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第二話

「余は()景稜(けいりょう)だ」

「存じております」


 目の前に腰掛けている玉蝉花妃は抑揚のない声で端的に答えた。景稜は事務的な返答に戸惑いながらも(つくえ)に肘をつく。

 彼女は基本身の回りのことを己でやる性質だ。景稜が今手にしている茶も彼女が用意したもので、渋みもなく上手く淹れられている。


「菖、と言ったか、突然の訪問ですまなかった。女官は出払っているのか」

「ここに女官はおりません」


 菖は簡潔に答えると、丁寧な手付きで茶壺を几に置いた。そして一息つくと、じっと景稜を見据える。


 変わった娘だ。

 景稜は一貫して人形のような態度を見せる菖に興味を持ち始めていた。この無機質は生来のものなのか、それとも。


「わたしは妃嬪の一人ではありませんから、仙葬宮に入ったときに不要だとお伝えさせていただきました。食事だけは尚食局にお願いしてありますが、他は自らで(まかな)っております」

「そうだったのか」


 何度見ても美しい娘だが、会話を楽しむということを知らないようだ。宮に女官がいないということは、彼女は日頃会話をする相手がいないのだろう。

 じっと観察していると、菖があどけなく瞬いて目を合わせてきた。感情変化が平坦だと思っていたが、ついに不思議そうな表情を見せる。


「その、主上は……何の御用でこちらへいらっしゃったのですか」


 先ほどまでの台詞を読み上げたような饒舌はどこへやら、口ごもらせながら鈴のような声でたどたどしく紡がれた。

 景稜は几に身の乗り出して答える。


「余は玉蝉花妃を知る必要がある」


 その言葉に彼女は頷くこともなければ、首を傾げることもない。

 じっと目を見つめ返してくるだけだった。


「先帝は先代の玉蝉花妃に死期を告げられた身だ。余もあのとき側にいた」


 黒々として吸い込まれそうな瞳は、あの幽鬼のような女性とそっくりである。景稜はあの日を思い出していた。


「……本当に五日で死ぬとは思わなんだ。活力の化身のようなあの(ひと)がぱったりと」


 あまりにあっけなかった。それまで見てきた父の姿は偽物だったのだろうかと首を傾げたくなったほどに。

 菖は景稜が組み直す指を一瞥すると、淡々と問うた。


「つまりわたしの見る夢が気になる、ということですか」

「ああ」


 菖は顎に白魚のような手を添えて考え込んでいた。するとおもむろに椅子から立ち上がる。


「ご満足いただけるかわかりませんが」


 菖は香炉の蓋を手にした。景稜はふと浮かんだ疑問を投げかける。


「お前は望む夢を見ることができるのか」

「いいえ」


 目を軽く伏せ、彼女は首を横に振った。長いまつ毛が前髪に触れて揺れる。


「しかし深い眠りが予知夢を誘います。香を焚き染めるのはそのためです」


 香炉からゆらり、と白く細い(けぶり)が立ち上る。室内を包み込む檀香は夜の香り。菖は静かな香りに誘われるがまま、細くたおやかな手つきで帳を引いて褥を露わにする。


 まさか。

 景稜は慌てて寝台に背を向けた。淑女の休む姿を見るのは、あまり良いことではない。景稜は、上に羽織る一枚を脱いで横たわろうとする菖に呼びかけた。


「また来よう。その時は使いを寄こす。……それから、想い人でもない異性にそういった姿を見せるのは如何なものかと思うぞ」


 景稜が横目で菖をたしなめると、彼女はきょとんと目を丸くした。

 そして小さく「そうなのですか」と呟くと、少しばかり赤面して顔を隠すように拱手を取った。


「配慮が至らず申し訳ありませんでした。善処いたします」


 見た目は十五、六に見えるが、あまりに純真無垢である。


 景稜は颯爽と仙葬宮を去った。

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