013_港祭りは朝からうるさい
祭り当日。
朝から町がうるさかった。
市場通りには屋台が並び、港の方からは笛と太鼓の音が聞こえる。
魚串、焼き菓子、煮込み、安い酒。
それから、走る子どもと怒る大人と、怒られても走る子ども。
祭りの日のリンドルは、普段より少しだけ道が狭くなる。 人が増えるからではない。全員が少しずつ浮かれて、普段より大きく動くからだ。
「祭りだな」
俺がそう言うと、マーサが大鍋を指さした。
「感心してる暇があるなら運んでくれ」
「俺は客のつもりだったんだが」
「客は鍋を運ばないね」
「じゃあ何だよ」
「店の者」
「その分類、便利に使いすぎじゃないか」
「便利なものは使うもんだよ」
銀の匙亭は、店先に小さな台を出していた。
売るのはマーサの煮込みだ。見た目は茶色い。かなり茶色い。
だが、茶色い食べ物はだいたいうまい。少なくとも、俺の経験ではそうだ。
「こぼすんじゃないよ」
「俺を何歳だと思ってる」
「何歳でもこぼすやつはこぼすんだよ」
「厳しい大家だな」
鍋を運んで台に置くと、すぐに漁師が二人寄ってきた。
「お、今日は銀の匙亭も出てるのか」
「見れば分かるだろ」
「レイが店番か?」
「俺は鍋の護衛だ」
「じゃあ一杯くれ、鍋の護衛」
「呼び方を広めるなよ」
煮込みをよそっていると、通りの向こうでトマたちが木の船を見せ合っているのが見えた。
前に直したトマの船もある。帆は少し傾いているが、ちゃんと立っていた。
「レイ兄ちゃん!」
「声がでけぇよ」
「今日は船の競争あるよ!」
「沈めるなよ」
「沈めない!」
「その返事はこの前より信用できるな」
トマは嬉しそうに船を抱えて走っていった。
「走るな」
「走ってない!」
「走りながら言うな」
少し離れた場所では、ニナが香草の束を持って屋台を手伝っていた。
覗いてみると、焼き菓子の箱に飾りを結んでいる。不器用ではないが、少し力が入りすぎている。
「ニナ、結び目が真面目すぎるぞ」
「真面目すぎるって何ですか」
「ほどく時に泣くやつだ」
横で屋台の主であるリサが横で笑った。
「ニナさんの真面目さには助かってますよ。レイさんも一つどうですか?」
「焼き菓子か?」
「はい。祭り用です」
「リサの菓子は美味いからな。遠慮なく頂こう」
水路の前では、エドが子どもたちを見張っていた。新米衛兵らしく、まだ少し肩に力が入っている。
ただ、子どもが水路に近づくたびに、ちゃんと声をかけていた。
「そこまで。落ちたら祭りじゃなくて洗濯になるぞ」
俺は少し感心した。ガランの孫だけあって、口調だけはもう町の衛兵らしくなっている。
この町の衛兵は、剣より先に人の顔を覚える。どの子どもが走りやすいか、どの酔っ払いが倒れやすいか、どの猫が魚を盗むか。そういう情報の方が、案外役に立つ。
昼前になると、港で小さな祈りの式が始まった。古い木の台に、青い布と貝殻の飾りが置かれる。
その中央には、小さな銀色の鈴が吊られていた。
漁師たちは急に静かになる。
普段あれだけ騒がしい連中が黙ると、少し怖い。魚より先にこっちが締められるんじゃないかと思う。
ルドが俺の横に立った。
「年に一度くらいはな」
「何が」
「海に礼を言っとかねえと、魚も逃げる」
「礼を言っても魚は逃げるだろ」
「それでも言うんだよ」
ルドは笑った。祭りは、ただ騒ぐ日ではないらしい。
そういうことは、普段から少し分かりやすくしておいてほしい。急に真面目な顔をされると、こっちの調子が狂う。
式が終わると、また笛と太鼓が鳴り始めた。
「レイ、鍋が空いたよ!」
マーサの声が飛ぶ。
「はいはい、ただいま」
「返事が軽い!」
「鍋は重いから釣り合いを取ってるんだ」
「口はよく回るねえ」
「足よりはな」
俺は空になった鍋を持ち上げた。
祭りは朝からうるさい。人も多いし、仕事も多いし、猫は魚串を狙っている。
だが、不思議と嫌なうるささではなかった。
今のところは。




