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証言者は、あなたです  作者: やはぎ・エリンギ


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「最初の自殺未遂」

14日目 ホテルロビー 

ロビーは広かった。

大理石の床。高い天井。フロントに制服の男女が立っていた。観葉植物が角に置かれていた。アカリには似合わない場所だった。似合わない場所に来た。久我山はこういう場所を使う人間だった。

チェックインまで時間があった。アカリはロビーの隅のソファに座った。

座ると、また回想が来た。止められなかった。

退職から四ヶ月後だった。

仕事が見つからなかった。貯金が減っていった。部屋にいる時間が長くなった。ネット上の書き込みは消えなかった。検索するたびに出てきた。検索しなければいいのに、検索した。見なければいいのに、見た。

ある夜、処方されていた睡眠薬を手に取った。

不眠が続いていたため、かかりつけ医に処方してもらっていたものだった。瓶の中に三十錠以上残っていた。アカリはその瓶を、しばらく眺めた。

何度か、蓋を閉めかけた。

それでも、全部飲んだ。

コップ一杯の水で、まとめて。

次に意識があった時、病院の天井が見えた。白い天井だった。管が腕に刺さっていた。口の中が気持ち悪かった。胃洗浄の後だと、後から教えてもらった。

発見したのは隣の部屋の住人だった。

アカリが倒れる音がしたらしかった。壁越しに聞こえたらしかった。救急車を呼んでくれた。名前も顔も知らない隣人が、アカリの命を繋いだ。

病院のベッドで、アカリは天井を見た。

生きていた。生きていることが、その時は不思議だった。死のうとした。死ねなかった。では何のために生きているのか。その問いに、答えがなかった。

主治医が来た。精神科の医師だった。

「今、頭の中にある言葉は?」と聞いた。

「分かりません」とアカリは答えた。

それが正直な答えだった。怒りも悲しみも疲労も、ごちゃ混ぜになって、何が何か分からなかった。ただ、まだここにいる、という事実だけがあった。

入院は二週間だった。

退院した日、アパートに帰った。部屋は片付いていた。救急隊員が入ったせいで、荒れた様子はなかった。ムギが押し入れの上にいた。アカリを見ると降りてきて、足元にすり寄った。

その温もりが、アカリを現実に引き戻した。

この猫が生きている間は、自分も生きなければならないと思った。論理ではなかった。ただそう思った。

フロントのベルが鳴った。

アカリは顔を上げた。ロビーに人が増えていた。チェックインの時間が近づいていた。

久我山誠一郎は、今夜この場所に泊まる。出張のスケジュールを、アカリは三週間かけて把握した。SNS、企業のプレスリリース、業界紙の記事。断片を繋ぎ合わせて、今夜この場所にいることを突き止めた。

アカリは立ち上がった。

ムギは今、アパートで眠っている。

行ってくると言った。返事はなかった。それでよかった。


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