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第三話 ザイン 2

 夕闇の通学路、縁と水無月は一緒に帰っていた。

 何故二人が一緒に帰っているのかと言うと、日も落ちた時間であり近頃は何かと物騒なので女の子を一人で帰すのは危ないと縁が判断したからだ。


「別にボクのこと放って置けばよかったのに」

「そうは行かない。最近夜は物騒だってテレビで言っていたぞ」


 ――そう。近頃夜の街では頻繁に事件が起こっているとのこと。

 一昨日も建設中のビル内で誰かが爆発物を起爆させたと言う事件が起こった。

 警察は器物損壊の線で捜査しているらしい。


「俺は大丈夫だが、水無月は女の子だ。……あ、でも夜なら視界が悪いしボクって言っているなら寄って来る奴もいないか……」


 ボクボクって聞けば人は男の子と勘違いするかもしれないなぁと縁は思う。


「む、それはボクが女らしくないってこと?」


 当然ながら、水無月はむくれた。その様子に縁は慌てて言葉を紡ぐ。


「いや、そうじゃなくて……」

「やっぱりボクは女の子らしくない?」


 水無月が悲しそうな顔で見てくる。その視線に縁は少々すわりの悪い気持ちになる。


「俺が悪かった。水無月は魅力的な女性だ」


 縁は丁寧に謝り水無月をなだめる。その言葉には偽りはないのだろう。何しろ水無月が先ほど服を脱ぎだしたとき、縁は性的興奮を覚えていた訳で。

 けれども本当の理由を素直に言った場合常識的に考えて女性には失礼だ。

 また何か彼女の気分を害すのではないかと思い、縁はそれを口に出さないように喉の奥へ飲み込んでおく。


「うん、よろしい」


 縁の答えに満足したのか、彼女はとことこ歩いていく。縁は遅れを取らぬようにその隣へ歩調を合わせて並んだ。

 しばらくして二人はマンションが溢れる住宅街に入る。

 幾つも並ぶ高級そうなマンション。そこには当たり前のように周囲は金属性の高い柵に覆われており、監視カメラが不審者を見逃さないようにとあちらこちらに取り付けられていた。

 それだけではない。マンションの玄関を越えた先にはオートロックの扉がついており、その横にはカメラつきのインターホンが存在する。ざっくりと言えばセキュリティは万全そうだった。


「水無月は今こんなところに住んでいるのか?」

「うん、お父さんとお母さんが一人で住むならここに住めって」


 そうか、一人で住んでいるのか。…………一人で?


「まて、両親はどこ行った?」


 縁の頭に疑問が浮かぶ。自身の記憶が正しければ小学校のとき、学校の用事で水無月の家に何度か行ったことがある。そのときは確か一軒家だったはずだと。


「お父さんとお母さんは仕事で岐阜の方に行っちゃった」

「そうなの?」

「うん。あと兄さんももう独立して色んな地方に回っているし」


 縁の知らないところで少女は色々と苦労をしているようだ。


「一人は寂しくないか?」

「う~ん。まだ暮らして一年だし」


 うむむと考え込む水無月。


「まあ、寂しくなったらいつでも家に来い。豊久さんも千種さんも歓迎してくれるよ」

「え、いいの?」


 ただ、家の連中はお祭り騒ぎが好きだから少し騒々しいかもと言おうとするも、水無月の表情を見て言うのを躊躇う。

 なぜならその表情が今日何度目かのまぶしすぎる笑顔がそこにあったからだ。そんなものを見せられたら無駄な言葉をつけるのは良くないなと縁は判断する。


「ああ。もし良かったら明日にでもこればいい」

「うん! 行く! ボク絶対に明日遊びに行くよ!」

「そ、そうか」


 ぎゅっと手を握ってブンブンと縁の手を振る水無月。この喜びように縁はまた耳と尻尾が出てしまうんじゃないかと少しだけ危惧した。


「あ、もう入り口だからここまででいいよ」


 そう言って水無月はマンションのエントランスに入っていく。


「分かった。じゃあまた明日」

「またね。遊馬君」


 彼女は手を振りながらマンションの中に消えていった。水無月の後姿が完全に見えなくなるのを確認すると、縁もマンションに背を向け歩き出す。

 ……朝柚姫に昼には帰ると言ったが、こんな時間までかかってしまった。千種さんも晩飯を作り始めている頃だし急いで帰るか。

 そう思うと早く帰るべく走り出そうとする。ところがポケットの携帯が急に振動し始めた。


「電話?」


 携帯のディスプレイを見ると、縁の知らない携帯から電話がかかってきていた。

 不審に思いつつも携帯を開いて電話を取る。


「もしも――」

『ハロォォォォウ!』


 それは、どう考えても縁の家族ではなかった。ただ、小一時間前に会話していた人物の声にとても似てはいるが。


『俺だよ俺。俺って言ってもオレオレ詐欺じゃないからな』


 なんと言うべきか、とても下らないことを言い始める相手。


「ちなみにオレオレ詐欺は言い方を変えて振り込め詐欺と言うんですよ先生」

『あ? そうだったっけ~?』


 電話の相手は葛木だった。

 いや、それはいい。何故縁の携帯の電話番号を知っているかが問題だ。


「なんで――」

『知っているかって? アハハ、それはね~、荒木を脅して聞いたからだよ』


 たまに思う。この人は本当に教師なんだろうか?


「下らない電話なら俺切りますよ?」

『そんな~、いけず~』


 相変わらずふざけた態度で返事をする葛木。縁は呆れながらも通話を切らないように我慢する。


『……まあ、前置きはここまでにしておこうか』


 急に真面目な声を出す葛木。それは、学校で態度が豹変したときと同じ雰囲気だった。


『お前は、この世界が普通に回っていると思うか?』

「突然何を……」

『お前は、この世界が常に同じ方向に進んでいると思うか?』


 続けざまに訳の分からないことを言う葛木。いまいち要領を得ない。


『お前は世界の真実を知らないで生きている。今も昔も』

「真実? 何ですかそれは?」

『知りたいか?』


 重苦しい空気が電話越しに流れる。


『知りたければ水無月を追いかけろ。その先にこの世界の真実が待っている。別に知りたくないなら家に帰ればいい。今までのように何も知らない道を選ぶなら……』

「先生、それは――」

『健闘を祈るよ。〝誠十郎〟の息子よ』


 そう言って電話はプツンと切れた。最初から最後まで葛木のペースで。

 いや、それよりも何故あの人は父さんの名前を知っていた? それだけじゃない。世界の真実って……。

 縁が気になって電話をかけなおすと、受話器の向こうからドライブモードと音声が流れた。……と言うより何故にドライブモード?

 縁は突如二つの選択肢を与えられた。それはどういった意図と意味合いを持つのかは分からない。

 ひょっとしたら、これは葛木の冗談かもしれない。なにせ普段からだらしない態度を取り、やることなすこと雑に済ませるような人間だ。そんな人物が世界だの真実だのと言うのは明らかに嘘っぽい。

 考える必要はない。電話のことは忘れ家に帰るべきだ。


 だが、縁は引っかかっていた。いつものように客観的に見たのであれば嘘くさい話。けれど、自身の思考で判断したのなら真実味を帯びていた。

 それは通常他人が知りえない死んだ父親の名前を葛木が知っていたから。縁の父が死んだのは随分と前のこと。そんな昔のことを覚えている人間が早々いるか?

 もしかしたら、葛木は父さんの知り合いなのかもしれない。そう考えると先ほどの会話の意味も掴めてくる。遠まわしに父さんの死に関する情報を伝えようとしているのではないか?

 縁は考える。考え続ける。真実とやらを知らずに家に帰るか? それとも真実を知るために水無月を追うか?


 常識的に考えると無難な道を選ぶべきなのだろう。父親の死を知ったところでどうにも出来ない。むしろ死んだ人間のことを考えたって仕方がない。

 勝手に死んで俺と柚姫を困らせた奴のことを考えても仕方ないし気にしない。答えは家に帰る。それが正しいんだ。

 縁は考えをまとめ家に帰るという答えを導き出す。

 マンションを一瞥したあと、再び走り出そうとする。そこで急に視界が真っ白になった。


「っ!!」


                ×            ×


「縁。いついかなるときも過酷な道を進め」


 いつか見た光景。


「人は険しい道を進むことで強くなる」


 それは、父が居た頃の光景だった。


「険しい道を進めば進むほど、苦しい思いをする。だが、苦しい思いをしないと手に入らないモノもある。君はまだ小さい。これからの人生僕よりも長く生きる。

 僕よりも長く生きる分険しい道を多く進むことができる。君にはその先にある素敵な得られるモノを生きている限り沢山得て欲しい」


 小さい時には言っていることがよく分からなかった言葉。


「そして沢山得たモノを人に分け与えるんだ。すると、分け与えられた人達は君の持っていないモノをくれるはずだよ。そしたら君は……大事なモノを知り得るだろう」


 だが、今の縁にはそれが理解できた。


「人は一人では生きていけない。一人で生きていけない。独りで在り続けた先には何もない。だが、人と交わればそれは変わる。多くと交わることで人は生きていけるし、強くもなれる。

 何か……大きな出来事が起こったら君は迷わずにそこに飛び込め。苦しいかもしれないが、それを乗り越えた先に僕にたどり着く何かを得られるだろう」


 大きな体が、重く深みのある言葉で彼は縁にそう告げていた。

 どのような意図があって話した言葉かは分からない。だけど、それはきっと息子を案じての言葉であったのだろう。

 なぜならその目は澄んでおり、硬くごつごつとした手は優しく縁の頭を撫でていたのだから。


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