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白黒リバーシブル  作者: 猫塚ルイ


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第10話

あの日


テラスの冷たい石床で息絶えた男が遺した「戦慄」は、私の胸を去るどころか


毒のようにじわじわと全身に回っていた。


ジェルはそれ以来、私を外界から遮断するように周囲の警備をさらに厳重にし


公務以外の時間は片時も側を離れようとはしなかった。


執拗なまでの献身、窒息しそうなほどの愛。


けれど、運命が私の味方をしたのか。


彼が王家直属の、決して欠席を許されない秘儀へ出席するため


どうしても数時間だけ城の深部へ向かわねばならない時が訪れた。


私は、彼が「決して入るな」と、それこそ命じられたら死を覚悟するほど固く禁じていた場所


彼の私室のさらに奥、私設の書斎へと足を踏み入れた。


そこは、無駄な装飾を一切排除した整然たる軍人の部屋だった。


しかし、天井まで届く本棚の隅。


一見すると退屈な戦術書にしか見えない


巧妙に偽装された背表紙の裏に、一冊の古びた日記が隠されていた。


革の表紙は幾度も手で触れられたのだろう、手垢で汚れ、角がボロボロに擦り切れている。


震える指でそれを開いた瞬間、私は息を呑んだ。


そこに並んでいたのは、現在のジェルが書く完璧なまでに美しい文字ではなく


まだ幼さを残した、乱暴で、それでいて血を吐くような切実な筆致だった。


「…これが、ジェルの……あなたの、本当の姿なの?」


日記が綴っていたのは、私が見せられていた煌びやかな貴族の世界とは正反対の


泥に塗れた惨状だった。


ジェルは王家に連なる輝かしい名門の出身などではなく、北方の極寒の地で


飢えと寒さに震えながら没落していった、名ばかりの貧しい貴族の息子に過ぎなかった。


冬の激しい嵐の中


絶望の淵で死を待つだけだった幼い彼の命を繋ぎ止めたのは


村の外れで「呪われた子」として疎まれていた、一人の白髪の少女だったという。


『彼女は、自分の口に入るはずの乏しいパンを僕に分け与え、その真っ白な髪で僕の凍えた体を包み込んで温めてくれた。村中の人間が僕を見捨てた中で、彼女こそが、僕の絶望の暗闇に現れた唯一の光だった』


日記を読み進めるにつれ、幼い恋情は次第に暗く、重い執着へと姿を変えていく。


少女はその後、王位継承の醜い争いに巻き込まれた。


身代わりの「影武者」として、名前も身分も剥奪されたまま


豪華な、死へと続く王宮の馬車に連れ去られたのだ。


力なき子供だったジェルは、愛する彼女を奪い去る馬車の轍を見つめ、泥を噛みながら自分の無力さを呪い続けた。


『彼女を、僕の唯一の神様を救い出すためなら、神でも悪魔でもいい。この魂の欠片まで売り払ってやる。あんな冷酷な玉座から、彼女を僕の腕の中へ奪い返せるほどの、絶大な力が欲しい』

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