第三話 ザイン 4
ここから先は誰も観たことのないエリアです。
随分と長い間時間をかけて話を書きました。
正確には視点の変更や描写の書き直しなど。
書けば書くほど修正点が増えるものだから恐ろしい。
水無月は内心穏やかな気持ちで少年達に挑んでいた。戦いにより気持ちが昂ることなく、静かな思いで。
一対三。通常なら分の悪い戦い。しかし彼らの姿もそうだが、立ち方のバランスが悪い。それは戦うことに対して経験が少ないことを窺わせる。
対する水無月はつま先から頭までバランスの取れた立ち方をしている。即ち彼女が戦い方を心得ているということの現われでもある。
現に彼女は炎の魔人が近づけば距離を開け、炎の玉が飛んできたらそれを避ける。
ある程度回避し、攻撃が止んだ隙に水球を三人に向かって放つ。危険を察知した三人は急いで散らばった。
――何故水無月は彼らと戦っているか?
水無月が相手をしている少年達は能力者狩りと言った。また、水無月自身も対能力者組織《防人》に所属する者と言う。
簡単に考えればこれは異能を悪用する者とそれを律する者の戦い。もちろん悪用するのは少年達であり、律する者は水無月である訳だが。
彼女は上司から近頃街中で犯罪を起こしているザインを捕獲するように命じられていた。そのため夜になると町の巡回をし、対象を捕獲すると言う生活を行っていたのだ。
あくまで捕獲。相手を殺す訳ではない。それは水無月とその上に居る者達が掲げているモノ。
要は防人と言うのは警察と同意義なのである。ただ、水無月の様に若い子が対象を捕まえるという若干の差異があるが。
「そんな攻撃当たらないぜ!」
少年達は回避し終わったあと、再び水無月に攻撃してくる。水無月は掠ることなくそれを避ける。
……早く決着をつけたいけど少し面倒そうな相手だな。まあ、仮に多少長引いても問題ないけど。さっき支部長から援護を送るって連絡もあったし。気楽にやろうかな。
そんなことを考えながらも水無月は三人相手に瞬時に状況判断し、反撃する。
互いに一進一退の攻防。それに対して炎の玉を放つ少年二人が痺れを切らす。
「くそぉ! とっとと燃えやがれ!」
「当たりなぁ!」
二人は先ほどよりも倍の量の炎を放つ。それを水無月は当たり前のように苦も無く避けた。
「ちくしょー!」
「ピョコピョコ飛び回りやがって!」
完全に熱くなる二人。すると、彼らの体に変化が起こる。
指先の皮膚の上に青緑色の結晶が発生し始める。それに気付いた少年達のボスが慌てて二人を止める。
「おいお前ら! 能力の使いすぎだ! 体が結晶化しているぞ!」
「あ、しまった」
「すいやせん。ちょっと撃ち過ぎちまいました」
火の玉を放つのをやめる二人。それを見た水無月ははぁとため息を漏らした。
……このままの勢いで戦ったら相手が自滅しちゃうなぁ。
ザインは能力を使い続けると体が結晶化する。結晶化した先の結果はボスの少年と水無月が心配するほどのことが起こるのであろう。
二人の少年が攻撃の手を緩めるのを確認した水無月は好機とばかりに接近した。
「ふん、近づかせるかよ!」
ところがボスの少年は炎の魔人を水無月に向かわせ仲間をカバーしに行く。
一対三の戦い。誰もがそう思っていた状況。――――そんな状況下で彼は動いた。
「ん? 何でこんなところにダンボールが?」
一人の少年が自分達の近くにあるダンボールに視線が行く。それは何の変哲もないダンボールだった。だが、四人が戦っている中で綺麗な四角を保っていることに少年は不思議がる。
何でこんな所に? などと思っていると、ダンボールが突如吹っ飛ぶ。
「ス、スネーク!?」
突然の出来事に驚く少年。中から飛び出した縁が硬直している少年の腹部目掛けて蹴りを入れた。
「うぎゃ!」
弧を描くように飛んでいく少年。それはぬいぐるみが子供に振り回され飛んでいくのと同じくらいの軽さで飛んでいった。正直ありえない。
その事態に他の二人が驚く。
「新手!?」
「いつの間に!」
――いや、二人だけじゃない。水無月もケモノ耳と尻尾をピーンと立てて目を丸くしていた。
「何で遊馬君がここに居るの!?」
水無月の驚きを他所に縁は少年達に立ちはだかる。何気なく左手に仕込んである特殊警棒を取り出すと、振って先端を延ばす。
それだけではない。足元に転がっている一m程の鉄パイプも足で蹴り上げ、右手に掴む。
静かな呼吸のあと、彼はいつもの様にそれらを構え少年達に対峙する。
「古式唐沢流剣槍術使い手、遊馬 縁参る!」
縁は名乗った。自身が習っている武術の名と己が名を。それは、彼が少年達に対し戦いを挑んでいることの表れでもある。
いきなり目の前に現れた縁に戸惑いながらも二人は狙いを変え攻撃を始める。吹き飛ばされた少年も苦しそうに体を起こして援護に回った。
「仲間が増えたところで!」
「俺達に叶う訳がない!」
次々と放たれる炎の玉。一度攻撃を中断したおかげか、二人の少年は体が結晶化することなく攻撃に転じる。
圧倒的な量の炎。水無月よりは格下と言えど、縁にとってはザインは初見。通常なら戦いにならない。ところが縁は怯むことなく軽々と攻撃を避け少年達に接近する。
「何だあの野朗!? こっちに向かってくる!」
ボスの少年は炎の魔人を縁の前に移動させ、ぶつけさせる。
「行くぜ! 俺の炎!」
炎の魔人が行く手を阻みつつも燃え盛る拳を繰り出す。それに対して縁は動きをよく見てから回避し、左手の警棒で魔人の頭部を打撃する。
振られた一撃は炎相手にヒットした。
「――な!? あいつ俺の炎を殴りやがった!?」
ボスの少年が驚く中、縁は続けて右手の鉄パイプで炎の魔人の腹を突く。魔人は続けて放たれた縁の打撃によって確実に怯む。
「なんだよこいつは!」
自身の自慢である炎の魔人が押されていることに目を疑いながらも悪態をつく。対する縁はテンポ良く攻撃を入れていく。
全てが順調に思えた。しかし、相手は一人ではない。
縁が炎の魔人に気を取られている中、二人の少年が挟み込む形で左右から縁を襲う。
「これで――」
「終わりだ!」
勝利を確信したのか吼える様に言う少年達。手からはこれまでにない量の炎の玉が生み出され放たれていく。
彼らの言葉通り当たれば決着はつくのだろう。だが、
「……嘘だろ?」
「全部、弾きやがった」
それらは当たる前に縁の手によって全て弾かれた。――いや、そうじゃない。
彼らには縁が炎を弾いているように見えたかもしれないが実際は違う。縁は炎を斬っていたのだ。次から次へと放たれるもの全て。
ザインは確かに常人ではない。しかし、その様な相手に渡り合っている縁も常人ではない。
縁の戦いぶりを見ていた水無月が目を白黒させる。
彼女は気付いていたのだ。縁が炎を弾いているのではなく、斬っているのを。正確には速過ぎる剣圧で風を起こして炎を消しているのに気付いていた。
通常炎を斬ることは出来ない。それが出来るのは達人の域にたどり着いた者だけ。なのに縁君は苦も無くそれをやってのけた。
……あれは一日二日で習得できるほどの技術ではない。ボクの知らないところで彼はどれほどの鍛錬を積んできたのだろう?
「たかが炎如きで俺を留められると思うな!」
縁は炎の玉を全て斬り終わると、体勢を直し始めた炎の魔人に襲い掛かる。
右左斜めと矢継ぎ早に振られる警棒と鉄パイプ。その度に魔人の炎はガリガリと削られていく。
「何だ……、何だよあいつは!」
怒涛の勢いで襲い掛かる縁に対し、怯えた表情でボスの少年が叫ぶ。
「ありえねぇ。ありえねぇよ!」
「あいつの能力はいったい何なんだ!?」
圧倒的過ぎる縁の戦いを見ていた水無月は胸中で思う。彼に能力なんて無い。彼はただの人間だと。
魔人がよろめいたところで縁はその頭部に向かって蹴りを打ち込む。
「遊馬君のポテンシャルが常人とは違いすぎる。それに小学生のときよりも格段に上がっている」
そう言う水無月は荒々しい縁の戦い方に魅了されていた。
荒ぶる獅子のように攻撃の手をやめず、隼のように軽やかな身のこなし。かつて自分を助けてくれたときよりも遥かに成長し、高まった姿を見て見とれてしまう。
――――いけない。この戦いはボクの戦いだ。ボクも戦わないと!
パンと頬を叩いて意識を戻す水無月。彼女は両手にテニスボール程の水球を作ると、炎の玉を投げている二人の少年に向かって放った。
縁に夢中になっていたために彼らは気付くことなく簡単に直撃する。
「ほがぁ!?」
「にょほ!?」
二人の少年は変な声を上げながら宙を舞い、瓦礫の山に向かって吹き飛ばされていった。
「あと一人!」
水無月は駆け出した。最後の一人に目標を定めて。
「くそくそくそぉぉ!」
味方二人をやられたボスの少年は完全にパニックになる。
何せ炎の魔人は縁に押され、自身は水無月に狙われる状況。普通に考えてもパニックにならない方がおかしい。
「こんなところで負けたくねぇ!」
ボスの少年はポケットに手を突っ込むと、バタフライナイフを取り出し水無月に向かって構えた。
「喰らえぇ!」
水無月の腹部に向かってナイフを突き刺す――はずだったが、ナイフごと手を蹴り飛ばされる。
「っ!? てめぇ……いつの間に!?」
――炎の魔人を相手していたはずの縁に。
「覚悟して!」
直後、水無月が指を銃の形にして水球を放つ。
同時に縁も鉄パイプで彼の胴に向かって薙ぐ様な一撃を入れる。
「ぐがぁぁ!」
ボスの少年は縁と水無月の挟撃によってその場に崩れ落ちた。
水無月は右手を縁に向ける。それを見た縁は鉄パイプを捨て、開いた右手で水無月の手をパンと叩いた。
「「ナイスコンビネーション」」