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第四話

「──っ!」


 菖は覚醒すると、早鐘打つ心臓を抑えた。

 全身に掻いた嫌な汗を手の甲で拭う。徐々にここが仙葬宮であることを理解すると、菖は深く息を吐いた。鼓動は今だ激しく主張しているが、脳は混乱から覚めていく。


 登仙する者の人生はいつも劇的だ。

 菖は疲れの蓄積した様子でしばしぼんやりと何もない空中を眺めると、昨日(さくじつ)顔を突き合せた現帝の顔を思い出した。

 この国が正しく回っている様から今の皇帝はもう少し厳格な印象でいたが、思いの外そうでもなかった。皆狂ったように玉蝉花妃を祀るが彼は──


 菖は我に返ると考えを振り払う。

 すべて死に()すのだから、他人に何かを感じたところで無意味だ。


 太陽はまだ半分地の下に隠れている時分。身体を流そう。菖はいまだ痛みを訴える頭を押さえながら寝台から降りた。







「景稜さま」


 景稜は聞きなれた声に名を呼ばれ、書類から顔を上げた。

 そこにはいつもの宦官が一枚の書簡を持って立っている。


「玉蝉花妃からです」


 名を聞いて、中身を見ずとも彼女が予知夢を見たのだと知る。景稜は筆を置くと、前のめりになって書簡を受け取った。

 元孤児とは思えないほど随分と達筆だ。


「昼か」


 景稜は呟き、今の時刻を思い出した。

 内容は至極簡潔。昼までに夢の内容を伝えに来るということと、正午には後宮を出るというものだ。玉蝉花妃は宮女ではないので、後宮の出入りが許可されている。


「昼までに本日分の執務を終える。彼女に同行しよう」

「では馬車を手配しておきます」

「頼んだ」


 景稜は短く答えると再び筆をとった。







 景稜が最後の紙面を取り上げた時、執務室の戸が叩かれた。宦官が「玉蟬花妃でございます」と訪問人の正体を告げるので、景稜は文字に目を通しながら許可をする。

 玉蝉花妃は昨日ほどではないが、妃の名を冠する者にしては質素な恰好で現れた。耳の上に歩揺を差しているだけでもましだが、黒髪には少し寂しい。


 景稜は彼女に面を上げさせる。

 そして息を飲んだ。

 化粧をしない菖の目の下には、先代の玉蟬花妃と同じ隈が滲んでいる。景稜はその共通点にぞっとせざるを得なかった。


 絶句する景稜の代わりに菖が口を開く。


「昨晩、とある女性の死を見ました」


 景稜は死、という言葉にようやっと意識を引き戻す。


「……それはどこの誰だ」

「わかりません」

「わからない、とは?」


 菖は続けざまに振られた質問に一瞬視線を彷徨わせると、再び景稜に目を合わせた。


「わたしの夢は死の当事者の目線で断片的に人生をなぞります。ですから、そこから見えた数少ない景色だけを頼りに探しにゆきます」

「いつも探し出すのにどれくらいの時間がかかる」

「さしたるほどではありません」

「今からゆくのか」

「はい」


 返答ははっきりとしたものだが、目の下の隈は依然として痛々しい。


「お前の夢は、生を受けてから死の瞬間までを見せるのか」


 景稜は少しばかり調子を窺うようにして尋ねた。そのとき菖の瞳はわずかに揺れ、ふらりと立ち眩んだようによろめく。とっさに宦官が手を差し出すが、菖はその手を借りることなく頭を抑えながらも持ち直した。


「失礼いたしました。……そうです。切り取られる瞬間はさまざまですが、たいていは死を迎えるその時までが」

「ではお前は、夢を見るたびに他人(ひと)の死を体験しているというのか」

「はい」


 菖はよどみなく答えた。そして再び額を抑えて何かに耐えるような素振りを見せる。景稜はその運命に息を飲んだ。


「すまない。体調がすぐれないようだが、もう一つ質問をさせてくれ」


 潤んだ瞳で景稜は見上げられ、急かされるように訊いた。


「ずっと不思議だったのだ。玉蟬花妃には皇帝だけに予知夢を告げる義務がある。それ以外は特に取り決められているわけでもない。なのにお前たちは進んで伝えにゆく」

「……」

「伝えるまで、身体に致命的な影響があるのだな」


 菖はついにその場に崩れ落ちた。宦官が咄嗟に腕を掴んだので強く腰を打つことは免れる。


 菖は震える首で頷いた。

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