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白黒リバーシブル  作者: 猫塚ルイ


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第4話

まるで、誰か優秀な脚本家が書き上げた


完璧な悲恋映画の台詞を読み聞かされているような心地だった。


「……そう。素敵な思い出ね」


私が力なく微笑むと、ジェルは慈しむように目を細め、私の額へ熱を帯びた口づけを落とした。


その唇の感触さえ、私にとってはどこか遠い世界の出来事のようだった。


「さて、少し気分転換に歩こうか。侍医も、適度な運動は精神の安定に必要だと言っていたからね」


ようやく得られた、部屋の外への外出許可。


けれど、それは決して「自由」を意味しなかった。


重厚な扉の先、王宮の長い廊下を歩く私の数歩後ろには、影のようにジェルが控えている。


カツン、カツンと一定のリズムで響く彼の軍靴の音は、まるで見えない鎖が冷たい石畳を叩き


私を繋ぎ止めている音のようだった。


広い廊下ですれ違う侍女たちが


私の姿を認めるなり一斉に足を止め、壁際に寄って深く頭を下げる。


その時だった。


一人の若い侍女が、震える手で持っていた真っ白なリネンを床に落とした。


「……申し訳ございません!」


彼女が慌てて膝をついた瞬間、私は思わず足を止めた。


「大丈夫?」


そう声をかけ、彼女の顔を覗き込もうとした瞬間、私は息を呑んだ。


顔を上げた彼女の瞳に浮かんでいたのは、王女への敬意でも、ましてや同情でもなかった。


───それは、剥き出しの「恐怖」だった。


彼女の怯えきった視線は


目の前の私を通り越し、その背後に立つジェルへと向けられている。


冬の嵐に晒された小動物のような、救いのない絶望感。


私が一歩近づこうとすると


彼女は目に見えて肩を激しく震わせ、リネンを掴み直すと逃げるようにその場を走り去っていった。


(どうして……?私は、この国の王女なんじゃないの?)


愛され、敬われるべき存在であるはずの王女に対し


なぜ末端の奉公人までもがあんなにも怯えるのか。


あの視線は、まるで「見てはいけない怪物」を見ているかのようだった。


不意に、背後からジェルの冷ややかな声が降ってきた。


それは先ほどまでの甘い声とは、全く別の生き物が発しているかのような温度感だった。


「……不愉快だね。教育が行き届いていない。あんな無作法な者は、二度と君の視界に入らないよう、早急に手配しておこう」


「待って、ジェル!彼女はただ、緊張していただけだわ……」


慌てて庇おうと振り返り、私は言葉を失った。


私を見下ろすジェルの瞳は


先ほどまで私に注いでいた甘い熱を完全に消し去り、底知れない闇のような暗緑色に沈んでいた。


「シェリー、君は何も心配しなくていい。君の目に映るものは、僕が認めた美しく正しいものだけでいいんだ。……それ以外の雑音は、僕がすべて排除する」


ジェルの大きな手が、私の腰に回される。


グイ、と強引に引き寄せられたその腕の力強さは


もはやエスコートの域を超え、獲物を逃さないための拘束だった。


完璧な婚約者、完璧な世話。


そして、継ぎ目の見当たらない違和感


この美しい王宮の隅々に漂う、死の匂いのような、ひんやりとした違和感。


それがとても不可解だった。

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