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第三話 ザイン 3

「……なんだ。今のは?」


 一瞬何が起こったのか縁は判断がつかなかった。だが徐々に視界が戻るにつれ、それが昔あった記憶だと理解する。

 縁が小さく、大きな父の胸に抱かれていた頃その言葉は発された。それは、縁の中から欠けていたモノ。

 いつの間にか忘れてしまっていた出来事がたった今、先ほど起こったかのように思い出された。


「何故今頃昔のことを思い出したんだ俺は?」


 疑いを持った言葉がついつい口から出る。

 何度か顔を振って意識を覚醒させる。するとそこで私服姿の水無月がエントランスから出てくるのが見えた。

その格好は長袖の茶色いシャツにグリーンのスカート。靴はパンプスではなく動きやすそうなスニーカーを履いており、手足には銀色のリングをつけていた。

 どこをどう見ても今時の若者の格好。そんな水無月の姿を見た縁は何を思ったのかとっさに隠れてしまう。

 ……別に隠れる必要はないのについ隠れてしまった。というか先ほど意識がぼやけていた間にどれだけ経っていた?


「おっと、水無月が行ってしまうな」


 水無月は縁の存在に気付かずすたすたと歩いて行ってしまう。縁は飛んでいた時間のことを考えるのを放棄し、こっそりと水無月の後を追い始めた。

 何故彼女の後を追うのか? 何のためについていくのか? 説明しようにも説明できないものが縁の内側から溢れてくる。

 簡単に言えば――そう、簡単に言ってしまえばそれは好奇心だった。

 葛木からの謎の電話に突如思い出した父との記憶。それはまるで水無月を追えと言わんばかりの状況。

 普段の彼なら真っ直ぐに家に帰ることを選んだのだが、立て続けに起こった不可思議な状況に正常な感覚が鈍っていた。


 一度深呼吸をし、高まる鼓動を落ち着かせる。そしてそのまま小さな――穏やかな呼吸を始める。

 なるべく音を立てず、また気配も出さず。常人では出しえない虚無に等しい状態まで縁は自身の存在を希薄にさせる。

 幽鬼の様にゆらりと一歩を踏み出し、縁は水無月を尾行し始める。

 マンションを出て暗い夜道を彼女が歩いていく。行き先は分からない。

 途中、縁は奇妙なことに気付く。

 水無月が頭にヘアバンドをしていなかったのだ。普段は絶対に外さなかった物。ケモノ耳の存在を隠すためにつけていた物が。

 学校でしかつけないのか? いや、過去に会ったときはつけていたはず。

 疑念を抱くも彼女の後を追い続ける。


 道行く人達もまばらな夜道を歩き、水無月は裏通りに入っていく。縁も静かにその後姿を追う。そこで彼は目を疑った。

 なぜなら水無月がケモノ耳を立てたからだ。あれだけ人に見せてはいけないと言っていたはずなのに。それだけではない。更には尻尾も出してしまう。

 正直その光景を縁は理解できなかった。まるで夢を見ているのではないかと錯覚するぐらい。

 そのまま水無月は進み続け、立ち入り禁止の札がかけられている廃ビルの前に立つ。

 そこで縁は通りの壁から顔の半分だけ出して様子を窺う。

 立ち止まった水無月の前にはそびえ立つように鉄の壁が存在していた。よじ登ろうにも高さが二m以上あり、天辺には侵入できないようご丁寧に有刺鉄線が張られている。


「この先に居るみたいだね」


 そう言って水無月は鉄の壁を上から下までゆっくりと眺める。そこで少し距離を開け始め、彼女は壁に向かって走り出した。

 通常壁に向かって走る人間は居ない。この動作から察するに彼女は壁を登るもしくは飛び越えようとしているのだろう。しかし、水無月の身長よりはるかに鉄の壁のほうが高い。このまま走る続ければ間違いなく壁に激突するであろう。


「ほっ!」


 ところが水無月はぶつかることなく壁を走り、さっと天辺に足をかけ向こう側へと消えていってしまう。それは並の運動神経では出来えぬ行動だった。

 縁も水無月を追うべく、助走を付けて壁に足をかける。タンタンと小気味いい音を立てたあと壁の向こう側に降り立った。

 着地と同時にすぐさま物陰に隠れ、こっそりと水無月を盗み見る。

 水無月は耳をピコピコと動かしながらビル内へ入っていった。縁も後ろから物音を立てずに付いていく。

 ふと入り口付近に落ちているダンボールに目が行った。

 薄汚れてはいるが形は綺麗な四角のダンボール。成人男性が一人入ってもしっかりと隠れれるであろうサイズの代物。


「……こいつ、使えそうだな」


 縁はダンボールを持ち上げ――――頭から被った。


「おし、視界良し」


 取っ手用の穴から視界が確認できたところで縁はこそこそと移動し始めたのだった。


              ×            ×


 ビル内に入って数分、水無月は最上階である七階まで上がりフロアの方へ入って行く。縁もダンボールを被ったままスススと彼女の後ろをついていく。

 フロアに入るとそこはそれなりに広く、奥行きがあった。しかし内部は随分と汚れており、業者が解体した際に出た瓦礫や誰かが捨てたであろうゴミで溢れかえっていた。

 ゆっくりと歩を進める中、縁は水無月とは違う人の気配を感じたために急に足を止める。

 取っ手の部分から辺りを見回す。物で溢れかえっている室内の手前側に水無月が立っていた。


「ん? 誰だお前は?」


 そして奥には水無月と対峙する形で三人の少年が瓦礫の上に腰を下ろしているのが見えた。

 パッと見た感じ年齢は縁と同年代なのだが、格好が荒々しかった。ダメージのあるジーンズに英語の文字がプリントされたTシャツ。頭にはバンダナとアーティスティックな格好をしている。


「ボクのことを知らない?」


 水無月はフサフサな尻尾をフリフリと動かしながら三人に言う。それを見た少年達は互いに集まりごにょごにょと話し出す。


「ボス。あいつきっとアレっすよ」

「近頃噂の能力者狩り」

「能力者狩り? そう言えばそんなこと耳にしたことがあるな」


 二人の少年にボスと呼ばれた少年はゆっくりと腰を上げ口を開く。


「確か、ハウンドテールだったか?」

「ぶっぶー。はずれ」


 そう言うと水無月は右手を挙げ、手を開く。そこには信じがたいことにビーチボール程の水球が発生していた。


「ボクの名前はフォックステール。対能力者組織《防人》に所属するものだ」

「そんな奴がここに何しに来た?」

「分からないの?」


 ゆっくりと手を振りかぶり始める水無月。


「ボクがここに来た理由は――――君達を捕まえる為だ!」


 大きな声で言うと同時に水無月は水球を彼らに向かって放った。 

 辺り一面に飛び散る水。それと一緒にゴミや瓦礫も吹っ飛ばされていく。それは、直撃したのならただでは済まない威力だと言うことを物語っていた。


「……ん? 居ない!」


 水が室内から引いたあと、少年達は誰一人倒れては居なかった。もちろん、各自攻撃を避けていたからである。


「は、水使いか!」


 ボスの少年は愉快気に水無月を見る。その左右からは二人の取り巻きの少年がすっと身を乗り出し叫ぶ。


「ボス、俺達の能力を見せてやりましょう!」

「そうっすよ! 見たらきっとあの女びっくりしますよ!」

「ああ、そうだな!」


 そう言って三人の少年は右手を水無月に見せつけるように突き出す。

 すると彼らの手からぼんやりと赤い光が生まれた。その光は輝きを増し、揺らめく炎へと変化する。


「ふ~ん。炎使いね」

「あまり驚いていなさそうだな」

「自然系の能力でしょ? ボク自身が使っているのだからあんまり驚かないよ」

「そうか、ならこれはどうだ?」


 ボスの少年は自身の手にある炎を地面に落とす。炎はどろりと広がったあと徐々に人の形を取っていく。


「これは独立型?」

「そうさ、ボスの能力は独立型のザインだ」

「どうだ! 驚いたか!」


 取り巻きの二人は正に虎の威を借る狐の様に威張っている。


「俺の炎の魔人にこいつら二人が使う放出系の炎。合わさったらどれだけ恐ろしいか分かるか?」


 さも自身ありげに言うボスの少年。彼の横に居る二人も不敵な笑みを浮かべて右手を水無月に向ける。


「行くぞ! 野朗共!」

「「おー!」」


 彼の声に二人の少年が返事をし、水無月に向かって炎を放つ。

 ボスの少年が操っているであろう炎の魔人も揺らめきながら水無月に向かって走っていった。


「力が扱えるくらいで……ボクに勝てると思わないでよ!」


 水無月は後方に飛び跳ねながら迫り来る炎の玉を避け、炎の魔人と対峙する。


「やれ! 俺の炎よ!」


 炎の魔人は躊躇することなく燃え盛る拳を繰り出す。水無月は背を逸らしてそれを避ける。

 続けざまに何度も拳が放たれると、彼女はバク転しながら距離を開けた。

 その際に右手にピンポン玉サイズの水球を作り、避けながら炎の魔人に攻撃していく。

 両者の攻防をダンボールに隠れた縁は震えながら見ていた。決して戦いに恐怖していた訳ではない。正直、縁はその光景に目を奪われていた。

 しなやかに張る四肢。揺れる双丘。流れる髪。そしてピコピコと動いて音を聞くケモノ耳とフワリと舞う尻尾。

 小学生の時とは比べ物にならないほど成長した彼女。炎を使う少年達に怯まず立ち向かう姿。

 ――どれほどの年月が彼女を変えた? 俺は知らない。彼女のこの姿を知らない。彼女がこんなに綺麗になっていたなんて俺は知らない。


「……美しい」


 自然と縁の口から言葉が漏れた。それも当然。何せ、縁は水無月の戦う姿に見惚れていたのだから。

 水無月のことをなんと表現すればいいのか? 妖精? いや、そんな非現実的なものじゃない。彼女は現実に〝今ココ〟に居る存在だ。

 その姿はまるで、ようやくの思いで咲いた一輪の花のよう。――そう、一花繚乱。それが縁が自身の持ちうる言葉で表せれた一言。


 そして同時に別の思いを抱く。

 彼女が対峙しているあの少年達と戦いたい。炎を使う? そんな奴は今まで見たことも聞いたことも無かった。七つの頃から幾度と無く他者に挑み、戦い続けた。父さんが居なくなったあの日から。

 縁は今まで戦っても戦っても満足できなかった。武術を極めた者達と戦ったのに、何一つ彼の胸の穴は埋まらなかった。

 だが、目の前に居る奴らなら自分の胸の穴を埋めてくれそうな気がすると縁は感じる。

 縁は震えながらこんな気持ちを抱いてしまう。今まで見たことのない彼らと戦えば自身の胸の穴が埋まるかもしれない。――いや、あいつらと戦えばきっと俺は満足できる!

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