「三日目の動画」
12日目 午後2時17分
「私」は午後二時十七分を選んだ。
最初の動画を投稿した時刻、午前二時十七分から、ちょうど十二日後の同じ分。その数字に意味があるわけではなかった。ただ、覚えていた。指が覚えていた。
投稿ボタンを押した。
今回の動画は六分三十秒だった。最初の動画より長かった。声は同じだった。画角も同じ、暗い背景。しかし内容は、最初の動画とは根本的に違った。
冒頭の一分間、沈黙があった。
それから声が始まった。
「柏木真司さんは、私が殺そうとしていた人間ではありません」
「彼は、あなたたちが殺しました」
その二文が、動画の核心だった。続けて声は語った。柏木を標的に選んだのは自分ではなく、ネット上の群衆だったこと。特定班が動き、インフルエンサーが拡散し、YouTuberが突撃し、無言電話をかけ、出前を送りつけた。その一つひとつの行為が積み重なって、ひとりの人間を死に追いやった。
「あなたたちは正義のつもりでした」と声は言った。「しかし正義の名のもとに、人を殺しました」
動画はそこで終わった。
投稿から三十分、再生数は一万を超えた。
最初の反応は沈黙に近かった。コメントが付かなかった。いつもなら溢れる嘲笑が、今回は来なかった。動画を見た人間たちが、言葉を失っていた。
一時間後、コメントが動き始めた。
「これは俺たちへの告発だ」
「お前らのせいで人が死んだって言いたいのか」
「待って、俺は何もしてない。見てただけだ」
「見てただけも共犯じゃないか」
その言い合いが始まった瞬間、早瀬のもとに桑田から連絡が入った。
「新しい動画が上がってます」
早瀬は画面を開き、動画を再生した。六分三十秒、最後まで見た。
見終えて、しばらく動かなかった。
「柏木さんは被害者ではありません。でも皆さんは彼を殺しました」
その言葉の構造を、早瀬は頭の中で解体した。投稿者は柏木の死を予期していなかったのか。それとも予期した上で動かなかったのか。どちらにせよ、この動画には計算がある。罪悪感を植え付けることで、何かを動かそうとしている。
何を。
その問いの答えが、まだ見えなかった。
一方、ネット上では動画への反応が二極化していた。
「投稿者の言う通りだ。俺たちは加害者だった」と認める声。「投稿者こそ元凶だ。人を煽っておいて責任転嫁するな」と反発する声。その二つが激しくぶつかり合い、新しいスレッドが乱立した。
「私」はその反応を、静かに見ていた。
狙い通りだった。罪悪感を持つ者と、罪悪感を拒絶する者。その分断が生まれることを、「私」は想定していた。分断は次の段階への布石だった。
次の段階。
「私」はキーボードの前に座り、画面を見つめた。
柏木真司の死は計画になかった。しかしもう起きてしまった。取り返せない。取り返せないなら、使うしかなかった。その冷酷な計算が、「私」の中で静かに動いていた。
窓の外では夕暮れが始まっていた。
橙色の光が、部屋の中に差し込んでいた。




