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第二話 彼女の秘密 5

「……ボク、転校したくない」


 涙を零しながら言った言葉はありふれた言葉だった。だけど、その言葉は少女にとって深い願いのこもったものでもあった。


「ダメだ。お前の親父さんとの約束だろ? 一般人に正体ばれたら即転校」

「イヤだ。せっかくここまできたのに」

「恨むなら、お前の正体を見たこの遊馬を恨むんだな」


 そう言って縁を指差す葛木。自身が悪者扱いされる状況に縁は居心地の悪さを抱く。


「先生、遊馬君は秘密にしてくれるって言ったよ?」

「信じられねぇな」

「先生!」


 水無月は葛木の前まで近寄ると、彼の服を掴む。


「遊馬君は約束してくれた。二人だけの秘密って……」

「そんなこと言われたって俺にもお前さんの親父との約束がある」

「そんな……」

「水無月、諦めろ」


 すがるように泣きついている水無月に葛木が笑顔で言う。少女の願いを踏みにじる冷徹な言葉を。

 優しさとはかけ離れた笑顔で残酷な言葉を吐く葛木を見て、縁は怒りを覚える。何故、この人はそんなにも否定的なのだろうかと?


「大丈夫だよ。友達なんざ、いつでもどこでもすぐ作れる。問題ないさ」

「イヤだよ。みんなと別れたくない」


 水無月はただ、駄々をこねる子供のように反論し続けた。だが葛木は彼女の願いを一切認めない。


「そもそもそう言う目に遭うのがイヤなら何で人間の通う学校を選んだ? お前なら別に人外の奴らが通う学校に問題なく行けたろ?」

「そんなの普通じゃないよ」

「そう言うお前も普通じゃない」


 葛木に言われて水無月はケモノ耳を下に垂らす。


「まあアレだ、ここはきっぱり諦めろ」


 無慈悲な言葉で会話を終わらすと、今度は縁の方に顔を向ける葛木。


「んでもって、お前は今さっき起こった出来事の記憶を綺麗さっぱり忘れてもらおうか」


 そう言って葛木は縁の頭に左手を置く。


「先生! それはダメ!」


 何を思ったのか水無月が葛木に飛びつく。だが、葛木はまったくと言っていいほど動揺しなかった。


「水無月、これも約束だろう? お前の正体を見た奴の記憶は綺麗さっぱり消す。そう言う話で通っていただろうが?」

「彼はダメ! これで二度目だよ!」


 二度目。水無月は葛木に向かって〝二度目〟と言った。


「別に同じ人間に何度も記憶隠蔽処理したって問題ねぇよ。ただ、少しだけ頭がおかしくなるかもしれないが」

「そうなるんだったら尚のことやめてよ!」


 会話の内容からして、過去に縁は記憶を消されているようだ。

 どう言う経緯で水無月は知ったのか分からないが、縁の身を案じて彼女は懇願する。ところが葛木は水無月の願いや再び記憶を消すリスクを知りながらも縁の記憶を消去しようとしていた。


「いいじゃね~か。こいつは所詮、今の社会には不適合なんだから」

「そんなことない。遊馬君は良い人だよ!」


 少女は必死に、自身より大きい男にやめるように頼み込む。


「良い人だろうと悪い人だろうと平等に消すんだ」

「ボクが転校すれば言いだけの話だ! 彼の記憶を消すのはやめて!」


 二人のやり取りを見ながら、縁は何かを考えていた。

 確か、過去に腑に落ちないことがあった。それは何だったのかと。


「それでも消す約束なの。分かる?」

「分からないよ! ボクを転校させた上に彼の記憶を消すだなんて!」


 数日前からもっと前、幼少期まで記憶を遡らせる。


「お前が転校した後こいつがお前の正体言いふらす可能性もあるんだよ! そう言うのも含めてきっちりやっておかないと、また今度別の場所で痛い目見るんだぞ! 分かってんのか!?」

「別にいいよ! 彼の記憶を消すよりは!」


 水無月が泣き叫ぶ。彼女のボロボロと泣く表情が縁の目に鮮明に映った。そこである記憶にたどり着く。

 夕暮れの校舎。茜色の光が指す教室。そこで確か……。


               ×            ×


「うわ! こいつ頭に耳が生えてる!」

「尻尾も出てるぞ!」


 夕暮れの小学校。部活のある生徒以外下校した教室内。複数の男子が一人の少女を取り囲みそう言う。

 男子達の中心に居る少女は一生懸命両の手で頭を抑え、深々と刺さる視線に怯えていた。

 その少女は――――幼き日の水無月であった。


「どうだ? 面白いだろ?」


 手に帽子を掴んでいる男子が言う。


「うわぁ、前々から怪しいと思っていたけどこれは」

「まじかよ」


 他の男子も水無月を見てそんなことを言う。


「……帽子、返してよ」


 そう言う彼女の体には普通の人間には無い物、――獣のような耳と尻尾が生えていた。水無月は突き刺さる視線に耐え切れず、小さな手でそれらを隠そうとする。

 ことの発端はどうでもいいことだった。

 クラスに一人は居そうな変わった子。小さな男の子にとってはそれは珍しいものと映り、彼らの中で『遊び』の対象となった。

 時にはその遊びは過激さを増し、対象者を苦しめる苛めへと発展する。

 水無月もそんな変わった子の一人であり、彼らの『遊び』の対象になった。


「いつもこいつ帽子かぶってただろ? 取ろうとすると嫌がるし。それでさ、この間体育の時着替えを覗いたんだよ。そしたらさ、頭に耳が生えてやんの」

「おれ、正直ウソだと思ってた。でも、本当に生えているなんて」

「あれ、本物?」

「本物だろ? 触ってみりゃいいじゃん」

「そうだな」


 そう言って群がるよう数人の男子が水無月に近づく。それは死肉をむさぼるゾンビの様だ。


「こ、こないで!」


 ゆらりと迫り来る男子達に水無月は震えながらも叫ぶ。だが、少女の叫びは好奇心で満たされた子供の前には届かなかった。

 一斉に耳や尻尾に触れる男子達。

 触られている水無月はただ、小さく振るえ、泣きじゃくるしかなかった。


「うわぁすげぇ!」

「気持ちいい!」

「わぁ~、フサフサだ」


 各々がそう感想を漏らす。


「本物っぽいじゃん」

「いや、これ絶対本物だって」

「ウソだぁ~。ニセモノじゃない?」


 そして、本物か偽物かの討論を始める男子達。

 それに対して水無月は小さく震えながらも手を伸ばす。


「ぼうしを……かえして」


 ただ、これ以上の辱めを受けたくないと思い少女は言う。

 帽子さえ返してもらえばそれも終わると、幼い彼女は甘い幻想を抱く。そんなはずもないのに……。


「返して欲しいの?」


 帽子を持っている男子はそれを水無月に渡そうとする。水無月は必死な思いで男子の手の物を掴む。だが、


「はは、返すわけねーじゃん」


 そう言って男子はまた帽子を取り上げた。男子の対応に水無月は愕然とする。

 その光景を見ていた他の男子はケラケラと笑う。


「あ、そうだ」

「どうしたの?」

「おれさ、面白いこと考えちゃった」

「なに?」

「こいつの――――」


 一人の男子の提案に他の男子達も乗る。それを聞いた水無月は顔から血の気を無くした。

 水無月は恐怖で震える体を叩き起こし、外に向かって走る。それは猫に追われたネズミの様に。


「こいつ逃げる気だ!」

「逃がさないよ!」


 だがすぐに捕まり、抵抗も空しく部屋の端に連れていかれる。

 複数の男子が水無月を掴まえ、床の上に押し倒す。身動きできない少女の目に男子の恐ろしい行為が目に映る。


「ハサミ、ハサミ持ってこい」

「ズボンはどうする?」

「脱がしゃいいよ」


 そう言って水無月のズボンを無理やり引き摺り下ろす。そこで現れる少女の下着。可愛いらしい青のストライプの入った下着だった。


「すげぇ、お尻のほうから本当に尻尾が生えてやがる」

「うわぁ、こいつはマジもんかよ」


 彼女の尻尾の根元を確認し、喜び興奮する男子達。

 そこでハサミを持った男子がその輪に加わる。


「じゃあ、とりあえず髪の毛も切ってみようぜ」

「おし! やろう!」


 そう言って鈍く輝くハサミを水無月の頭に近づけていく。

 男子がシャキンシャキンとハサミを鳴らす。少女は目を深くつむり、震えて我慢するしかなかった。


「間違って耳切るなよ」

「別に切ってもいいんじゃね?」

「切れたらその時はその時だよ」


 子供ながらのポジティブな発想。それは、少女にとってとても恐ろしい言葉に聞こえた。

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