容姿は十四歳には見えない可憐さを持っており、やや黄みがかったロングヘアーをカチューシャで止めている。

 また、性格も歳の割には落ち着いており、しとやかで誰ともすぐ打ち解ける子である。


「さて、みんな揃ったことだし朝食にしようか」


 豊久はそう言って新聞をたたみ、テーブルの脇に置く。そこに他の四人も次々と席に着いた。

 家族全員で食卓を囲む。それが遊馬家と御影家の毎日繰り返される朝の風景であった。



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