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証言者は、あなたです  作者: やはぎ・エリンギ


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35/37

「ネットでの二次被害」

14日目 電車内(あと二駅) 

窓の外を都市が流れていた。

アカリは吊り革を握ったまま、目を閉じた。あと二駅。その間だけ、もう一度あの時のことを辿っておきたかった。終わりにする前に、全部思い出しておきたかった。

告発が社内で噂になってから、一週間後だった。

深夜、眠れずにスマートフォンを見ていたアカリは、自分の名前を含む書き込みを偶然見つけた。

匿名掲示板だった。スレッドのタイトルは「広告代理店で有能な上司を陥れようとしているメンヘラ社員の話」だった。

内容を読んだ。

告発の経緯が、事実とは異なる形で書かれていた。「成果が出せない社員が、自分の無能さを上司のせいにしようとしている」という文脈だった。アカリの仕事上のミスが誇張され、久我山の「被害」が詳細に描かれていた。誰かが内部情報を提供していた。

コメントが並んでいた。

「こういう女が職場を崩壊させる」「証拠もないのに告発とかサイコパスじゃん」「虚言癖の典型」「久我山さんがかわいそう」「メンヘラは会社に来るな」。

アカリは画面を閉じた。

また開いた。また読んだ。読まなければよかった。しかし止められなかった。自分について書かれた言葉を、目が追い続けた。虚言癖。メンヘラ。サイコパス。それらの言葉が、深夜の暗い部屋で、画面から滲み出てくるようだった。

翌日、SNSにも広がっていた。

会社名は伏せられていたが、アカリが特定できる情報が含まれていた。大学時代のSNSアカウントが掘り起こされた。昔の投稿が切り取られ、「メンヘラの証拠」として晒された。失恋した時に書いた感情的な投稿。体調を崩した時の書き込み。誰でも持っている、ただの弱い瞬間の記録が、人格否定の道具として使われた。

「水野アカリって人、本当にやばい」という書き込みが広がった。

アカリは会社に行けなくなった。

行けなくなった、というより、行く意味が分からなくなった。告発は無効化された。職場では孤立した。ネットでは人格を否定された。それでも毎朝スーツを着て電車に乗る理由が、見つからなかった。

三日間、部屋から出なかった。

四日目、久しぶりに外に出た。コンビニまでの数百メートルを歩いた。それだけで疲れた。レジで会計をしながら、店員に自分の顔が見られていると思った。この人もネットの書き込みを読んだかもしれない、と思った。

その考えが、外出するたびに出てきた。

誰もアカリを知らない。知っているはずがない。しかしネットに存在する「水野アカリ」という文字列が、現実の自分に重なった。画面の中の悪意が、街の中にも潜んでいる気がした。

電車が駅に停まった。

あと一駅だった。

アカリは目を開けた。車内の人々が乗り降りした。誰もアカリを見なかった。当然だった。しかし五年前のあの感覚が、今も体の中に残っていた。消えなかった。消えないまま、今日この電車に乗っている。

ネットに刻まれた言葉は消えない。

しかし消えないのはアカリも同じだった。虚言癖と呼ばれた記憶も、メンヘラと笑われた夜も、消えないまま今日まで来た。

それが今日、終わる。

ドアが閉まった。電車が動き出した。


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