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第三話 ザイン

 ここに至るまでに大分時間がかかりました。

 けれど書いておいて続きを書かない人たちとは違いきっちり書き上げましたよ?

「ははは、すまんすまん。試すようなことして」


 教室の乱闘から三十分後、机を直したり拭いたりしたあとで葛木が椅子の上でそう言った。


「一応水無月の耳と尻尾見られた場合はいかなる時でも記憶を消して転校させるって決まりがあるんだが、それだとキリがないだろ?」

「俺もそう思います」

「でよ、仮に記憶を消すだけに留めても稀にお前のように記憶を思い出す奴も居る。水無月とは違う奴の話だが、実際過去に他の場所で記憶消された奴が接触した際に思い出しちまって大騒ぎになったことがあってな。それを考えると転校させた方がリスクは少ないんだ」

「もっともな意見ですね」

「だが、それだと毎度毎度転校させられる当人のことを考えるとその判断では胸を痛めちまう訳だ。転校する奴にだって心はある。俺達はそれをどうにかするために別の方法を考えた訳よ」

「それが彼女の周りに隠蔽工作をする人員をつける作戦ですか」

「そうそう。でさ、うっかり見ちゃったし、記憶も思い出したところでここは一つ引き受けてくれねぇかな?」


 葛木はお願いと言って縁に頼み込んでくる。

 ……何故こうなったか?

 先ほどの乱闘は全部葛木の演技であり、縁を見極めるための最終試験だったらしい。

 葛木曰く教師陣の全てが水無月の秘密を知っているので教師に発見される分には問題ないそうだ。ただし、一般の学生はそのことを知らないために彼らにバレるのはよろしくない。

 仮に一般生徒に見つかった場合、例によっては見た奴を連行して記憶を消し、水無月を転校させると言う手順になっているようだ。

 それは小学校のときも適用され、彼女は転校した。


 だが、それでは彼女があんまりだというのが教師達の間では議論になっていたそうで、もうちょっと良心的な判断はないかと模索していたらしい。

 そこで一部の信頼できそうな生徒に彼女の生活のサポート任せようと言う話が出たそうだ。

 学校内で教師は至る場所に点在はするが、全員が全て水無月の周りを監視するのは無理がある。

 そこはやっぱり同じ生徒と言う立場の人間を彼女の近くに数人配置することで〝もしも〟の危険性を減らすことができる。

 どこかでうっかり耳と尻尾が出ていたなら、隣にいる人物が隠蔽工作に出る。

 その隠蔽工作をする人物はいくつかの項目の基準を持っているのが理想らしい。

 なるべく強く、あらゆる問題に立ち向かうことができ、彼女の秘密を守秘できる人物。それに縁が選ばれたそうだ。

 元々入学時に目をつけていたらしく、葛木が適性を調べるべく自身のクラスに置き一年間見ていたとか。


「やっぱさ、教師って教室の中でしか監視できない訳よ。そこを遊馬が教室移動のときとか、催し物のときとかに水無月と一緒に行動してくれるとありがたい訳」

「まあ、四六時中じゃなく、学校に居る間であれば俺がカバーしますよ」

「お、頼もしいね~。んじゃ、ここは一つ頼んだ」


 縁は葛木の提案に快く引き受ける。横に居る水無月が心配そうに口を開く。


「ボクね、割と耳と尻尾出しちゃうんだ。それでよく先生達に呼び止められることがあるの」


 見られちゃはまずい姿を晒す癖があるなんて。先生達は苦労しているのだな。

 などと縁が思っている中、水無月は「迷惑かけちゃうかもしれないけど良い?」と子狐の様な潤んだ瞳で見つめながら口にする。

 その様な態度を取られると誰でもはいと答えるのではないのかと思える仕草。だが見つめられていた縁は特に気にするでもなく、真面目な表情のまま口を開く。


「小学校の時にも約束した通りだ。大船に乗った気でいろ」

「ありがとう」


 ニコッと笑う水無月。ずっと沈んでいた表情がようやく笑顔に戻る。


「とりあえず他にも何人かカバー役がいるが、そいつらは今度紹介するよ」


 すっと立ち上がる葛木。


「ま、このことは気楽に引き受けてくれ遊馬君」

「分かりました。できる限りのレベルで尽力します」


 珍しく君付けする葛木に対し、縁はこれまた真面目な返事を返す。そんな縁の胸の中には俺がしっかりしないとなという気持ちが沸き出始めていた。


「あんまり、無理しないでね遊馬君」


 隣の水無月が心配そうに声をかけてる。


「気にするな。俺は……」


 言いかかって縁は悩んだ。その様子に水無月は頭に?マークを浮かべて不思議がる。


「水無月。俺とお前は友達の部類に入るのか?」


 そんなことを尋ねてしまう。

 知り合い以上友達未満。小学校の頃から縁と水無月は知り合いではあった。だが、友達と言うにはやや関係性が薄い訳で。そう思った縁は軽く失言とも取れることを聞いたのだ。


「と、友達だよ! べ、別にそれ以上でもいいけど……」

「そうか……」


 水無月の言葉を聞いた縁はふむと声を出す。何か納得したようだ。


「水無月。たった今から俺とお前は友達の関係になった。よろしく」


 そう言って水無月に手を差し出す縁。


「こ、こちらこそ!」


 水無月は何故かおっかなびっくりしながら手を握る。兎にも角にもこの件はこれで一件落着となる。


「おし、お前ら、後の仕事は俺がやっておくから帰りな」

「いいんですか先生?」

「いいの先生?」


 葛木が珍しく太っ腹な発言をする。それに対し二人は少し驚く。

 通常太っ腹発言されたのなら大して気にもやまないが、何をするにも自身が楽になることを選ぶような相手が手のひら返すかの如く急に優しくしてきたのなら驚いて当然だろう。


「元々俺が楽をするつもりで与えた仕事だ。それに、水無月のお守りをしてくれた方が俺はもっと楽になる」


 実は裏があった訳で。やはりこの教師は楽をしたいらしい。


「お前、去年大変だったんだぞ? 体育の時に耳出していたから慌てて隠しに行ったり、プールの授業中に尻尾出てたから服着たまんま乱入したり。それからそれから……」


 過去に葛木伝説として語り継がれた話の真実がそこにあった。先生。見ていないところで苦労していたんですね。と縁はこそっと同情しておいた。


「先生。とりあえず少しは楽できるように俺、頑張りますよ」

「頼んだぜ遊馬。お前が頼みの綱だ」


 葛木は笑顔で二人を見送った。


            ×             ×


 縁と水無月が帰路に付いた頃、葛木は一人教室でタバコを片手に電話をしていた。


「あ、もしもしよっちゃん? 俺だよ俺」


 相手が電話に出たのを確認すると、親しげに呼ぶ葛木。口ぶりから判断すると、相手は知り合いのようだ。


「あのさ、お前のとこの坊主、同じクラスの女子の秘密守るために俺に襲い掛かってきやがってよ。一瞬命たま取られるかと思ったよ」


 葛木が笑いながら軽く言うと、電話の向こうの人物もケラケラと笑う。


「あ、その女子の名前は水無月って言うんだ。ああ? そうそう、小学校の時同じクラスだった子。あのときは彼女が原因で乱闘起こしたよな」


 少し懐かしむように話し合う二人。それは、一年二年の短い付き合いではないことが窺える。


「んで消したはずの当時の記憶も全部思い出しちまったよ」


 そう言いながら葛木は窓の外を見る。そこでタバコの煙を口いっぱいに吸い込み、フッと吐く。


「ああ、そうだな。もしかしたら、あいつが託した夢もいつかは思い出すかもしれない。そのときあいつが死ぬ前に何を教えたのか俺達にも分かるだろう」


 彼の目は遠くを見ていた。空ではない、もっと遠い何かを。


「そう言えばあいつはいつも夢を見ていたな。人とは違ってささやかすぎる夢を。そんなあいつが坊主にどんなものを託したのか俺は知りたい。まあ、これは私情かもしれんが」


 クククと笑いながら葛木は言った。彼の言う人物がどのような者なのかは分からない。けれど葛木とその人物の間にはある種の関係が、絆があることが分かる。


「あん? そうかい。よっちゃんも気になるか」


 電話の向こうの人物も葛木と同じ考えを持っているようで。


「それでよ、俺から提案があるんだよ」


 受話器から「何?」と返事が返される。


「坊主、こっちで使ってもいいか? まあ、無理にとは言わない。だが、坊主の教え込まれた技術と元から持ちえている才能は殺すべきじゃない。使うべきものだ。俺はその才能を開花させてやりたいと思う。

 それだけじゃない。こっちの方は俺のエゴかもしれないが、あいつが最後に遺した意思を知りたい」


 葛木は穏やかな口調で言葉を紡ぐ。その姿は普段から考えられぬほどの真っ直ぐさ。それは葛木の言葉が本心から出ていることが現れている。

 考え込む電話の主。会話は途切れ二人の間に一拍間が空く。そして、


「お、いいのか? おお、分かった。ありがたく使わせてもらうよ。ああ、教えるべきことはおいおい教えて行くさ。自身の生まれも境遇も、そして、親の死の真実も」


 互いに別れの挨拶をして電話を切る。


「もう、十年経ったのか……」


 日は落ちかけ、既に夕暮れになっていた。

 葛木はタバコを右手に持ち、空いている左手を胸ポケット突っ込む。そこから手帳を取り出すと、中にしまわれている古い写真を眺める。


「聖。お前が腹を痛めた息子は順調に育っているぞ。近いうちに俺を超え、やがてはお前と同じ領域に立つかも知れん」


 左の親指で写真の中の長い黒髪の少女を撫でる。それはとても愛おしそうに。


「……それに誠十郎」


 葛木は寂しそうにもう一人、人名を口にする。彼が新たに視線を移したのは聖と呼んだ少女の隣に立つ少年。


「お前の息子はたどり着けると思うか? お前がどれだけ捜し求めても見つけられることの出来なかった答えに」


 それは親しみを込めるでもなく、愛情を込めるでもなく、尊敬を込めた言い方だった。

 彼はタバコを再び口に咥えると窓から離れ、静かに教室の出口へ向かっていった。

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