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第二話 彼女の秘密 6

 ゆっくりとハサミが彼女の頭に吸い込まれていく。そして、


「……何をやっている?」

「「ッ!?」」


 その声を聞いて驚く男子達。彼らは慌てて振り返る。


「なんだ、遊馬かよ」

「驚かすなよ。先生かと思ったじゃん」


 そこには縁が立っていた。


「よう遊馬、今面白いことをやってるんだけど一緒にやらない?」


 一人の男子がそう声をかけた。まるでゲームで遊ぶのを誘うかのように。

 縁はゆっくりと男子達の輪に近づいていく。


「………………」


 縁の前には獣の耳と尻尾を生やした水無月が力なく横たわっていた。

 ズボンは脱がされ、上着も一部がはだけ成長途中の胸元が僅かに見え隠れする。顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、喉元からは掠れた声が音飛びした音声のように漏れ出ていた。

 パッと見た感じ、陵辱でもされたのじゃないかと思わせるほど姿。そんな少女の姿が縁の両目に映っていた。

 彼女の弱々しい視線が縁に向けられる。空ろなその目は「君もボクに酷いことをするの?」と尋ねるような目であった。


「遊馬、聞けよ。こいつさ、妖怪だったんだぜ」

「そうそう。ほら、ケモノの耳と尻尾が生えてるし」

「こいつの耳と尻尾、狐っぽいよな。ってことは化け狐って奴か?」


 男子達はさも面白そうに縁に語りかける。それを見た縁はハサミを持っている男子に音もなく近づいた。


「待ってろよ、今こいつの髪の毛切って本当に耳が生えているか確認を――」


 言っている途中で彼は喋れなくなった。なぜなら――縁が彼を投げ飛ばしたからだ。


「おい遊馬! どう言うつもりだ!」

「どう言うつもりだと?」


 縁はそう言いながら水無月の手足を押さえつけている男子の前に立ち、握り拳を作る。


「――こう言うつもりだ」


 言い切った直後に彼は近くに居た一人の男子の顎に拳を当てた。

 ビュンと音がなるほどの速さで振られる拳。当たった男子はばたりと倒れ、その場で失神する。


「お前まさか、妖怪を助ける気か!」

「妖怪だぞ!? 悪い奴なんだぞ!?」


 男子達は水無月を指差し妖怪と連呼する。更には悪い奴と決め付けた。ところが縁は彼らの言葉を気にすることなく、男子達を睨みつけながら口を開いた。


「俺にはお前達の方が妖怪に見える」

「何だと!」


 男子の一人が返された言葉に腹を立て縁に殴りかかる。対する縁は簡単に拳をかわし、避けると同時に回し蹴りを相手の背中に当てた。

 ミシミシと柔らかい子供の背中に硬い足がめり込む。


「ぎゃっ!」


 あまりの激痛に床に転がり、背を押さえて悶える男子。


「……遊馬くん」


 水無月は自身を見下ろす縁の顔を見た。その表情は〝何か〟を悼む表情であった。

 縁は窓側にかかっているカーテンを強引に引っ張りレールから引き剥がす。すると、それを水無月の体にかけてやる。


「お前ら、水無月に何をしたと思っている?」


 ゆっくりと男子達に振り返る縁。その表情はおよそ小学生が、いや、子供が出来るはずのない表情をしていた。

 その顔は能の隈取よりも深く鋭く、鬼と表現しても過言ではない顔をだった。


「べ、別に耳と尻尾が本物か確認していただけだろう!」

「「そうだそうだ!」」


 男子達は縁の気迫に押されるが、自分達の行動が問題ないと言い張る。それは、ことの善意が分からぬ子供ならではの発言。


「それが同じ人間のやることか?」


 鋭く、重い言葉が縁の口から発される。彼の言うとおりであり、どう考えても男子達より正当性のある言葉だ。


「遊馬、こいつは妖怪なんだ。悪い奴なんだ。悪い奴に何したって問題ないだろ!」

「そうだよ妖怪だ!」

「どう見たって同じ人間じゃないじゃないか!」


 『妖怪』と発されるたびに水無月は小さく縮こまる。それを横目で確認した縁はゆらりと幽鬼の様に男子達の前に立ちはだかる。


「もう喋るな。お前らはどうしようもなく面倒だ」


 縁は不気味なほど柔らかな歩き方で歩を進め、近くの男子の前に立つ。


「何だよ? やる気か?」


 対峙した男子は拳を握り、縁の腹部に向かってそれを放つ。

 縁は避けずにそれを受け止める。そこで殴った男子は不思議そうな顔をした。


「何だこいつの腹? 何かおかしいぞ?」

「これがお前の全力か?」


 縁はそう言うと右手を引き、男子の腹部に向かって拳を当てる。

 直撃した際、ボクサーがサンドバックを殴ったときの音と変わらぬ爆音が教室内に響いた。


「ぐげっ! おごぉ!」


 当てられた男子は床から飛び上がったあと、膝から地面に崩れその場で嘔吐し始める。その光景を見た男子達は僅かに体を振るわせる。


「くそ! こいつ妖怪の味方する気だ!」

「ま、まだこっちは四人いるんだ。囲んで殴れば勝てるよ!」

「おれたちが正義の味方ってことを教えてやる!」

「妖怪の味方しやがって! こいつも悪い奴だ!」


 各々自身を鼓舞するかのように大きな声で叫んだあと、残り四人となった男子は一斉に縁に飛び掛る。しかし、縁は男子達を一人ずついなし、背中に一撃入れていく。

 男子達の幼い体に容赦のない拳がめり込む。一瞬にして三人が地面に倒れこんだ。


「いてぇ……」

「い、いたいよぉ」

「うあぁぁ、ああ……」


 一人出遅れた男子はその惨状を見て腰を抜かす。


「こいつ、なんて奴だよ!」


 縁は最後に残った一人に標的を絞り、静かに近づいていく。音もなく歩み寄る縁の姿に男子は顔を引きつらせガクガクと震えた。


「うぉぉぉぉ!」


 そこで最初に縁に投げ飛ばされた男子が縁に突撃する。対する縁は彼の体当たりを両手で受け止めた。


「押さえて動けなくすればこいつも殴ることは出来ないはずだ!」

「わ、分かった!」


 男子は急いで立ち上がり、縁の背後に回って体を拘束する。地面にうずくまっている三人も体を起こし、ロッカーの方へ向かっていく。


「この野朗、よくもやってくれたな」


 そう言ってロッカーから取り出したのは金属バット。他の二人も同じように金属バットを持つ。


「お前ら二人は遊馬を押さえてろ!」


 縁を掴んでいる二人は左右に分かれ、腕を後ろに回して体を完全に拘束する。


「前々からお前も気に入らなかったんだよ!」


 苛立ち気に縁に叫ぶと、バットを持った一人の男子が勢いよくバットを振る。

 ドスンと音を立てながら縁の腹部にバットがめり込んだ。


「親が居ないからって生意気そうに!」


 他の男子も交互にバットでスイングして腹を殴る。


「その癖運動出来やがって!」

「生意気すぎだ!」

「お前みたいな社会のゴミは僕らのおもちゃになれ!」


 男子達は醜い嫉妬も込めながらバットで叩く。何度も何度も縁の腹部に向かって。

 だが、縁は僅かに顔を歪めるだけでそれ以上は何もなかった。


「くそ、こいつぜんぜん痛がらねぇ!」


 常人なら、「やめてくれ」や「助けて」と叫びだしそうな強烈な暴行。ところが縁は呻き声すら上げない。

 その状況に動揺を隠せない男子達。


「もう! やめて!」


 部屋の隅で見ていた水無月が苦しそうに叫んだ。


「これ以上遊馬くんを殴るのをやめてあげて!」

「ああ? 妖怪が何を言ってやがる!」


 忌々しそうに睨みつける男子達。それを見た水無月は怯みながらも、口を震わせながら開く。


「数人で寄ってたかって! 卑怯とは思わないの!?」

「うるせぇ!」

「もうこれはケンカじゃないんだよ!」


 卑怯と叫ぶ水無月に罵声を浴びせる男子達。

 そう、既にケンカではなかった。このまま引き下がる訳には行かないところまで男子達は来てしまった。

 どちらも正義を掲げていた。妖怪を正す正義と妖怪を守る正義。当初は遊ぶのが目的だったが、縁の介入によりそれは中断させられた。

 やがて男子達の中で気持ちが遊びから正義へと名目を変える。それは、縁が正義を掲げ反撃をしてきたからである。結果、彼らは負けたくないという気持ちが湧き出て今に至る。

 それはもうケンカではなく、男子達と縁の互いのプライドをかけた戦いに発展していたのだ。


「おい! 遊馬が終わったら次は水無月やるぞ!」

「そうだな! こいつは妖怪でしたって学校中にばらしてやる!」

「後で裸にしてやろうぜ! んでもってその後は写真撮ってばら撒こうよ!」


 この状況下でも常識的には考えられないことを言う男子達。しかし、彼らの頭の中ではこう描かれていた。

 ぼくたちは学校に潜んでいた悪い妖怪を見つけ、さらにはそいつに味方している悪い人間も一緒に懲らしめてやった。

 ぼくたちは学校を救った勇者。いつまでもみんなに語られるであろう活躍。

 家に帰ればお父さんとお母さんが褒めてくれた。そして、新しいマンガやゲームも買ってくれると言う。本当にいいことをしたなと、そんなことを描いていた。

 子供ながらの稚拙な発想。どうしようもないくらい脆弱なものだった。

 所詮子供は善悪が理解できない。本当に正しいことを理解していない。自分達の掲げる正義とやらで獣の耳を生やした少女がどのような被害を受けるか分かっていなかった。

 だが、ただ一人この場でそれを理解してる人物が居た。――――それは縁だ。

 彼は分かっているから水無月を助けようとした。理解しているから怒りを抱いているのだ。そして、辛い暴力に逃げ出すこともなく、一人立ち向かっていた。


「…………お前ら」


 男子達の放った言葉が縁の逆鱗に触れる。

 ありえない力で自分の腕を抑えている二人を引き剥がす。掴んでいる二人は慌てて服の方を掴んで押さえつけようとする。


「ぐうぅぅぅがぁぁぁぁぁ!」


 獣の様な咆哮と共に男子達を引き剥がす。その結果彼のシャツはビリビリと破けた。


「うわぁ!」

「なんて力だ!」


 振りほどかれた二人。そして、正面でバットを持つ三人の眼前に上半身裸になった縁が立つ。

 その体は小学生ではありえない筋肉量であり、首から腰にかけて至るところに傷があった。

 それを見た男子達は目を疑う。更にこう抱いた。この体は同じ子供の体じゃない。――化け物の体だと。


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