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証言者は、あなたです  作者: やはぎ・エリンギ


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9/31

「無言電話の恐怖」

3日目 午前7時〜午後10時

最初の電話は、朝食の最中に鳴った。

午前七時十四分。固定電話が鳴った。柏木家では今どき珍しい黒い固定電話が、台所の棚に置いてある。加奈子の母親との連絡用に残してある端末だった。

加奈子が受話器を取った。

「はい、柏木です」

沈黙があった。

「もしもし?」

返事がなかった。数秒後、通話が切れた。

「誰だったの?」と彩が聞いた。

「間違い電話じゃないかな」と加奈子は言って、椅子に戻った。

柏木は黙って味噌汁を飲んだ。

十分後、また鳴った。今度は柏木が取った。受話器を耳に当てると、何も聞こえなかった。微かに息の音がした。誰かが確かにそこにいた。しかし言葉を発しなかった。柏木が「どなたですか」と言うと、静かに切れた。

加奈子が「また?」と眉を寄せた。

「ちょっと待って」と柏木は言い、スマートフォンを手に取った。昨夜からまた通知が増えていた。見たくなかったが、確認しなければならなかった。スレッドを開くと、柏木家の固定電話番号が書き込まれていた。


誰かが古い電話帳データを貼っていた。

番号まで、特定されていた。

柏木は加奈子に画面を見せなかった。スマートフォンをポケットに戻し、「おかしな番号からかかってるみたい。今日は電話に出なくていい」と言った。

「なんで?」

「ちょっと面倒なことになってる。説明する。今夜」

加奈子は何かを察したような顔をしたが、それ以上聞かなかった。彩がトーストを齧りながら「面倒なことって何?」と聞いた。「大人の話」と柏木は答えた。

学校へ向かう道中、電話は三回鳴った。

固定電話ではなく、柏木自身のスマートフォンに。番号非通知。出るたびに沈黙が続き、切れた。電車の中で着信音が鳴るたびに、周囲の乗客が振り返った。柏木は画面を見つめたまま、電源を切ろうかと迷い、切れなかった。

職場に着いた。

同僚の田中が「柏木先生、昨日ネットで名前出てるの知ってます?」と言ってきたのは、午前八時半だった。声を潜めていたが、周囲に聞こえた。柏木は「知ってる」とだけ答えた。

校長室に呼ばれたのは午前十時だった。

校長は「何か心当たりはありますか」と聞いた。柏木は答えに詰まった。五年前の話を、どこまで、どう説明すればいいのか。言葉を選んでいると、校長は「保護者から問い合わせが来ています」と続けた。複数の保護者が、柏木の在籍を問題視する連絡を入れていた。

授業は通常通り行われた。しかし生徒たちの視線が、いつもと違う気がした。気のせいかもしれなかった。気のせいでないかもしれなかった。区別がつかなかった。

午後三時、加奈子から着信があった。出た。

「電話、ずっと鳴ってる」

声が震えていた。

「何件くらい?」

「数えるの途中でやめた。でも……声がある電話も来た。男の人の声で、『お前の旦那は人殺しだ』って」

沈黙があった。

「加奈子」

「彩が怖がってる。学校から帰ってきて、電話が鳴るたびに泣くの」

柏木は廊下の端に移動した。声を落とした。「今日は外に出ないで。カーテン閉めて。電話は全部無視して」と言った。加奈子が「説明して」と言った。「今夜帰ったら全部話す」と答えた。

電話を切った後、柏木はしばらく廊下の壁に背中を預けた。天井の蛍光灯が白かった。

娘が泣いている。

その事実が、胸に刺さって抜けなかった。自分の話ならまだ耐えられる。しかし彩が、電話のたびに泣いている。七歳の子供が、見えない誰かの悪意に怯えて泣いている。

午後十時、夕食の後。

柏木はテーブルを挟んで加奈子と向き合い、五年前のことを話した。すべてを話した。いじめを知っていたこと、止められなかったこと、今も後悔していること。そして今回の動画のことも。

加奈子は黙って聞いた。

話し終えると、長い沈黙があった。

「ありがとう、話してくれて」と加奈子は言った。それだけだった。

その夜、固定電話は十一回鳴った。柏木は数えていた。加奈子も眠れなかった。彩の部屋から、夜中に泣き声が聞こえた。


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